第6話 紅葉合わせ

 雲が僅かに見える晴れの日。風は冷気を纏い始め、山を鮮やかに染め上げる頃、紅葉合わせが開催された。

 集まったどの貴族もこれこそが一番という紅葉を持ってきている。

 長台の上に並べられた三宝に紙が敷かれ、各自の紅葉が置かれている。皆自信顔しているだけあってどれも立派な枝振りである。その横には心を尽くして詠んだであろう歌が置かれている。しかし、姫様の言葉を聞いたため自信をなくす恐れない。

 ござを広げ姫様がくつろげるように手はずを整えていく内に、参加者がそろったらしい。主催が音頭を取り酒が配られ、紅葉合わせが始まった。




 そして姫様が勝った。

 五度合わせたが、どれも相手が自ら負けを認めるほどの勝利であった。紅葉の枝の見事さも、その美しさを褒め称えた歌のどちらとも他に並ぶものがなかった。



 この紅葉合わせは瞬く間に世の中に広がり、宮中でも持ちきりの噂となった。そして帝の耳に入るまでそう時間はかからなかった。

 帝は噂となった紅葉をご覧になりたいため、奉呈するように高柳の宰相へと命ぜられた。とても名誉なことで紅葉も役割は果たしたため、惜しいと思うところはあるが次の日には歌と共に宮中へと献上した。

 帝は献上された紅葉をご覧になり褒め称えた後、歌を吟味されこれまた褒めそやされなさった。それから紅葉と歌の調和の良さを改めて鑑賞なされ、さらに感動なされたという。おかげで世の中全て高柳の宰相の娘と紅葉と歌の噂で持ちきりであった。


「その姫君を参上させよ。」


 献上された物品に大変感心なされた帝は命ぜられた。


「宮仕えさせるのは素晴らしきことだとは思われますが、高柳宰相は姫君を出仕させるその地位に似合わないかと。ですので、まずは所領と冠位をお与えになるべきかと存じます。」


 命ぜられた関白はその場で進言をした。

 進言したことは最も内容であり、殿上人でなく所領も狭い高柳宰相は帝に娘を出仕するには不釣り合いである。

 進言を受けた帝は関白の言うとおりだと思われなさったので、関白に適切な褒美を与えるようにおっしゃられた。



 後日、高柳宰相に褒美が下された。殿の働きではなく、姫君によって褒美が与えられるなど異例であった。そのため、紅葉合わせの詳細を知らない市中の人まで再び話題にするようになった。

 土地は3カ所与えられ上ノ国2つ、下ノ国1つであった。また官位として従四位下が与えられた。

 宰相は正月の夢に仏様が現われなさったように大喜びした。これも紅葉を持ってきて歌を考えた玉水のおかげであるとして、玉水の義父に津国の覚田という土地を分け与えようとした。


「もったいないお話でございますが、固辞させていただきます。私は無縁の身でありましたので、このような情けを掛けてくださるだけで十分喜ばしきことでございます。」


 宰相も何とかして恩賞を分け与えようとしたが、あまりにも玉水が固辞するので僅かな金子を渡すのみにとどまった。

 玉水が養父母に手紙を送り、恩賞の金子も共に送ると、並々ならない喜びを書き連ねた手紙が返されてきた。義兄弟達も喜びに騒いで近所中で祭りのように浮かれに浮かれた様子が記されており、笑いをこらえるのに必死となった。


 玉水は大殿からじきじきに恩賞の話をされ、宮中、市中問わず人々の話で持ちきりとなった紅葉の立役者であったために、以前からの妬みや嫉妬を覚える者はいなくなった。

 犬に対して怯えていた様子を「姫君の同情を引くため」と話していた者はさすがに居心地が悪くなり、いつの間にやら屋敷を辞していた。歌仙すらも賞賛するこの紅葉と歌を蔑むのは、自らの才が劣っている周囲に示している事になるため、玉水を気にくわない者も認めざるを得なくなった。

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