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権田さんの肩から背中にかけてはさすが見事な筋肉のつき具合だ。何のスポーツをしているのだろう。
……いや、そんなこと考えるのは失礼に値する。無心、無心。
心なしか背中が張っている気がしたので、丁寧に解していく。
「佐藤くん、めっちゃ上手やん。慎さんは結構ゴリゴリ系やねんけど、佐藤くんはじんわり系? って感じ!」
施術への感想を権田さんは極めて感覚的な表現で伝えてくれた。横からアドバイスをくれている慎さんは頷き、ご満悦といった様子だ。
僕はなんとなく気が引けて、権田さんの肌に触れずにマッサージをしていた。服の上から触る分に、視界は見えない。視界を覗き見るのが憚られるなんて、僕には初めての経験だ。
しかし一方、視界を見ずに行うマッサージを褒められて、僕は内心小躍りしていた。もちろん慎さんの指導あってのことではあるけれど、妙な能力を使わなくたって、できることが僕にもあるんだ。
「そういえばさ、佐藤くんは何でわざわざ東京から大阪に来たん? 東京なんか、仕事でも何でも、こっちより、ようけあるやろ?」
最後の仕上げとしてバトンタッチした慎さんに足裏をマッサージされながら、権田さんは僕に訊ねた。
「えっ……と、まあ……一人旅がしたくなって、気付けば長居してた、みたいな……」
姫路(ひめじ)さんには言えた事情が、この二人には何となく言いづらくて、僕はかなり歯切れの悪い回答をした。
「慎さんも関東やんねー? ウチは関東、行きたいけどなあー! めっちゃ都会って感じやん?」
権田さんは目をキラキラさせて、施術台の横に立って慎さんの足裏マッサージを見ている僕に、上目遣いの視線を放つ。何ていうか、クラクラする。
「大阪も都会じゃないですか」
「キタとミナミだけやもん。東京は色々あるやん? 新宿、渋谷、六本木、原宿とか。ええよなー。この辺なんか、治安悪いしさあ。ア、アイタタ、慎さん、そこ、痛い痛い」
「あら、これは肝臓だ。お酒の飲み過ぎかな?」
図星だったのか、むすっとした顔をする権田さん。表情が豊かでいくらでも見ていられそうだ。
「最近は下着泥棒がこの辺出てくるらしいで? 嫌やわー。――案外、慎さんみたいな好青年が犯人やったりするんやんなあ」
仕返しかのようにキャッキャしてからかう権田さんを、慎さんは適当にあしらった。
「女性には嫌な話だね。女の子の一人暮らしは気をつけてね、ゴンちゃん」
最後の仕上げ、とばかりに足裏をぐりりと押し込む慎さん。激しく痛がるかと思いきや、権田さんは俯き気味に小声で「気を付けます」と早口で言った。
「あ、でも剣道三段、空手二段のゴンちゃんは、返り討ちにしちゃうね」
瞬時に顔を上げた権田さんは顔を赤らめ心底悔しそうな表情を浮かべ、返す言葉を探しているようだ。しばらくしてから「うち、そんな強くないもん」と唇を突き出して呟く声は、施術台の脇にしゃがみこむ慎さんには届かず頭上を滑り落ちたらしい。
僕はその拗ねたような声を独り占めした。
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