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 金髪ロングのウィッグ、紫のケープ、金の刺繍輝くフェイスベール。

「祐奈、似合ってるぞ」

「そーう? ありがとボス」

「祐奈ちゃん……あ、もう今から千里眼先生って呼ぶ練習しとかなくちゃね」

「よろしくね、『クライシス・シゲ』」

 チャンネル登録者数五万人、知る人ぞ知るYoutuber『危険研究家 クライシス・シゲ』に扮した十文字。トレーナーにカーゴパンツ、エンジニアブーツ、防弾チョッキ。レシーバーみたいな見た目の盗聴器発見機と、アタッシュケース。特徴的な濃い眉、釣り上がった目、全体的に色黒な顔は、秋月さんお得意のメイクで本人そっくりに仕上がっている。

 秋月さんのメイク技術はもちろん、十文字のカメレオンぶりにも思わず拍手だ。

 クライシス・シゲさん本人は、かつてフランスで傭兵をやっていた人物らしい。数年前日本に帰ってきてからは防犯に役立つような知識を動画にして配信などをしているが、それ以外の経歴や本名、さらには年齢も明かしていない、ミステリアスな人物。

 今回、危険研究家クライシス・シゲと、凄腕占い師千里眼(せんりがん)=オリバー=エドワードのコラボ動画撮影で街ブラ中、クライシス某が盗聴器を検知。緊急で盗聴器を外すべく慎さん宅を突撃する。その際、〝良くない気(き)〟を感じた千里眼某の言葉とかから、慎さんの殺人現場をなんやかんやして暴く。と、いう作戦だ。

 盗聴器を仕掛けるところからここまですべてボス発案。

 千里眼某は基本的に顔を隠して活動しているため、ある程度替え玉が効く。逆に、顔に特徴がなく汎用性の高い見た目の十文字がメイクによって、クライシス某に変装する。偽(にせ)千里眼(う)=(ら)オリバー(な)=(い)エドワード(し)と、偽(にせ)クライシス(you)・(tub) シゲ(er)の完成だ。

 本物のクライシス・シゲはボスとは古くからの知り合いとのことで、クライシス某を名乗ることについては本人から許可を得ているらしい。

 作戦全体の雑さと細部の周到さがいかにもボスらしい。

「ほう、二人とも素晴らしい出来栄えだ」

 大原さんが感心している。

「でも、上手くいくんでしょうか。もし失敗してお二人が危険な目に遭ったら……」

 遠野さんが不安げに眉を寄せている。無理もない。けれどボスは一度言い出すと絶対に曲げないし、やり出したことは大体成功する。いや、成功するまでやめない。

「まあ、何とかなる」

 ボスが言うのだから、信じるほかない。


 僕たちは例のセレナに乗って、例のコインパーキングに向かった。

 夜九時半。慎さんの仕事が終わり、そろそろ家に帰ってくる頃合い。

 十五分後、家に灯りがつく。慎さんが帰ってきたようだ。

「さあクライシス、千里眼、行っておいで」

 ボスが後部座席の電動ドアを開ける。季節外れのハロウィンみたいな二人は、慎さんの家に直行した。

 十文字が玄関のチャイムを鳴らす。

 僕たちは二人がつけたマイクと、秋月さんが身に着けた隠しカメラで様子を確認する。

「夜分遅くに大変失礼します……わたくしども、危険研究家でYoutuberのクライシス・シゲと、占い師千里眼=オリバー=エドワードでコラボ動画撮影中でして。この辺りを散策しておりますと、わたくしの盗聴器発見機がそちらのお宅に反応したので、もしよろしければ、動画の撮影と、盗聴器の除去をさせていただけないでしょうか」

