第11話 失ったもの

 純は強い孤独と絶望の中にいた。すべてを失ってしまった喪失感が足の裏から全身を痺れるように這い上って来る。

 夢も友だちも、目標もやる気も、すべてを一辺に失ってしまった。あらためて自分が失ってしまったものの大きさを実感し、純は愕然とする。ついこないだまであれほどサッカーに情熱を燃やしてがんばっていた自分が、気づけば、ただ歩く屍のようになっている。

 何とかしよう。何とかしよう。この現状を何とかしよう。そう焦れば焦るほど純は泥沼にはまっていった。自分が置かれている状況を認めたくなくて、でも、その虚無的な絶望は容赦なく目の前に迫ってくる。 

 だが、今さらまたサッカー部に戻ることはできない。ただでさえ先輩に睨まれているのに、またそこに戻ることなど考えられなかった。

 失ってしまった。失ってしまったすべてを・・。

 その現実が容赦なく純の目の前に迫り、苛み、追い込み、そして、いつしか、純の中に絶望が渦を巻いていた。


 卒業式の次の日、日明が部活に行くと、その場にいた全員が顔中腫らした日明を見て驚く。

「どうしたんですか?大丈夫ですか?」

 一年の最近入ってきたばかりのマネージャーの真紀が、日明の腫れた顔を見て驚き、すぐに駆け寄る。

「ああ、大丈夫だ」

 部員のほとんどは事情を知っているので、ある程度察している。だから何も言わない。しかし、真紀は天然なのと、入ってまだ間もなく、色々部内の事情を知らないのとで、色々微妙なことなど、その辺が全然分かっていない。

「でも、すごい腫れてますよ」

「大丈夫だよ」

 日明は真紀を払いのけるようにして、そのままいつものように練習の準備を始めた。

 そして、日明のことなど何事もなかったかのように、一年と二年だけの練習が始まった。

 練習が始まりしばらくたってから、いつものように遅れて楢井がやって来た。そして、他の部員たちと同じように日明のその顔を見た。だが、楢井は何も言わなかった。楢井は、相変わらず生徒のごたごたには一切我関せずで、見て見ぬふりだった。当然何があったかは察していたが、そこに彼が立ち入ることは絶対になかった。いままでも、そして、これからも。

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