79.今日の夕飯もおいしいです。

「優愛っ!!!!」


 優愛がいた場所。

 それは優斗と初めて出会った交差点。

 土砂降りの早朝、雨で車に気付かずに横断歩道を渡っていた彼女を優斗が助けた場所。



「優愛!!」


 早朝と違ってたくさんの人が行き交う交差点。その人の流れから外れるように交差点の隅に優愛がひとり立つ。声をかけた優斗に気付いた優愛が優斗を見つめる。



「……なに?」


 表情のない顔。たくさん泣いたのだろうか、目が真っ赤である。優斗が申し訳なさそうな顔で言う。



「ごめん。優愛に勘違いさせてしまうようなことした。本当にごめん」


 優愛の顔が厳しくなる。



「勘違い? 違うでしょ!! あの女と一緒に来てたじゃない!!」


 優愛からすれば別の女と一緒にふたりだけで行動していたことが既に気に入らない。彼女の基準では浮気に当たる行為。優斗が謝る。



「ごめん、そんなつもりはなかったけど、その通りだ。どうか許して欲しい……」


 そう言って深々と頭を下げる優斗。周りの通行人達が「ケンカやってるぞ」と言った表情で見ながら歩いて行く。優愛が言う。



「私、ここで立っている間に結構たくさんの男の人から声を掛けられたわ」


「え?」


 優斗が驚いて顔を上げる。



「結構いい男もいたわ。体に触れようとするのもいた」


「ゆ、優愛……」


 優斗の顔も厳しくなる。



「どんな気持ち?」


 優愛がじっと優斗を見つめて尋ねる。



「嫌な気持ち……」


「……」



「本当にごめん……」


 優愛が腕を組んで冷たく言う。



「うそよ。誰にも声なんて掛けられなかったわ」


「ゆ、優愛……?」


 嘘。優愛ほどの美少女。ひとりで立っていて誰も声を掛けない筈はない。優斗が尋ねる。



「どうしたら許してくれる?」


「私のこと、好き?」


「もちろん」


 それには大きく胸を張って答える。優愛が聞く。



「どのくらい?」


 そう聞かれた優斗が大きく息を吸い込んでありったりの声で叫んだ。



「優愛が、大好きだあああああああああああああ!!!!!」



 周りの人が驚いて立ち止まってまじまじと見つめるほどの声。信号待ちでスマホを見ていたドライバーが思わず顔を上げてしまうほどの大声。

 パート帰りの主婦らしき女性は微笑みながらそんなふたりを見て歩いていく。優愛が小さく言う。



「もっと」



「優愛が大好きだああああああああああああああ!!!!」



「もっと」


「優愛が……」



 数回、公然の前で恥ずかしい叫びをさせられた優斗が掠れた声で優愛に言う。



「ユあ、ごォめん……、のドォがぁ……」


 立ってその様子を見ていた周りの人達から微笑ましい笑みが見せられる。高校生らしき若いカップル。まさに青春真っ盛り。優愛が優斗に近付いて言う。



「許してあげる。だから、して……」


 そう言って目を閉じ、すっと背伸びする。



(優愛……)


 優斗はそんな彼女の両肩を持ち、唇を重ねる。

 周りからの視線が急に何か違うものになる。だけどそんなものは全く気にならない。完全なふたりの世界。優愛だけを感じられる世界。口づけを終えた後優斗は優愛をぎゅっと抱きしめて言う。



