81.涙の卒業式
張りつめた空気。いつもはジャージ姿の先生達もこの日ばかりはきちんとしたスーツ姿で緊張した面持ちで座る。
宮前西高校卒業式。
三月に入ってすぐのこの晴れた空の下、優愛や優斗達卒業生が笑顔で、または涙を流しながら体育館へと入場してくる。
『開式の辞』
館内に響くアナウンスの後、校長が壇に上がり長い祝辞を述べる。
その後の国歌斉唱、卒業証書授与に続き、壇上に現れた市長がまた長い話を始める。
『次に、在校生送辞』
『三年生を来る会』の時とは異なり、今回は生徒会長である井上が壇上に上がる。爽やかなイケメン生徒会長。リーダーシップはまだまだかもしれないが、素敵な笑顔で見事な送辞を述べる。
『ありがとうございます。それでは卒業生答辞』
井上の祝いの言葉に対し、卒業生はやはり神崎優愛が壇上に立ち話し始める。前回と違い卒業式はよりフォーマルな場。だが神崎節は健在だった。
「……以上で卒業生からの答辞とするけど~、みんなーーーーっ!!」
その大きな言葉に在校生、そして卒業生が顔を上げる。強くて頼りになる元生徒会長。神崎優愛なら何かやってくれる。そんな期待の籠った視線を一身に集めた優愛が壇上で叫ぶ。
「短い高校生活ーーーーっ、恋に部活に勉強に~、めっちゃくちゃあ~、楽しんじゃおうぜええええ!!!!」
右手を突き上げた優愛の甲高い声が体育館中に響く。招かれていた保護者や来賓達は皆目を白くして驚き、教員達は「やっぱりか」と言って頭を抱える。
「神崎先輩ーーーーーーーっ!!!」
「ありがとうございまーーーーーーす!!!」
割れんばかりの拍手と共に歓声が上がる。厳かで静粛に行われていた卒業式。優愛の登場でその空気が一変した。
(神崎先輩、やっぱり素敵です!!!)
生徒会席で優愛の言葉を聞いていた副会長宮内が涙を流しながら思う。
「やっぱり優愛だな」
「優愛ちゃん~」
「計算通りでしたね、最後まで」
「優愛ぁ~、カッコいいよ~!!」
優斗達もそんな壇上の優愛を見て苦笑する。
その後校歌斉唱や来賓の祝辞など経て、無事に卒業式が終わりを迎えた。
教室に戻り担任から最後の言葉を貰う卒業生。中には体育館からずっと涙を流している女子生徒もいる。担任が言う。
「ではこれですべてのお話を終わります。皆さん、四月からも頑張ってください!!」
自然と沸き起こる拍手。
優愛や優斗も手を叩いて皆の卒業を祝った。
「優愛ちゃ~ん!!!」
解散となってすぐに琴音が真っ赤な目をして優愛のもとへ走り寄って来る。
「琴音、色々ありがとね!!」
優愛が琴音をしっかり抱きしめてお礼を言う。琴音が涙声で答える。
「ううん、本当に優愛ちゃんと過ごせて、生徒会やれて楽しかったよ~!!!」
優愛の制服で涙を拭く琴音。ルリもやって来てその輪に加わる。
「みんな~、ありがとね~、すっごく楽しかったよ~!!」
あの飄々としていたルリですら目を赤くしている。琴音が近くにやって来た計子に気付き、今度は彼女に抱き着いて言う。
「計子ちゃんもありがとう~!! 楽しかったよ!!!」
「はい、みなさん、本当に、ありがっ……、うっ、くすん……、ごめんなさい……」
冷静な計子ですらやはり耐えられないほどの寂しさ。生徒会と言う楽しさややりがいが濃縮された時間を共にした仲間だからこそ、その思いが強く増す。琴音が優斗に気付いて口を開く。
「優斗さん……」
長身の優斗。銀色の髪に手をやりはにかみながら言う。
「みんな、ありがとう。本当に楽しかったよ」
素敵な笑顔。琴音の中にあった何かが切れた。
「優斗さん!!」
(え!?)
琴音が優斗に抱き着く。
「琴音……」
驚いた優斗だがその背中を優しく撫でる。それを見た計子も同じように優斗に抱き着く。
「優斗さん……」
琴音、そして計子を優しく抱きしめる優斗。それを見た優愛が怒りながら言う。
「ちょ、ちょっと、あなた達!! 一体何を……」
そんな優愛に、今度はルリが抱き着いて言う。
「最後ぐらいいいじゃない~、ちょっとだけ貸してあげなよ~」
そう言って抱き着きながら優愛の動きを止めるルリ。
「な、なに言ってるのよ!! 離しなさいよ、ルリ~!!」
長身のルリ。力は優愛よりずっとある。結局優愛は琴音と計子が優斗に抱きしめられるのをずっと見続けることとなった。
「最後に写真撮りましょう!」
たくさんの女の子達から声をかけられる優斗を見てやや機嫌が悪い優愛に、琴音がスマホを持って言った。優愛も頷いて答える。
「そうね、最後に撮りましょう」
そして並ぶ前生徒会メンバー。
優斗と計子、琴音とルリの真ん中に優愛が立つ。
「じゃあ、撮るねー!!」
クラスメートの声に皆が微笑む。その時優愛が右手を上げ叫んだ。
「宮西、全勝ーーーーっ!!!!」
驚く一同だが、同時に皆の右手も上に高々と上げられ、一緒に叫ぶ。
「「宮西、全勝おおおお!!!!」」
最高の一枚。
涙目ながら皆の笑顔。右手を突き上げた生徒会らしい最後の一枚となった。
「またね、優愛ちゃん!!」
「琴音も元気でね」
教室でそれぞれ別れを告げる優愛達。生徒会メンバーとは今月末に行く卒業旅行でまたすぐに会うのだが、それ以外のクラスメートとはこれで本当に最後となる。一通り皆との別れを終えた優愛に優斗が声をかける。
「さ、優愛。行こうか」
「うん」
クラスメートの多くが校庭で待つ両親の元へと駆け寄って行く。
高校の卒業式。花束を持った卒業生達と一緒に親が写真を撮る。そんな人達を避けるように優愛と優斗が歩き出す。優斗が尋ねる。
「寂しい?」
優愛の父親は偶然重なった仕事の出張の為来ていない。優斗の父親ももちろんアメリカなので不参加。親が卒業式に来ない者同士、一緒に歩く。優愛が答える。
「別に。私は優斗君と一緒に居られればそれでいいから」
「うん」
最高の卒業式。
絶対泣くと思っていた優愛だが涙は一滴も流れなかった。優斗がそばにいる。それが悲しさよりも嬉しさに繋がる。優愛が繋いだ手にぎゅっと力を入れて言う。
「優斗君、本当に色々ありがと」
優斗と過ごした高校生活、生徒会。素晴らしい時間だった。
「俺もありがと、優愛」
優斗も繋いだその手をしっかりと握り返す。
――最高の高校生活
ふたりの胸には同じ言葉がずっと響いている。最高の時間、お互いその繋いだ手から感謝の気持ちを伝えた。
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