24

 うるしばらクリニック。洋館の趣ある大きな家に隣接する、現代風の小綺麗な町医者。ハイカラな豪邸は、漆原(うるしばら)夫妻のものらしい。

 そこから駅方向に歩いて五分ほどのところに、僕らの捜し物はあった。

「みんな立派な家に住んでいるんだなあ」

 稼ぎの割には質素なアパートに住んでいる大原(おおはら)さんが、恨めしそうに呟く。

 向かいにはコインパーキング。目立って仕方ないジャガーMk2の代わりの、レンタカーの白いセレナを停め、僕らは慎(まき)さん邸を観察した。

 塀が高く中の様子は伺えないが、敷地は随分広い。

「ねえ、なんか隣の車おかしくない?」

 秋月(あきづき)さんがべったりとセレナの窓に顔をつけて、隣に停まるシルバーのスカイラインを見つめている。

「祐奈(ゆうな)ちゃん、あんまり目立たないようにしなくちゃ」

 十文字(じゅうもんじ)の忠告も無視して、秋月さんはスカイラインを凝視する。

 後ろのガラスにはスモークが貼ってある。運転席の様子を見た感じでは、誰も中にいなさそうだ。

 僕は秋月さんの指を拝借して、何を見たのか確認した。

 秋月さんの視界。五分ほど前、スカイラインがわずかに揺れている。人が乗っていなければしないような動き。

 僕は身を固くした。

「ハァイ」

 ボスがセレナから降りて、シルバーの車体の後部座席を覗き込んでヒラヒラと手を振っている。

 いや、マジで何やってんの?

「私たち、怪しい者ではありませんよ」

 ボスはにこやかにサングラスを上げて挨拶している。大原さん譲りの怪しさ。仮に中に人がいたとしても、そんなんじゃ出るわけない。

 ボスは可憐な女性だけど、ボスと僕なら間違いなくボスのほうが腕っぷしは強い。僕は安心してセレナの三列目シートに沈んで身を潜めた。

「さあ、おいでなさい、中の人よ」

 ボスに隠密行動は無理らしい。

――車の外で声が聞こえる。ボスの声とは別に。男の人の声。

 まさか、慎さん? 最悪の場合ボスだけ置いてセレナで走り去るか……いや、僕と十文字は運転免許を持っていない。そうなったら秋月さんと大原さん頼みだ。でも大原さんは十年来のペーパードライバーだというし、秋月さんの運転は……信頼しても大丈夫なのか?

 スライドドアが開き、のんきなボスの声が車内に転がり込んできた。

「仲間見つけた」

「いえ、何度も申し上げておりますが私は仲間ではありません。一般の方を巻き込むわけにはいかないんですよ」

 ふざけたことを言うボスに、生真面目な返しをする男性の声。

「――遠野(とおの)さん?」

 僕は顔を上げて、大原さんの隣に半ば無理矢理座らされた男性に声をかけた。

「幸太郎(こうたろう)さん? それに大原さんも……一体どういうことですか?」

 はっきりした二重まぶたの鋭い目が僕を見咎める。

 睨まれて硬直した僕に、頼りになる男、十文字が救いの手を伸べた。

「幸太郎くんだけでなく、大原さんともお知り合いなんですね。どういったご関係なんです?」

「僕と遠野さんは、と、と、ともだち、です」

「幸太郎の友達か。ならやっぱり仲間だ」

「だから違うんですって」

「遠野さん、友達になってくれたんじゃなかったんですか?」

「いや、そういう意味じゃなくて」

「じゃあ仲間だな。……――おいトオノ、来たぞ、ホシが」

 水を打ったように車内が静かになる。

 助手席の秋月さんと運転席のボスは、フロントガラスから姿が見えなくなるよう、リクライニングを極限まで倒した。二列目シートに座る大原さんと遠野さんが、背もたれに押しつぶされて座面に伏せる。

 静寂。

「――ヤツ、もう家の中」

 そう言われて確認すると、慎さんの家に明かりが灯っていた。

「ご報告ありがとうございます。後は私が対応しますので、皆さんは早くお帰りください」

 遠野さんは棘のある声で牽制した。

「でも私たち、もう〝仕掛け〟ちゃったんだよね」

 秋月さんが握るスマホに、映像が映し出される。

「もしかして……」

「音も聞こえるよー」

 もう一つのスマホからは外の音が聞こえる。

「なんてことを……」

 運転席に押しつぶされている遠野さんは、苦しそうに続けた。

「とりあえず……この席、どうにかしてもらえないですか……話はそれからです……」


 二列目と三列目のシートを倒してフラットにし、僕らは輪になって座った。狭い。

「盗撮と盗聴じゃないですか。犯罪ですよ」

 僕や十文字と同じように体育座りをした遠野さんが凄むが、姿勢のせいか声に力がなく迫力がない。

「仕方ない。作戦だからな」

 あぐらをかいたボスは胸を張って言った。

「どういうことですか」

「見てよこれ、私が作ったの。めっちゃいい感じじゃないー?」

「だからどういう……確かに良くできていますね」

 秋月さんが見せるA4用紙には『ガス緊急点検のお知らせ』ガス点検があるからお宅にお邪魔しますよ、という自治体のチラシを元に真似て作成したものだ。万一、家に入ったことが慎さんにバレても問題ないように準備してあらかじめ投函していた。

「なるほど、ガス点検の体(てい)で家に侵入して取り付けたというわけですね」

 実行部隊の十文字が誇らしげに頷いている。

「それで、その作戦というのは……」

「お、十文字、そろそろ予約の時間だぞ」

「ホントだ。準備しなきゃですね。じゃあおまわりさん、申し訳ないんですけど僕たちこれから仕事なので」

「ちょっと、あなたたち、作戦って一体」

 強引に車に乗せられ、その数分後にはむりやり降ろされるという目に遭った遠野さんに、ラインで一言謝っておく。

[うちのボスたちがすみませんでした。この埋め合わせはまた今度]

[それはいいんですけど、作戦というのは一体何ですか]

 即レス。

[埋め合わせはしっかりさせてください。スイーツビュッフェはどうですか]

[ビュッフェ、良いですね! 男一人じゃなかなか行けなくて]

 作戦についてはまだ言えない。というか言わない。言ったらまた止められるに違いない。

 遠野さんと僕のスイーツビュッフェの日程調整が完了した頃には、既に時刻は夜の九時を過ぎていた。

 僕は前回の反省を活かし、急いでドヤに帰る。


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