9
「ごめんなさいね、受付アルバイトは丁度昨日面接に来られた方を採用してしまって」
僕はまた絶望した。炭酸泉の泡のごとく消える僕の希望。タバコ臭い布団で眠った五日間をもう一度繰り返す覚悟を決めたが、そのとき。
「受付はもう人は足りているのですが、マッサージ処(どころ)が人手不足で……。応募いただいた職種とは違いますが、いかがですか?」
マッサージとなると、人との接触は不可避だ。できればしばらくは人の視界を見ることは避けたいけれども――
「時給千二百円と、マッサージした人数などで別途インセンティブが発生します」
僕の葛藤は一瞬で吹き飛んだ。やります。やらせてください。
やっぱり大阪はアツい街だ。
「佐藤幸太郎です。マッサージの仕事は未経験ですが、精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。マッサージ処『なごみ』の店長の慎(まき)浩(こう)介(すけ)です」
優しそうな笑顔に、緊張が解れる。
「佐藤くんも関東出身なの?」
馴染み深い標準語のイントネーションに僕はさらに安心感を覚える。方言が親しみやすいなんてのは嘘だ。僕ら関東人には、とりわけ。
「あ、はい、実家は東京でして」
「そうなんだ! 僕は五年前、横浜からこっちに来たんだ。同じ関東人同士よろしく」
十文字より少し年上――三十代前半くらいの慎さんは、いかにも好青年そうな、さっぱりとした話し方と見た目をしている。中学から高校まで柔道部に所属していて、柔道整復師の専門学校を出たのだそう。柔和な表情からはどことなく優しい先生のような印象を抱くが、短髪によって丸見えのぺったりとした餃子耳が、彼が柔道家であることを如実に語る。
「佐藤くんはマッサージの経験がないって話だけれど、すごく良い手をしているね。体は細身なのに、手は大きくてしっかりとした肉づきだ」
「えっ、本当ですか。初めて言われました」
「職業柄、なんとなくね」
慎さんは屈託のない笑顔で言い、それから、「一緒に頑張っていこうね」と肩を叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます