80.それぞれの進路
「……素晴らしき先輩方の偉業を引き継ぎ、我々在校生一同これからも宮前西高校の生徒として真っすぐ歩んでいきたいと思います。これにて在校生からの言葉とさせて頂きます!! ありがとうございました!!!」
三月に入って直ぐに行われる『卒業生を送る会』。去年は優愛達が行ったイベントだが、今年は送られる側。一抹の寂しさを感じながら琴音が隣に座る計子に言う。
「あっという間だったね。去年は送る側だったのに」
「そうですね。もうすぐ卒業ですし」
計子の顔も寂しそうだ。
そんなふたりの目に、壇上に上がった副会長の宮内の姿が映る。金色のポニーテールに強気の性格。まさに『神崎二世』の異名をとる新生徒会の象徴。騒めく体育館にアナウンスが流れる。
【これより在校生より卒業生への花束授与を行います。みなさん、ご起立願います】
その声に合わせて館内に集まった生徒達が一斉に立ち上がった。皆の注目を浴びた宮内がポニーテールを揺らしながら壇上にあるマイクに向かって話し始める。
「我々在校生に素晴らしき道を作ってくれた卒業生の先輩方に、私達から最大の感謝を贈りたいと思います!!」
その言葉が終わると同時にステージ脇から大きな真っ白な花束を持った生徒が現れ、それを宮内に渡す。そして言う。
「前生徒会、生徒会長の神崎優愛先輩!! どうぞっ!!!」
その声と同時にステージ脇から優愛が現れる。室内なのに肩で風を切って歩くその姿はまさに生徒会長として威風堂々の貫禄。新副会長の宮内と優愛が並ぶ姿は、圧巻であり畏怖すら感じる。
「あのふたりが同期じゃなくてマジ良かった……」
琴音の隣に座っていた優斗がぼそっとつぶやく。
「ものすごく強烈な生徒会になっちゃいそうですよね」
琴音も苦笑いして答える。計子が言う。
「私達の時は優斗さんがいてくれたお陰で、神崎さんの暴走は抑えられたんですけどね」
本当にその通りだ、と琴音が思う。仲の良い自分でさえどのくらい優愛を抑えられたのか分からない。本当に彼は生徒会を、宮西を変えてくれた人物である。
壇上の宮内が目を赤くしながら言う。
「神崎先輩、宮西全勝おめでとうございます!! 素晴らしき栄誉をありがとうございました!! そして一年間お疲れ様でした!!」
そう言って大きく頭を下げて真っ白な花束を渡す。会場からは大きな拍手。優愛達前生徒会の快挙は皆の知るところ。優愛が頷きながら花束を受け取り、マイクを手に皆に向かって言う。
「あなた達、いい? よく聞きなさい!!」
いつもの神崎節に会場が静まる。
「私達は最高の結果を残したわ。宮西全勝、学校始まって以来の快挙よ!!」
その言葉に会場から拍手が巻き起こる。体育祭や皆を感動させた文化祭ライブなどまだまだ記憶に新しい。
「でもね、それはひとりじゃ何もできないことなの。いい?」
優愛の言葉と同時に静まり返る会場。学校としては宮西と宮北の争いは関与していない立場なので、一部教員からはため息が漏れる。優愛が叫ぶ。
「みんなで協力して、今年も宮西全勝よ!!!!」
そう叫びながら手にしていた花束を思いきり会場の生徒達に向かって高々と投げつける。舞い上がる白い花束。白い花がまるで雪のように生徒達に降り注ぐ。優愛が叫ぶ。
「宮西、ファイトおおおおおお!!!!!」
「おおおおおーーーーっ!!!」
「きゃあああ!! 神崎先輩ーーーーーっ!!!!」
優愛の掛け声で一瞬にして生徒達が盛り上がる。彼女が行って来た一年間の実績、そしてある種のカリスマ。強気で強引なところも人を惹きつける魅力となる。
(神崎先輩、さすがです……)
ステージ脇でそんな優愛の姿を見ていた宮内が感動して涙を流す。
「やっぱ優愛はすげーな」
興奮する生徒達を見つつ優斗が言う。
「やっぱり生徒会は優愛ちゃんの天職だったんだね」
琴音も感極まって目に涙を浮かべる。優斗が答える。
「ああ、最高の生徒会だったな」
「はい」
琴音や計子もそれに何度も頷いて答えた。
「お疲れ様、優愛ちゃん」
『送られる会』を終え教室に戻ってきた優愛達。琴音がすぐに優愛との所にやって来て労いの言葉を掛ける。優愛が満足そうに答える。
「久しぶりに何だか仕事して、気持ち良かったわ」
宮西全勝の偉業は今後ここでずっと語られるだろう。優愛が満足そうな表情を浮かべる。計子が言う。
「あとは本当に卒業式だけになりましたね」
そう話す計子の顔は少し寂しい。優愛が尋ねる。
「そう言えば大学の結果は出たの?」
琴音と計子が頷いて答える。
「ああ、出たよ! 私と計子ちゃんはN大、合格したよ!!」
同じ大学を目指していたふたり。無事に合格が決まったようだ。優斗が言う。
「おめでとう! ふたりとも」
「ありがとうございます! そう言えば優斗さんは、ええっと浪人でしたよね?」
アメリカ行きをドタキャンした優斗に琴音が苦笑して尋ねる。
「ああ、浪人だよ。一年しっかり勉強して来年は大学生になるから」
「優斗さんならどこでも大丈夫でしょう」
計子が言う。なにせ転校して以来、すべての試験でトップを守った優斗。文武両道、入試など受けなくても推薦枠で十分大学進学が可能であった。少し遅れて会話に加わったルリが尋ねる。
