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マッサージ処(どころ)『なごみ』は、店長である慎(まき)さんの人柄と確かな腕前で、なかなかの人気店だ。土日祝などは、事前予約だけで枠が埋まることもあるらしい。
働き始めて一週間。僕は、受付や予約の管理などの事務仕事から少しずつ仕事を教えてもらっている。
「佐藤(さとう)くん、今日お休みの予定だったのに急遽シフト入ってもらうことになってごめんね」
今日は元々予約が入っておらず店長一人で店を回す予定だったところ、前日に突然何件も予約が入ったので、ヘルプを要請され出勤していた。
狭くて、たまに怒鳴り声が響く、居心地が良いとはいえないドヤ。そんなところに日がな一日こもっても仕方ないので、働かせてもらえる方がありがたい。その分稼げるし。
「いえ。一人で何もせずに過ごすより、働く方が僕には合ってるみたいで」
「ありがとう。そう言ってもらえるとこちらとしても気が楽だよ。でも、休みたいときは遠慮せず言ってね」
「ありがとうございます。正直なところ、大阪には友人がいなくて、休みがあっても一日ずっとダラダラしてしまう気がするんですよ」
中学生のときからバイト一筋の僕。東京には友人がいるかというと、そうでもないのが悲しいところ。気を遣わせたくはないので、それは伏せておく。
「そっか、まだこっちに来たばかりだもんね。――あ、丁度いいところに」
慎さんの視線の先を辿ると、見覚えのある愛らしい笑顔がのれんから覗いていた。
以前僕がお客として来た際、受付をしてくれた女の子だ。
「おつかれさまです! 社員さんに、新人くんの様子見てきてって言われて来ましたー。お、噂通りのジャニーズ系イケメン」
接客時に比べるとずいぶん砕けた印象だが、明るい雰囲気は変わらない。加えて関西弁のイントネーションに、なんとも親しみやすさを覚える。――つい最近方言に対して否定的になっていたが、前言撤回だ。
「お疲れさま、ゴンちゃん。佐藤くん、こちらは権田(ごんだ)さんだよ。ゴンちゃん目当てで来店されるお客さんも多い、げんきの湯の人気者なんだ」
「もおー、やめてや慎さん」
スポーツ女子という感じの、ショートヘアで化粧っ気の薄い権田さん。弾けんばかりの笑顔を僕に向けてくれた。
音が聞こえてきそうなほどの鼓動が、僕の中に響く。
「あ、ど、どうも、佐藤幸太郎(こうたろう)と申します。十九歳です。東京出身で、最近、大阪に来ました」
合コンじゃないんだから、と俯瞰している僕がつっこむ。
「ご紹介に預かりました権田珠莉(じゅり)です。二十三歳の大学院生で、スポーツ科学の勉強してます。十九歳やって、慎さん! わかーい!」
笑うと健康的な褐色肌がツヤツヤ輝く。それとは対象的に白い歯が、ぴしっと行儀良く並んでいる。
「二人とも若いよ。おじさんには眩しいくらいだ」
「慎さんがおじさんやったら、お客さんの六割がおじいちゃんで、一割なんか死人ですよ!」
権田さんはニコニコ笑顔で、でも結構強めの口調で反論した。
二人は仲が良いのだろう。「そんなこと言っちゃだめだよ」と窘(たしな)める慎さんはまるでお兄さんみたいだ。
「そうだゴンちゃん、マッサージ受けていかない?」
慎さんの唐突なアイディア。僕は慎さんが言おうとしていることが、すぐにわかった。
「佐藤くんの実技研修に付き合ってほしくてさ」
権田さんは一瞬驚いた様子だったけれど、すぐにまた屈託のない笑みを浮かべて明るく「いいですよ」と頷いた。
一方僕はかなり焦っている。心の準備がまだだし、よりによって女の子、それも権田さんにだなんて。ボスや秋月さんに命令されるがままにマッサージするのとは、同じ女性でもワケが違う。
「じゃあ佐藤くん、施術台の準備から一緒にやっていこうか」
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