『――今玄関に行きます。お待ちください』

 撮影は断られる可能性が高くとも、盗聴器の除去で家に入ることはできるだろう、とボスは読んでいた。

 隠しカメラに映る慎さんの表情は普段通り優しげで、撮影についても「問題ないですよ」と許可が降りた。

「ありがとうございます。改めましてわたくし、Youtuberのクライシス・シゲと申します。主に防犯知識に関する動画を配信しておりまして。――こちらのチャンネルなんですけど、確認されますか?」

「いえ、今は。後で見させていただこうかな。なにかの縁ですし、チャンネル登録させていただきますよ。ところで、盗聴器はどちらに……」

 人の良さそうな声。しかし問題を早急に円滑に片付けてしまおうという態度に見えなくもない。大原さんがクレーマー客として来店したときと同じだ。

「そうですね。早く取ってしまいましょう。……どうやら、あちらみたいです」

 そう言って十文字は盗聴器発見機で例の倉庫を差し示す。

「倉庫です。う……うちの先祖から伝わるものを入れてあって、ほとんど開けないですし、近付きもしないのですが……」

 どもる慎さん。

「なるほど。少々お待ちを」

 十文字はアタッシュケースから取り出した懐中電灯で、塀側の倉庫の壁を照らした。コンセントには以前十文字自身が仕掛けた盗聴器とトレイルカメラ用のwi-fiルーターが刺さっている。

「なんと、これは……盗聴器に加え、wi-fiルーターが設置されています。ということは……」

 更にライトで辺りを照らす。

 これまたあらかじめ倉庫の扉の前の木に取り付けていたトレイルカメラを発見する。

「ソーラー駆動で、かつwi-fi接続により遠隔操作が可能なトレイルカメラです。つまり……ここの映像がこのカメラで、そして音声が盗聴器で、第三者に盗みとられている、ということです。この辺りにはあまり近付かないということで、被害が大きいわけではなさそうですが――念のため、警察に被害届を出しますか?」

「あ、いえ、そこまで大事(おおごと)には……」

 そのとき、カメラが十文字にグイと近付いた。秋月さんが十文字に耳打ちしているようだ。

「千里眼先生、いかがされました? あいえ、失礼、高名な占い師の先生なので、動画内で声を発して悪用でもされたらいけないと私からお伝えしておりましてね」

 千里眼先生は男性の設定なので、秋月さんが喋るわけにはいかない。それに、〝占い師っぽい言葉〟なら、十文字の右に出る者はいない。

「はいはい? 『この家から、非常に悪い気を感じる?』それは一体どういう――はい、はい――ええ――『この倉庫から、男性の無念そうな声が聞こえます』――だそうです」

 そう言いながら、ぐるりと倉庫の周囲を確認するように歩く三人。心なしか慎さんは気が気でなさそうだ。

「おや……? これは……血……? それに、これは――携帯電話、ですねえ」

 十文字と慎さんが話している間に、秋月さんが用意しておいた血糊と携帯電話だ。被害者のものであると慎さんに錯覚させ、揺さぶりをかける目的のもの。

 再び秋月さんが十文字に近付く。

「はい、先生――『やはり妙です』?――ええ。そうですねえ、わたくしもそう思いますよ」

 作家になれなければ役者の道もあるのではないかと思うほどの名演技。

 しかし慎さんは落ち着いた様子で答えた。

「これはきっと、先日庭の剪定で来られた方のものです。携帯を無くされたとのことだったのですが、こんなところにあったのか……そのとき一緒にいらしたお弟子さんが怪我をしてしまったらしくて、血液もきっと、そのときのものかと」

 慎さんは平然と嘘をつく。もはや恐ろしいほど普段通りの穏やかな声で続けた。

「しかし、悪い気、というのが気になりますね。今手元に倉庫の鍵がなくて……あの、もう少し詳しいお話をお伺いできないでしょうか。寒いですし、どうぞ家の中へ」


 慎さんの家の中は随分物が少なく片付いている。大きな家で部屋が多いが、いずれの扉も閉まっている。玄関から続く廊下と、二人が案内された居間の様子以外は全くわからない。

