第2話 宮仕え

「もしもし、すみません。助けてくださいませんか?」

「どうかしましたか?」


 それほど時間をかけずに、訪れた家の女房が応対に出てきてくれた。


「私は都の端の方に住んでいたものです。縁者がいなくなってしまい頼るべき人もいません。足の赴くまま彷徨ってきましたが、行くべき場所がありません。どうか、お助け下さい。」


 訪れた理由はでっち上げであり、ここにはある目的があってやって来た。噓をつくのは心が痛むが、これはいつかお返ししよう。


「それはなんとお気の毒な……こんなにも美しい娘さんであるのに………よし、あなた我が家に来なさい。私のことは実の母だと思いなさい。今日からうちの娘ですよ。安心しなさい、我が家は男ばっかりだから夫も喜ぶはずですよ。」


 女房はこちらの意見を聞く間もなく一人で今後の行く末を決め、私の腕を取って座敷にあげてくれた。


「とてもありがたいのですが、本当にお世話になっていいのでしょうか?」

「何を言っているの。もうあなたは私の娘です。分かりましたか?」

「はっ、はい。分かりました、お母さま。」


 義理の母になったお母さまは予想より我がとても強かった。でも、とても喜んでくれている様子が伝わってくるのは、こちらも喜ばしく思えてしまう。




「じゃあ、今度はこちら。ほら、早く!」


 気が付くと着せ替え人形となっていた。娘に着させるつもりだった着物がいくつもあると、屏風と行李を引っ張ってきたのが始まりだった。

 菊、梅、桜、末摘花、新緑、紅葉、新雪といった様々な色模様が用意されていた。貧乏ではないが、家の大きさからそこまで裕福なのではないだろうに、ここまで着物があるとはよっぽど娘が欲しかったに違いない。だが、着せ替え人形とされその日の夕食がなくなったことには困ってしまった。

 その日の夜は特別に燈明が用意された。帰宅した養父からも喜ばれ、酌をするたびに涙を流された。

 次の日からは養母から炊事、掃除、掃除といった家事の合間を縫って様々な教養の勉強を施された。良い妻となるにも、宮仕えするにも教養がなければ他人からみっともなく思われてしまう。そのため歌、香、琴など立派に思われるように身に着けるべきことをたたき込まれた。だが、厳しいこともあったが勉強の最中は嬉しいことに養母がとても生き生きとしていた。また勉強ばかりではなく、貝合わせといった遊びも盛り込まれていた。物合わせの一つであり教養の勉強にもなるが、やはり養母が楽しむという側面が大きいように思われる。




「こんなにいい娘ならば、きっと良い相手を見つけて幸せになれる。いや、そうさせてやる。」

「そうですとも。ぜひ素晴らしい殿方と結び合わせてあげないと!」


 ある夜、養父母が相談していた。娘も息子も寝静まった後、二人で輿入れ先を考えている。二人とも井戸端会議や同僚への聞き込みなどにより情報を仕入れ候補をいくらか考えていた。それを今夜はすり合わせているのである。


「我が娘は可愛らしく美しく、器量よし、三拍子全てそろっている。ほっといても男が近寄ってくるだろうが——」

「ええ、ええ。悪い虫がつかないようにしっかりと私たちが見極めなければ。」

「内舎人三沢家や式部省清水家、検非違使堀川家がよさそうに思うのだが……」

「それなら三沢家か清水家がよいのでは……」

「いや、河野家も捨てがたい……」


 今宵も絞り込んでは決めきれず、夜が更けていった。




「あなたにいい相手を探しています。」


 ある日、兄弟が出て行ったあと改まって対面していた。


「この中のどの殿方がよいですか。」


 提示された紙には十数個もの家の名が書き連ねられていた。

 一目でよさげな家ばかり連なっていると分かるが、すべて見ないうちに目を伏せてしまった。


「いったい、どうしたんだ。もしかしてすでに意中の殿方がいるのか?」

「いいえ。そのような殿方はございません。ただ……」


 うつ向いたまま、ためらいがちに話すが早く続きをと急かされる。


「……実は輿入れではなく、宮仕えを行いたいのです。」


 おずおずと申し出た。

 その答えは二人が長い間議論し待ち望んでいた答えではなかった。だが、二人に笑顔をもたらすものではあった。

 鏡写しのように二人が顔を見合し、頷き、また顔を向けてくる。


「それはいい!ではどこか、希望はあるのか?あってもなくても任せてくれ。」

「そうです。あなたの為なら何でも致します。あなたはどのような方に仕えたいのですか?」


 二人の後押しに押され、一拍おいた後に話し始めた。


「この陰鬱な身の上を考えてしまうと、この家は十分すぎるほど幸福に思えます。そのため、殿方のことは考えたことがありませんでした。ただ、愛らしい姫様のおそばに侍り仕えたいと思っております。」

「それならば任せておきなさい。私の妹が高柳殿の屋敷で奉公していますが、そこの姫君は都でも評判の愛らしさと聞いています。結婚よりもあなたの方が大事ですから大船に乗った気でいなさい。」


 言うが否やすぐに二人は連絡を取りに家を飛び出していった。

 結婚の話が出た際は一身上の理由により焦ってしまったが、叶えたい理由を叶えられる流れとなっている。これも神仏の御加護、それになにより親切な両親のおかげであろう。



 義母はその日のうちに妹のもとへと行き、娘を宮仕えに出したいとの話をした。

 何も知らされていなかった妹は当初驚いたものの、その頼みを承諾して数日後には奉公の話を携えてきた。


 高柳殿の姫様の元で奉公する。


 帰ってくるや否やその意図が書かれた紙を広げて説明を始めた。その話は姫にお近づきになるには満額回答であった。

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