22
エントランスのど派手な球体のキラキラオブジェに見下されると毎回萎縮してしまう。僕が知っているエレベーターとはまるで別物みたいな重厚感のエレベーター。さっきまで僕の鼻を満たしていた、げんきの湯の香りとはまるで比べ物にならない、なにやら高貴っぽい香り。このホテルの何もかもが、貧乏人の僕をまるで異物のように、外に排出しようとしている。
ホテルの生体防御をかいくぐり、ボスたちの部屋に辿り着く。
「彼の情報をある程度引き出した。さあ幸太郎、一緒に〝先生〟の調査結果を聞こうじゃないか」
部屋の中央にはボスではなく秋月さん。両手に一台ずつスマホを握って、足を組んで一人がけのソファに座っている。
「ある程度住んでる場所は特定できそうなんだよね」
唖然と立ち尽くす僕に、秋月さんはいたずらっぽい笑みを僕に向けて挑発するように言った。
「もしかして、わたしがただの事務のバイトでここにいると思ってた?」
「事務のバイト……じゃないんですか?」
二台のスマホの画面が、僕の方を向く。
「ちょっと工夫して調べたら何でも分かるこのネット社会においては、事務に毛が生えたようなもんかもね」
右手のスマホには地図、左手のスマホには僕の同級生『白井くん』のインスタアカウント。
「白井くん……?」
「アカウント、買ったの。一万五千円也。あ、でも白井くんはあんたを売ったわけじゃないから安心してね。目的は伝えずに、ただ『アカウントを売ってください』って言って買ったから」
いけしゃあしゃあと恐ろしいことを言う秋月さんの表情は普段通りで、僕はますます怖くなった。畏敬の念すら抱く。
しかしこれで全てが繋がった。
白井くんのアカウントを秋月さんが使っていたから、僕の所在が全てボスにだだ漏れだったというわけだ。
アカウントに鍵をかけているからといって、安心して良いわけではないらしい。迂闊な僕のネットリテラシーを恨む。
「で、本題。銭湯からヤツの家の最寄り駅まで電車で二駅。最寄り駅からヤツの家までは徒歩十分、ガレージと庭と、『質素な離れ』付きの、りーっぱな一戸建て」
秋月さんは右手のスマホのマップをスルスルと操作した。
「駅を中心に半径二キロ程度の候補地。げんきの湯は、地下鉄御堂筋線大国町駅、南海高野線今宮戎駅、南海線なんば駅のスリーウェイ。このことから、ヤツの家から最寄りとなる候補の駅は四つ。該当するエリアは絞れたんだけど、あとは地道に辺りを歩いて『慎』の表札を探すしかないんだよねー。他にももっとヒントがあればいいんだけどなー。家の周りの看板とかさー」
僕の顔を覗き込む秋月さんの、大きくて黒々とした目は揺らぐことなく僕の目を真っ直ぐに見ている。人形みたいだ。呪いの人形。
「ごめんなさい。見えなくて、ほんとにごめんなさい……」
「あとは『赤い車に乗っている。車種は大したことない』と聞いている。わざわざ〝車種は大したことない〟なんて言うんだ。十中八九高級車だろう」
大原さんはあの一時間で、僕がしばらくの期間一緒に働いて知り得たよりも多くの情報を引き出したようだ。
「実家は医者家系らしい。本人は次男で、医者になることを強いられたりはせず、自由にしてきたのだとか。まあここからは私の憶測だが……次男坊とはいえ医者家系に生まれながらも医者とはならず、そして家業を継ぐ長男と比べられ続けた過去。それが彼を狂気に至らしめたのかもしれない。一見物腰柔らかな彼の口調には、どこか『人よりも優位に立とう』という強い意志を感じる」
「哀れな男だな」
ボスがつぶやく。
「そんなことより、これ、ツイッター。いちいち攻撃的なリプ飛ばしてて、めっちゃヤな男なの」
次は左手のスマホに『マッキー』というアカウントを表示させて見せた。
さすがにプライベートを勝手に覗き見るのは悪いような気がしてツイートは見ないようにしたが、よく考えると僕は日常的に他人のプライベートを勝手にしっかり見ているのだから今更な配慮だ。
「こんなところまで……秋月さんって一体……」
「なんでこんな悪趣味なことしてるかって?」
「悪趣味なんて、そんなこと……」
「目が言ってる」
「それはごめんなさい」
「やっぱ思ってんじゃん」
「理不尽ですよ」
秋月さんは一頻り僕をからかって満足したようだ。退屈そうに右手のスマホでティックトックを見るともなく眺めながらぽつりぽつりと話した。
「きっかけは、ネットストーカーってやつ。今まで付き合ってきた人たちに、浮気とか、色々されてさー。証拠掴むために色々してたら、こーいうの得意になっちゃった。ネット予約の人たちも、こうやって私が調べた結果をもとにして十文字が占ってる。ホットなんちゃら? っていうらしいよ」
大原さんは唇をつきだして「ホットリーディング。立派なインチキだな」と補足した。
なるほど、だからネット占いも当たりまくると評判だったのか。
秋月さんは、再び左手のスマホでインスタグラ厶のアプリを立ち上げ、僕のアカウント『suger_happytaro』を眺めている。
――将来恋人ができても、浮気だけはしないでおこうと心に誓い、僕はホテルを後にした。
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