「それで、悪い気というのは――あ、お茶、よければどうぞ」

 隠しカメラの位置からして、椅子に腰掛ける慎さんの脚しか見えない。しかしこれで充分だ。十文字がきっと言葉巧みに、会話しつつ状況を僕らに伝えてくれるだろう。

「ありがとうございます。千里眼先生、詳しくお話を――『お茶とても美味しいですね』だそうです。ええ、そうですね。良い香りです。お花が咲いている――工芸茶ですね。――で、先生――はい――はい、なるほど――『倉庫以外からも、どことなく、悪い気を、感じます』だ、そう、で……」

 先に様子がおかしくなったのは十文字だ。言葉がたどたどしい。マイクが拾う会話にひたすら耳を澄ます。

「そうですか。その悪い気っていうのはつまり、具体的には死者の霊ということですかね? 家族は……あいつらは遠方に住んでいますが、みんな元気ですよ……憎たらしいほど」

 あの慎さんの言葉とは思えない。とうとうきた。十文字と秋月さんの身が心配だ。

「なるほど……ぼく……の実家……ぼくは、家を……そっちのけ……で……好きなこと……生(せい)は、かくあるべき、である、はずなのに……人間はいつしか……社会的動物から……社会という……化け物……の傀儡(かいらい)に……」

 しばらく十文字の言葉ともつかないような声が続いたが、やがてしばらくするとそれもなくなった。

 動こうとする遠野さんを制止し、ボスはすぐさまどこかに電話をかけた。

 カメラには、向かいに座る慎さんが腰を上げる様子が映る。かと思いきや、ズルズルと重たそうな何かを引きずる音が聞こえる。

 そのとき、玄関のチャイムが、室内に響いた。

 チャイムの音は二度、三度と鳴り、間隔が短くなり、やがて連打される。

 けたたましく響くチャイム。

「チッ……誰だよ」

 小さく、冷たい声。これが慎さんの声なのか。ゾクリとした。

 どす、と何かが落ちる音が聞こえ、それから足音が遠ざかる。

 セレナのフロントガラスからは、立派な門に似つかわしくない、ガラの悪い男性五人がチャイムを代わる代わる連打している背中が見えている。

「私達も移動しようか」

 ボスは僕と遠野さんを引き連れて、まさしく男性五人がチャイムを連打している背後に立った。

「幸太郎くん、彼に顔を見られないよう、俺の影に隠れていて」

「はい」

「――そう警戒せんで大丈夫やで。ワシがお前の用心棒になったるからな、幸太郎」

 五人組のうちの一人が振り返る。みんな同じようなスキンヘッドの中、小さな沼の治安を一人で守る巨大なピラルクみたいなその人物には見覚えがあった。

「姫路(ひめじ)さん……!」

「いつも通り仕事探しとったら、べっぴんさんにスカウトされてなあ。『軍手はめて、合図があるまでドアのチャイムを鳴らし続けよ、何かあったら適当に暴れよ、合図があったら逃げよ』っちゅー仕事や。知らんけど」

 心強い傭兵。あいりん地区で毎日戦うように生きている、日雇い労働者の人たち。

 懐かしい、ホコリと泥と汗が混ざった匂い。

「ちょっとちょっと、何なんですかあなたたち! 警察呼びますよ!」

 興奮した様子の慎さんが怒鳴る。とはいえ警察を誰よりも警戒しているのは慎さんに違いない。しかしこの屈強な傭兵たちが警察を呼ぶわけでもなし。最悪、膠着状態か。いやしかしそうなるときっと近所の人が通報してくれるだろう。けれども早くしないと、秋月さんと十文字が心配だ。

 考えあぐねていると、塀の中から、慎さんのとは異なる声が聞こえてきた。

「どうかしました? 警察なら、わたしが呼んでおきましたよ。別件で、ですけど。――お茶に混ぜものがあったみたいで。友人が倒れてしまったんですよねー。まさか、睡眠薬なんかじゃ……ないですよねえ?」

