17
ばっちりスマホに犯行現場を撮っていた僕は、警察署で根掘り葉掘り話を聞かれた。
「どうしてあそこでビデオを回していらっしゃったんですか?」
「足立とは元々お知り合いとのことですが、今回のことと関係はありますか?」
「東京から来てドヤに寝泊まりしてアルバイトをしている理由は?」
今回のことに関係あるのかと首を傾げざるを得ないような質問もあったが、いずれも遠野さんから事前に答え方を教えてもらっていた。そのおかげで、数時間の質疑が終われば僕は、すっきりとは言えないまでも解放された。夜はどっぷり更けていた。
帰り際の出口、いつの間にやら制服に着替えている遠野さんの姿があった。
「遠野さん――」
「いいからいいから。他の者に見られたら、面倒になるので」
遠野さんは促すように手で出口を指し示す。それから、僕に向かって「あなたのご協力に感謝いたします」と敬礼した。僕は生まれてはじめて自分に向けられた敬礼にどうしたらいいかわからず、中途半端なお辞儀を一つ残した。
朝の九時。げんきの湯に出勤する。ほとんど眠れず、朝を迎えた。さすがに今日ばかりは休みたかったが、そうは言ってられない。
「佐藤くん、どうしたの? 何だか元気がないね。睡眠不足なんじゃない?」
「あ、そうなんです……。東京から、友人が来ていて」
遠野さんからは、できるだけ足立のことは人に話さないようにと言われていた。とりわけ、職場の人には。
僕の話が万一足立の耳に入って、逆恨みされることなどないように、とのことらしい。
「元気が出る万能のツボを教えてあげよう。佐藤くん、足の裏借りるよ」
開店準備を終えた慎さんが、長椅子に座る僕の足を、近くにあった台に載せ、土踏まずの少し上辺りを押し込んだ。
「あ、痛気持ちいい、って感じです」
痛みが良い感じに、眠たい頭をしゃきっとさせてくれる。冷たい水で顔を洗うよりも気持ちよく目が覚める。
「だろ? じゃ、もっと効かせようか」
靴下を剥ぎ取られ、僕は裸足になった。
慎さんが再び僕の足に触れる。
「これはね、湧(ゆう)泉(せん)という万能のツボなんだ」
――僕が見るものは、記憶や思考ではない。
『視界』だ。
『見た』ものだ。
「――離してください!」
「大丈夫? そんなに痛かった? これは相当疲れてるね。無理せず休むんだよ」
反射的に手を強く払い除けてしまった。一方で、平然とした顔の慎さん。
「あ、あ、はい、だ、だいじょうぶ、です。大丈夫です。すみません。大丈夫なんです」
胃からこみ上げる酸い液体を喉の奥で抑え込む。吸うばかりで上手く吐けない息が僕の体内で逃げ場を失う。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
うるさい。僕の頭の中がひとりでにうるさい。
「すみません。ちょっと、トイレに」
「顔色が悪いね。悪夢を見て飛び起きた子どもみたいだ。救護室に行くかい?」
僕の危機回避本能が、脳内にけたたましく警鐘を鳴らす。弱みを見せるな。弱みを見せるな。
「いいえ、なんだかお腹が痛くなったみたいで。はは、昨日食べすぎたのかな」
弱みを見せるな。
僕は平気そうな顔をつくって、近くの従業員用トイレに駆け込んだ。
柳葉包丁で、皮膚を剥いで肉をむき出しにしていく。まるで毎日の食卓の準備でもするような、気軽で流麗な手さばきで。肉を慎重に骨から外す。内蔵を弄ぶ。頭蓋骨を砕き、中を棒でかき混ぜる。
動いている。解体されているその肉は、まだ生きているのか、はたまた電気的な反応なのか何なのか、蠢いている。しかしそれも作業が進むに連れて、日が経つごとに、ただの物のようにピクリともしなくなってしまう。
皮、肉、骨、内蔵、頭部に分け、骨と頭部以外を焼却炉で燃やす。
頭部はまるで鹿の剥製を飾るみたいに、狩った獲物を誇るように、棚に丁寧に置かれた。
一体何だ? 僕は何を見た? スプラッタ映画? そうじゃないのは『見れば』わかる。作り物? にしては――胃の内容物を便器にぶちまけ、もうこれ以上考えるのは無理だと悟る。
視界の端に映る頭部の内の一つがどことなく姫路さんに似ていて、僕は恐怖と絶望からくる震えを抑えるために奥歯を食いしばった。
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