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「ああー、も少し右押したってくれへんか……おー、そこやそこ。おっちゃん立ち仕事でなあ、ふくらはぎのあたりがしんどいねや。軽なった軽なった。おおきになあ」
本屋のおじさん。ギャップがあるというと失礼かもしれないけれど、この人はめちゃくちゃ本が好きらしい。仕事中もずっと、ジャンル問わず、いろんな本を読んでいる。そしてその次にマッサージが好きらしく、三日前にも台湾風足つぼマッサージに行っている。
「脚もそうなんですが、目もかなりお疲れかもしれませんね」
慎さんみたいに、足つぼから分かるわけじゃない。けれども使えるものはどんどん使って評価されたい。頑張りたい。――そしたら僕も、看板娘の権田さんに――権田さんに、何だ?
「ようわかっとるやんけニイチャン。なあ、ワシ何の仕事しとるか当ててみ。当てれたら来週、指名で来たるわ」
初指名ゲットだ。インセンティブだ。脳裡に、お金が軽やかに跳ねる音が響く。
「本屋さん、ですかね」
「え? お、うおぉ、ズバリで当てよった……ニイチャンなんや、ストーカーか? けったいなやっちゃな」
当てろと言われて当てたらドン引きされた。絶対に当てられないと高を括っていたのか。にしても酷い言われようだ。
「ま、次は指名で、来れたら来るでな」
「関西人の『行けたら行く』は来ないって意味だって教わりました」
「あほう、ワシが来る言うたら来るんや。ニイチャン、名前は」
「あっ、僕、佐藤幸太郎と申します。よろしくお願いいたします」
施術後に渡すことになっている、クーポンと一体型になった名刺を、僕は慌てて差し出した。
「おおきに。ほな、またよろしゅう」
最近は強めの関西弁にも慣れてきた。
アホか! とか、しばくぞ! とか言われたからといって、別に怒られているというわけではないらしい。本当にしばかれたことも今のところない。
「佐藤くん、なかなか好評だね」
「いえいえ。みなさん、新人の僕に気を遣ってくれてるんですよ。――あと、安くなるし」
「……後者は多少あるかもしれないね――期間限定、新人割引キャンペーン、おかげさまで大好評だ。通常料金から五百円引き。次回佐藤君指名で指名料金半額。あ、でも佐藤くんに負担がかかりすぎるようならすぐにやめるから、そのときは遠慮しないで言ってね」
「あ、いえ、勉強になるのでしばらく続けさせてください。僕指名のお客さん、たくさん掴みたいですし」
「おっ、なかなかガッツあるね。――じゃ、次の予約のお客さんまであと三十分だ。休憩してるといいよ」
慎さんは、マグカップに花の香りがするお茶を注いでくれた。
「ジャスミン茶だよ。リラックス効果が高いらしい。最近、お茶に凝っていてね」
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