第12話 春

 そして、純は、クラスの中でも孤立していった・・。

 もともと人づき合いは苦手で特にクラスの狭い人間関係は苦手だった。小学校の頃から、クラス内では浮きがちで、友だちもあまりできなかった。そんな中、サッカーだけが、純に居場所と友だちを与えてくれていた。

 純は部を辞めてから、生まれて初めて味わう強い孤独と絶望の中にいた。すべてを失ってしまった喪失感が足の裏から全身を痺れるように這い上って来て、それが日に日に強くなっていく。

 夢も友だちも、目標もやる気も、すべてを一辺に失ってしまったことに、未だ意識が追いついていかなかった。そのことを今目の前にある現実のこととして受け入れられずにいた。

 あらためて自分が失ってしまったものの大きさを実感し、純は愕然とする。ついこの間まであれほどサッカーに情熱を燃やしてがんばっていた自分が、気づけば、すべてを失い、ただ歩く屍のようになっていた。

「こんな現実・・」

 この今、目の前にある現実を純は信じることが出来なかった。 


 春休みが明け、二年生になった日明だったが、状況は何も変わらなかった。試合には一切出られないし、試合に出られないどころか、ろくろくまともにボールを使った練習すらさせてもらえなかった。それどころか、さらに、新入部員の一年と一緒にまた基礎の走り込みを命じられる始末だった。今年入った一年生の新入部員は、まずはやる気のない部員をふるい落とすための、地獄の走り込みを別の場所でさせられていた。

 十代は一番技術が伸びる時期。その大事な時期にボールを触れられないことの損失は大きかった。

 ボールを使った技術は若ければ若いほど身につく。その貴重な時間が失われていく。日明は焦っていた。

 このままでは・・、このままでは・・、このままでは自分はダメになってしまう。そんな焦りにも似た不安が日明を包んだ。

 日明もそのことを意識し、焦るが、今の自分の置かれた立場ではどうしようもなかった。この生殺しのような状況に、日明は心底まいる。

 楢井は単に自分の復讐のために日明を、復部させたのではないか。そんなことすら日明の頭に浮かび始めていた。実際、そう思えるような厳しい、厳し過ぎる日明に対する日々の楢井の態度や言動だった。

 今年三年になった先輩部員たちも相変わらず、日明に対して厳しい態度で接していた。それに乗じて、同学年のメンバーの中にも、先輩たちと一緒になって日明をバカにする者も出てきていた。松本、元田、清水、小松、穂高、新しくレギュラーメンバーになった者、先輩と仲よくなった者、部内のヒエラルキーの上位にスライドしたメンバーたちはその人格を一変させていた。立場は時に人を傲慢にする。そして、傲慢は人を残酷にする。二年になった日明はその人間存在のそういった負の側面をも経験することになる。

 今年入ってきたばかりの一年生たちは、二年生なのに、なぜか自分たちと同じ立場で一人練習させられている日明を、どう接していいのか戸惑っていた。なんとなく噂で事故のことや、一年時の日明の素行を知る者、複雑な事情をそれとなく察している者、一年生の中にも、日明がどういう存在なのかを知っている者も多かった。だが、その特殊な事情がさらに一年たちを日明から遠ざける。日明も一年たちとどう接していいのか分からない。先輩風を吹かせる訳にもいかず、かといって、一年に対し、卑屈になるわけにもいかなかった。

 そんな中。

「早くしろよ」

 それほど怒鳴る場面でもないのに、シュート練習中、三年の肥後がボール拾いをしていた日明に怒鳴る。

「すみません」

 日明はあやまりながら慌てて拾ったボールを持って行く。

「おせぇよ」

 しかし、そんな日明のケツを肥後は蹴った。

「すみません」

 そんな理不尽なことをされても、日明は、何も言い返せずあやまるしかなかった。そんな姿を三年生たちは一年の見ている前で、わざと見せるのだった。

 そして、そんな先輩たちからいびられる日明の姿をしっかりと一年生は見ていた。

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