「優愛はどうなの~??」
優愛の志望はM大。受験も済んで結果発表待ちだ。
「ええっと、まだ結果は出ていないかな。そう言うルリは?」
「私~? O女子大。同じく結果待ちだよ~」
優愛はこれ以上自分のことを聞かれるのを嫌ってわざと話題を変えた。琴音が言う。
「卒業しても時々みんなで会おうね」
「当然だよ~」
「もちろんよ」
次の進路が続々と決まって行く三月。間もなく卒業式を迎える。
「琴音達は来月からもう女子大生なんだね~」
授業を終え、優斗とふたり下校する優愛。春を思わせる暖かな風が舞う中、ふたりは一緒にアパートへと歩く。
「うん、全然そんな感じはしないけどな」
「同感~」
優斗の言葉に優愛が笑って頷く。
駅で電車を降り、優愛の古いアパートへ向かう。階段を上り部屋の前まで来た優愛が郵便受けにある物が届いているのを見て言う。
「あ、来たみたい。合格通知……」
それはひと目で分かる先月優愛が受けたM大の合格通知。分厚い封書にM大の文字が印刷されている。優斗が言う。
「合格? 凄いじゃん、やっぱり優愛は頭いいな」
鍵でドアを開けながら優愛が笑って答える。
「学年トップの誰かさんに言われたくないけどね~」
それまで学年トップの座を守ってきた優愛。だが優斗が来て負けて以来、結局一度も彼からその座を奪い返すことはできなかった。優斗が苦笑いして答える。
「あ、でも俺、浪人だから」
「私もよ」
そう言って持っていた封筒をそのままごみ箱へ捨てる。
「本当にいいのか……?」
優斗としてはやはり心から賛成はできない。優愛はきちんと高校生活を送り、勉強に生徒会に頑張って来た。難関であるM大も一発合格し、このまま大学生になるはずであった。それが自分なんかの為に……
「いいって。もうお父さんには話してあるから」
優愛は父親には志望校の合格ができず浪人することを伝えており、幾分渋る父親を強引に説得していた。義母も反対していたようだが、それは一年無駄な出費が増えるためだと裏で夜愛から聞いる。
優斗も自分宛てに来ていた薄っぺらい封書を手に言う。
「あ、俺の部屋も決まったみたいだ」
それは不動産会社からの通知。父親が新たに契約してくれたマンションの部屋だ。書類を読んだ優斗が言う。
「不動産屋に行って契約書にサインと、鍵を貰って来なきゃいけないらしい」
優愛の表情が一瞬曇る。
新しい部屋の契約。それは優斗がここから出ていなくなってしまうと言う意味だ。優愛が尋ねる。
「ねえ、優斗君……」
「ん、なに?」
書類に目を通していた優斗が顔を上げて答える。
「すごい我儘言っていいかな……」
優愛が優斗の目の前まで来て上目遣い、甘えた声で言う。
(ち、近い!!)
今にも触れ合いそうな距離。毎日キスはしているけど、改めてこうやって接近されるとどきどきする。
「なに?」
優斗もじっと優愛を見つめて答える。優愛が少し申し訳なさそうに言う。
「そのマンションさ、優愛も一緒に住んでいいかな……?」
優斗を見上げる優愛の目。まるで捨てられた子猫のような怯えた目。優斗が答える。
「いいよ」
「え? 本当に!?」
優愛の表情がようやく明るくなる。
「いいって。親父の方には俺から言ってふたりで暮らすようにしてもらう。優愛は? この部屋はどうするの?」
優愛は父親に無理言って借りて貰った部屋のことを思い出す。
「うん、お父さんにはちゃんと説明してここは解約して貰う。それで、優斗君と……」
そう話す優愛の顔が真っ赤になる。まるで嫁入り。いや、ある意味、その強引さは押しかけ女房と言った方がいいかもしれない。それでも父親は義母の手前渋々了承するだろう。なにせアパート代が浮くのだから。優斗が言う。
「分かった。じゃあ、春からも一緒の生活が続くってことで」
そう言って優斗が右手を差し出す。優愛が嬉しそうにそれを握り答える。
「不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
ぽかんとする優斗。そして笑いながら言う。
「何それ!? まるで結婚みたいじゃん」
優愛が恥ずかしそうに横を向いて答える。
「し、知らないわよ! 勘違いしないでよね!!」
そう言って頬を膨らませる優愛を見て、優斗は心から可愛いと思う。
「でも、大丈夫かな?」
「何が?」
そう尋ねる優愛に優斗が答える。
「優愛と一緒だと、ちゃんと勉強できるかなって」
「え? どうして??」
自分が邪魔なのかと一瞬思った優愛の表情が曇る。そんな優愛の両頬を優斗が両手で挟んで言う。
「こんな可愛い女の子とずっと一緒じゃ、ちゃんと勉強できる自信がない」
一瞬で真っ赤になる優愛の顔。顔から水蒸気が出そうなくらい恥ずかしいが、嬉しい。
「もお、優斗君ってば……」
そう言いながらも優斗の口づけに背伸びして応える優愛。
「今度一緒に部屋を見に行こ」
「うん!」
優愛と優斗。
もうそれは新婚さんと呼んでも差し支えないほどの、熱々のカップルであった。
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