 秋月さんの声。慎さんは焦りを隠しきれない声で応戦する。

「そんな、まさか、何を仰ってるんです? あなたもお茶に口をつけてましたけど、なんともないじゃないですか!」

「そうなんですよね……わたしは。――わたしはこの程度じゃ寝れない。こんなよっわい眠剤じゃ眠れない。まいにちまいにち、彼氏からの連絡待って、泣きながら眠くなんの待って、電話しても出てもらえなくて、なにのんだってねれなくて……メンヘラなめんな!」

 秋月さんが危害を加えられてしまいそうだと心配になったのも束の間。スキンヘッドたちをかきわけて遠野さんが門の前に立った。

「大阪府警です。お話を伺いたいので、こちらを開けていただきたいのですが」

 固唾をのむ。

 門は、大柄なスキンヘッド五人組が体当たりでもしたら開きそうだ。しかしそんなことをすると、今度は姫路さんたちが別の問題で捕まってしまう。

 遠野さんに託すより他ない。

――僕の緊張をよそにすんなり開く門。

「なっ、えっ、一体」

 焦る慎さんの声が聞こえる。慎さんが開けたわけではないらしい。

「おや失礼。私は通りすがりの者です。お困りのようでしたので、ついお節介を」

 濃い眉。鋭い目。黒い肌。しかし動画で見るより随分老けている……というか、クライシス某のメイクしているが、それは確実によく知った人。

 大原さん。

「遅いぞ、クライシス・シゲ」

「何をやっても文句をつけられる。オヤジというのは悲しき生き物。――では、私はこれで」

 何が起こってる……え、いやどういうこと?

 門が魔法みたいにすんなり開き、中からドーランを塗りたくった大原さんが出てきたこと以外わからない。

 僕は馬鹿みたいにただただ姫路さんの後ろで立ち尽くしていた。

 大原さんは軽快な足取りで去っていく。

 本当にどういうこと?

 事態を飲み込みきれていない僕をよそに、パトカーのサイレンが近づいてくる。ドタバタとした足音、その後にズササと地面を擦る音が聞こえた。

 姫路さんの陰から様子をうかがうと、家から飛び出してきた慎さんと、その下敷きになりながらしっかりと動きを封じ込めている遠野さんの姿があった。

 パトカーの音がかなり近くなる。姫路さん以外のスキンヘッドは、蜘蛛の子を散らしたように立ち去った。

 姫路さんは、慎さんから見えないよう壁になって歩いてくれた。向かった先はセレナ。ボスから受け取っていたキーで開けて、ひとまず後部座席に隠れるように乗り込んだ。

「すまんな、多分電話くれとったんやろけど、電話料金滞納してもて」

 車外では、パトカーで駆けつけた警察官たちが慎さんに手錠をかけているのが見えた。

 思わず僕は姫路さんとハイタッチする。

 姫路さんの視界。

 必死に頭を下げている、ボスの姿。

「あれが例の女社長か。てっきりワルモンやおもてたけど、ありゃただの嬢ちゃんやな。何にまっすぐかは知らんけど、ただただ愚直な嬢ちゃんやわ。――最近は物騒な話多いしな、美味しい話ほど裏がある言うし。最初は断ったんやで、この仕事。せやけどとにかく頭下げて引かんかったんや」

 姫路さんはスマホをポケットから取り出して、ニコニコと笑った。

「でかい仕事もろて、スマホっちゅーやつにしたんや。幸太郎、教えてくれや。使い方わからんねん」

 目の前でとんでもない逮捕劇が行われているのに、一度のハイタッチで気が済んだらしい。

 全くそちらには興味を示さない姫路さんは、ニカッと笑って僕にスマホの初期設定やラインのインストールやらを丸投げした。

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