第4話 紅葉探し
奉公を始めて3ヶ月ほど過ぎた日のことだった。夏の暑さも和らぎ始めた頃、夜になると松虫、鈴虫、蟋蟀などの声が聞こえてくる。それらの声は自分を送り出してくれた義父母の姿を思い浮かべさせる。
今日も義父母から手紙が届いた。様々な着物と共に送られてくるが、今日の手紙は恨み言のような内容であった。
『どうして、たまには顔を見せに帰ってきてくれないのですか。あなたのことが心配で夜にふと目覚めてしまうことがあります。私たちは我が子のごとくあなたを支えているつもりです。けれどもあなたは、私たちが生みの親でないから疎遠でも心配してくれないのですか。』
安否を気遣う内容の直後に書いてあった。
心外である。生みの親と扱うには義父母は差が大きいが決して蔑ろにするつもりも、したつもりもない。慌てて筆をとり返事を書くことにした。
『私もお父さま、お母さまのことを心配しない日はありません。いつも、お二人、兄弟のことを忘れた日もございません。にもかかわらず、親ではないとおっしゃるのはとてもつらいものです。』
手紙を書き終え、庭で待機してくれていた者に託し、休みをいただきに姫様のもとへと参る。そして無事にすぐではないが休みをもらうことができた。
秋も深まり、山々が赤や黄色に染まる頃、紅葉合わせが行われることとなった。
紅葉合わせとは、各自が己が最も美しいとする紅葉の枝を持ち合わせ、それぞれの葉に歌をつけ、その美しさ見事さを比べる行事である。
姫様は初めての参加であったが大変張り切っていらした。屋敷中の者達に美しい紅葉の枝を持ってくるように告げ、自身も庭木として植えていた紅葉を選別していた。もちろん、玉水にも声がかかり紅葉を探すこととなった。
どうしても姫様を勝たせたい。そう思うが一人では皆を納得させるだけの紅葉を見つけ出すことは難しい。そこで兄弟たちに助力を乞うことにした。
夜も更けた頃、闇に紛れて屋敷を飛び出しきょうだいの住む鳥羽へと駆け出した。きょうだいは以前と変わらず塚の近くで生活をしていた。
「今までどこにいたんだ。もう死んでしまったと思い供養していたのに。」
きょうだい達は再会を喜んでくれた。言葉が多少詰問的だったのは特に説明しなかった自分に落ち度があるため、おとなしくその責を受ける。
「最近は御所の辺りに住んでおります。それよりも大事な用のため皆の助力を請いたいのですが……」
「そう、こちらの顔を伺う必要はない。何をすればいいんだ?」
詳しいことも言わず、頼みを承諾する姿勢を見せてくれた。
「では、紅葉の枝を探してください。できれば、都中の人がうなるような出来映えの物が良いです。それを3日以内に高柳殿のお屋敷の南の対屋の縁側に置いてください。」
「紅葉を探すのは良いが、お屋敷には犬がいると聞いたのだが……」
「もう、お屋敷には犬は居りませぬ。ですが、恐ろしいのであれば私がここまで受け取りに来ましょう。」
「ではそうしてくれ。紅葉を見つけたら何かしらの合図を送ろう。」
「では、3日後受け取りに来ます。よろしく頼みます。」
きょうだいと別れ屋敷へと急いで戻る。ずいぶんと話し込んだようで、空の端が白くんり始めていた。
屋敷に戻ると自分の部屋に入り、脱いだ着物を身につけ床に就く。あと半刻もすれば姫様の元へ参らねばならないが、しばしの休息を取ろう――――
そう思っていたが無理であった。お天道様が天高く昇るまで起きることができなかった。昔はあの程度走っても何も感じなかったのに、久しぶりに走ったせいか疲れを感じていた。そのためであろうか。横に座っている人にも気が付かなかった。
「……っ!玉水。」
枕元に姫様と月さえが座っていた。いつもの時間になってもそれを過ぎても姿を見せないことに心配となり自らいらしてくださったらしい。目元に涙をためている姿が非常に可愛らしいが、その原因が自分だと考えると申し訳なさがこみ上げてくる。
「玉水。あなたにはしばらく無理をさせていました。これからお天道様が3回今の状態なるまで部屋で休みなさい。」
そうして、3日間休息を取ることとなった。
日が昇り沈み、また日が昇るを繰り返している。姫様は暇を見つけては様子を見にいらしたり、忙しいときは月さえが代わりに様子を見に来てくれた。ありがたいが、きょうだいとの約束の日にギリギリ遅れてしまう。きょうだいからの合図は2日目に送られてきた。紅葉が見つかっていないのならまだしも、物を用意してもらっておきながら頼み込んだ側が約束を破るのは言語道断である。
結局姫様の言いつけは破った。あと半日で休息が終わる時間、3日前と同様に屋敷を抜け出して鳥羽の塚へと赴いた。約束通り、きょうだいの内2番目の弟が見事な紅葉を見つけてくれていた。
交わす言葉少なく、来た道を急いで帰った。姫様の喜ぶ顔を思い浮かべると足取りはどんどん軽くなっていった。
屋敷は皆寝静まったように静かで、虫の声のみ聞こえる。気付かれないように塀を登り、庭木の陰に隠れながら自室へと近づいていく。誰にも見つからず部屋の前に立ち障子を開けようとした時、月が射した。
「玉水。どこに行っていたの?」
縁側に姫様と月さえが立っていた。
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