第5話 紅葉の枝
「玉水。どこに行っていたの?」
自室に戻る時、姫様と月さえに出くわしてしまった。
「部屋を覗いたら玉水がいなくて心配したんだから!説明しなさい。」
出くわしたのは偶然ではないだろう。姫様と月さえは部屋で休んでいる自分のためによく訪ねてくれていたのだから姿を消せば探すはずだ。だが、この時間帯に訪れるとは予想外であった。
「……私は厠へ行っておりました。」
「正直に話しなさい。」
秒で虚偽がばれてしまった。正直なことを話すことは決してできない。話してしまうと今のようにお側でお仕えはできなくなるだろう。いや、言い切っていいだろう。正直な内容ではもう二度とお仕えできない。
「逢瀬を交わしておりました。」
葛藤の末、姫様を欺く選択をした。
逢瀬をするような相手もいないが、追求が緩むと見込んで言葉を発した。罪悪感が膨れ上がるが、人目につかないようにきょうだいという異性と会っていたのは間違いないと自分に言い聞かせた。
「本当にそうなのですか?逢瀬にしてはずいぶんと遅かったと思いますが……」
「本当に逢瀬していたのなら、なんと憎らしいことでしょう。」
月さえがつぶやき終えるより前に、姫様が憎いと感情を発してきた。そして、視線を傾き始めた月へと向けてうたった。
「色見えで 移ろふものは 世の中の 人の心の 花にぞありける
…………人の心は移ろいやすいから、私は玉水に見放されたのかしら。」
姫様が六歌仙の小野小町が詠んだ歌をうたったときは暇を言い渡されるかとも覚悟をしていたが、それに続いた言葉は多分に戯れを含んだものであった。
「お戯れを。たとえ相手が光のごとき殿方であろうとも、姫様のそばを離れて婚儀を挙げることはありません。」
「………………もう、知りません!早く寝なさい。」
そう話しはするものの満更ではない様子の姫君に微笑むと、縁側を自室へと引き返していった。
身に染みるほどの申し訳なさか、後ろめたさか、安堵心か、何か分からないが姫様の姿が見えなくなっても頭が下がったままであった。
日が昇り、命じられていた時間となった。
昨夜は後ろ手に隠していた紅葉の枝を手に姫様の元へと向かう。
「姫様。ちょうど良い紅葉を見つけて参りました。」
「入ったら駄目!」
部屋に入ろうとしたら、速攻で拒否されてしまった。
昨夜の反応ではそこまで怒っていないように思えたが、やはり根に持っているのだろうか。言いつけを破り、理由を笑ってごまかすのは気にくわなかったのだろう…
と、思っているとお声がかかった。
「入っていいわよ。」
姫様の心中がどうであろうとも、発せられた言葉には従わなければならない。暇を出されるのかと恐る恐る入ってみると、そこの光景に目を見張った。
「こっ、こんなに!」
床には一目で素晴らしいと納得させられるだけの紅葉の枝が並べられていた。紅一色のものや、様々な色合いを持つがそれが不思議と調和を取っているもの、枝の形が他とは異なり面白みのあるものなどと多種多様であった。その内の幾つかにはすで歌がつけられていた。中には複数の歌が付けられているものさえあった。
それらに圧倒されたのだろうか。手にしっかりと持っていたはずの紅葉が滑り落ちてしまった。
「あら、玉水も持ってきたの?」
姫様はすぐさま気付いた。そして月さえが紅葉を姫様へと持って行ってしまった。
用意した紅葉は兄弟が一生懸命探し出してくれたもので、ここにあるものにも決して劣らないと……思いたいが、素晴らしい紅葉がこんなに集められている中ではありふれたようにも感じてしまう。姫様のもとでさえこれなのだから、多くの帰属が連なる紅葉合わせではどうなるのだろうか。
悩んでいる合間に姫様が紅葉を手にして、透かしたり、白紙に載せたりと鑑賞し始めた。じっと、その評価が下るのを待つしかなかった。
「玉水。この紅葉はどうしたのですか?」
「それは私の知り合いが、今朝持って来てくれたのです。見事なものだと感じたので姫様にお見せしようと思いまして。」
「決めました!私の紅葉はこれに致します。」
そうなればよいなと考えていたことが真になったが、本当にこの紅葉でよいのかと心配になってしまう。
「これこそ、神仏が下賜された紅葉の枝に違いありません。」
「恐れながら姫様。その紅葉は誠にほかの紅葉よりも勝っているのでしょうか?」
自身の不安を打ち上げると、姫様はさも当然化のように語った。
「この紅葉をよく見て見なさい。五色の色が揃ってとても縁起の良いものではありませんか。また、光に透かして見ると法華経の一説が鮮やかに浮かび上がって見えます。だからこそ、この紅葉は仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の首の玉、燕の子安貝にも劣らない優れた品だと思えます。」
姫様の言う通り紅葉を見れば法華経がみえる。なんとも素晴らしい紅葉だと、その紅葉と姫様に感服していると、頼みごとをされた。
「では、この紅葉を持って来てくれたのは玉水です。だから、歌を一緒につけて下さい。」
そして、姫様、月さえと三人で五色のはそれぞれにふさわしいと思える歌を付けた。3人で頭をひねり作り出した歌を途中から部屋を訪ねてきた宰相殿と北の方に選定してもらった。
『紅葉葉の 今は緑に 成りにけり 幾千代までも 尽きぬ
(幾千代も変わらぬ世の例として、紅葉の葉が今は緑色になりました。)
黄の葉には
『黄なるまで 紅葉の色は 移るなり 我れ人かくは 心かはらじ』
(紅葉の色が黄色に変わりましたが、わたしとあなたの心がこのように変わることはありません。)
赤の葉には
『くれなゐに 幾しほまでか 染めつらむ 色の深きは たぐいあらじを』
(紅になるまで何度も染めたのでしょうか。この色の深さは他に類を見ません。)
白の葉
『野辺の色 みな白妙に 成りぬとも この紅葉葉の 色はかはらじ』
(野原が雪で真っ白になったとしても、この紅葉の色が変わることはないでしょう。)
紫の葉
『幾しほに 染めかへしてか 紫の 四方の梢を 染めわたすらむ』
(四方の梢を紫色に染めるために、何度も染め返したのでしょうか。)
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