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「つーかーれーたー! ねえボス打ち上げしよ!」

 部屋が騒がしくなって目が覚めた。僕は窓辺の簡易ベッドでうたた寝していたらしい。

「初警察署、初取調べ。とてもいい勉強になりました。これは良いネタになりそうです」

「おかえり、よく頑張った二人とも」

 外がほんのり明るい。時計を見ると、朝の六時を過ぎていた。ボスの手元にはアルコールではなくコーヒーとスマホ、目の下にはクマが濃く浮かび上がっている。

「ねえ幸太郎、この前行った温泉って何時から営業? スッキリしたいんだけど!」

「うちの系列店はどこも九時営業開始なので……遠野さんがおすすめしてくださった銭湯が、朝風呂営業してるらしいんですけど、どうでしょうか――あの、皆さんにお力添えいただいたので、ささやかではありますが……」

「お、幸太郎の奢りで朝風呂か。ありがたい。老体を労らねば」

 いつからいたのか、普段通りの顔をした大原さんが声を弾ませる。


 僕らは地下鉄に乗って、御堂筋線動物園前駅へ向かった。

「え、このへんって」

 秋月さんが目を白黒させている。朝から駅前でぐうすか寝ている人間がいるのだから無理もない。

「はい。僕が今まで寝泊まりしていた街です」

「こんなトコに温泉があるの?」

 駅から歩いて二分。朝六時から営業している『景(けい)福(ふく)湯(ゆ)』地元の人が集う、小さな銭湯だ。

「イイトコ、らしいですよ」

 五人分の入浴券を券売機で購入し、番台さんに渡す。計二千五百円。

「一人五百円? やすーい! てかなんか安く済ませようとてしてない?」

「このあと朝ごはんもご馳走しますから」

「ふーん? 楽しみにしてるねー」

 憎まれ口が復活した秋月さんは、妙な薬を飲まされたうえに徹夜で事情聴取されたとは思えないくらい顔色が良い。失恋に泣き腫らしていた目も、今は眩しいほどキラキラとしている。

 景福湯には天然温泉や露天風呂はないが、ラドン風呂、電気風呂、ジャグジー風呂、水風呂、サウナがある。昔ながらの町の銭湯だ。

「フロントに九時集合ねー!」

 中は僕ら以外のお客さんがおらず、貸切状態だ。男湯と女湯を仕切る壁は天井部分が開いており、そこから互いの湯気も声も筒抜けになっている。

 僕はなんとなく気恥ずかしさで返事できずにいた。十文字も同じらしい。誰に向けているかわからない苦笑を浮かべている。

「はいよー」

 ウブな若者どもに代わりに、大原さんが返事した。

 お湯の温度はどれも少し高めで、入った瞬間は肌の表面がピリピリとする。しかししばらくお湯に浸かっているとそのピリピリが心地よく、全身を微弱な電気でマッサージされてるかのような感覚になる。

 電気風呂も似たようなものかと思い、穴の開いた金属の板に体をおっかなびっくり近づける。電気風呂初体験だ。こちらは、人の手でリズミカルに押されるような、意外な感覚だ。気持ち良い。一人分しかない電気風呂を、大原さんと代わる代わる味わった。

 サウナ。十文字と大原さんが入っていくので僕も一緒について入った。何となく権田(ごんだ)さんの顔が浮かび、胸が締め付けられる。

 中は狭く、三人でいっぱいになってしまった。

 やや古いこともあってか、注意書きのフォントがやたらにおどろおどろしい。心臓病の方、妊婦、十二才以下の子供はご遠慮ください。

 五分ほどで全身に玉のような汗をかき、十文字に続いて外に出た。

 体を冷ますために、水風呂の水を桶に汲んで汗を流す。全身の皮膚が縮んで体がすくみ上がる。ここに浸かるなんて、できるわけない。

 しかし何度もサウナで全身の血を沸かし、そしてまた水風呂で汗を流して、を繰り返していると、徐々に体が水の心地よさを求めるようになっていた。

 恐る恐る僕は水風呂の中に入ってみる。依然として全身の毛穴がぎゅうと小さくなる心地はするが、不快ではない。むしろ気持ち良い。少しずつ慣らして肩まで浸かる。冷たいはずなのに何となくホカホカするような感じもして不思議だ。心臓が、運動している時みたいにドキドキする。

 九時まで時間いっぱいは入らないだろうと思っていたが、計算違いだった。少し早く上がってマッサージ機でくつろいでいた大原さんを除き、みんな九時までのんびりしていたらしい。

 帰り際、ボスはまたあの名残惜しそうな顔をしていた。

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