「……本当ぉに、ごめん」


「違うでしょ、言葉が」


 優愛も優斗を強く抱きしめ返す。



「うん、愛してる」


「……合格」


 ふたりは周りの見物客が立ち去った後も、そのまましばらく抱きしめ続けた。






「ああ、喉が痛てぇ……」


 そのまま暗くなった帰り道を、ずっと手を繋いだまま帰って来た優斗と優愛。優斗が喉の辺りに手をやりながらぼそっと言う。優愛が心配そうな顔で言う。



「ごめんね、優愛のせいで……」


 優斗を許した優愛。すっかり優愛に戻ってしまっている。


「大丈夫、俺が悪いんだから……」


 そう言って笑う優斗を見つめながら優愛が言う。



「うーん、あっ!!」


 優愛が何かを見つけ、小走りに自動販売機に向かう。



「優愛?」


 そんな彼女の背中を見つめる優斗。優愛は何やら飲み物を買って急いで戻って来た。



「はい!」


 手渡されたのはオレンジ色のジュース。優愛が言う。



「はちみつ入りの紅茶。喉にいいんだよ!」


 それは温かなジュース。優斗が「ありがと」と言ってそれを受け取る。



「ねえ……」


 すっかり暗くなった帰り道を歩きながら優愛が尋ねる。



「なに?」


「それで私達のこと、ちゃんと十文字鈴香には伝えたの?」


 優斗が頷いて答える。



「うん、それは大丈夫。そっちは?」


 優斗の問いかけに優愛も頷いてから言う。


「ちゃんと言ったわ。でも優斗君、本当にモテるんだね……」


「ん? なんのこと??」


 優愛がちょっと不満そうな顔で答える。



「琴音とね、計子も優斗君のことが好きなんだって」


「……ああ、そうらしいな」


 あえてあまり興味が無いよう答える。



「嬉しい?」


「俺が?」


「ええ」


「嫌われるよりマシかな」


「何それ」


「だって優愛以外に興味はないから」



「もぉ~、そうやってまたはぐらかすんだから!!」


 まんざらでもない優愛が優斗に頭を預けて歩く。



「あ、そうそう。知ってた? 優斗君」


「何を?」


 優愛が少し間を置いてから言う。



「あのさ、ゆ、優斗君がアメリカに行こうとした日、空港で、その……、私と会っていた事って、みんな知ってて……」


 優斗の頭にも空港のちょっと恥ずかしい出来事が蘇る。



「あ、ああ、そうみたいだな。あいつらも趣味悪いよな。隠れて見てるだなんて」


「そ、そうよね!! 絶対趣味悪い!!」


「ああ、趣味悪い!!」


「ぷっ、クスクスクス……」


 見つめ合って笑うふたり。



「ねえ、あのさ……」


 歩きながら優斗の手を握る優愛。優斗もその手に指を絡めて答える。


「うん」



「実はさ、優斗君はアメリカ行っちゃうってことだったから言ってなかったんだけど、春休みに卒業旅行に行こうって話をしてたんだ」


「卒業旅行?」


 初耳だ。もちろん渡米予定だった自分には本来関係のなかったこと。優愛が言う。



「そう。春休みにね。温泉旅行の予定だったんだけど、みんなから優斗君も誘えって言われて……」


「みんなって、誰?」


「生徒会のみんなだよ。琴音にルリ、計子と私」


「いつものメンバーだね」


「そう。優斗君も行く?」



「行っていいの?」


「う~ん、微妙なんだよね……」


 ちょっと考え込む優愛。優斗が尋ねる。



「なんで? 俺が行くと邪魔? あ、男だからか」


 メンバーを聞くか限り、女だけのいわば『女子会』。男の優斗が行くと邪魔になると言われればその通りだ。優愛が首を振って否定する。



「ううん、そんなんじゃないよ。来てもいいんだけど、その……、ちょっと心配なの……」


「なにが?」


 意味が分からない優斗が尋ねる。



「何って、宿泊だよ。琴音と計子もいる。心配するなって方が無理だよ~」


 優愛が少し疲れた顔でつぶやく。


「大丈夫だって。俺達のこと、もうみんな知ってるんだろ?」


「ええ、そうだけど……」


 やはり優愛の顔色は冴えない。優斗が言う。



「俺が好きなのは優愛だけ。心配するなよ!」


「……でも、琴音って可愛いでしょ?」


「ん? ま、まあ、可愛いとは思う」



「計子だって一見地味だけど、本当は美少女だよ」


「うん、まあそうかな……」


 優愛がむっとして言う。



「ダメじゃん!!!」


「え、何が?」


「何がじゃないでしょ!! の前で他の女の子を『可愛い』とかダメじゃん!!!」


 優斗が何か気付いたかのように言う。



「ああ、そうだな。でも優愛が可愛い」



 むっとしていた顔が一気に赤く染まる。


「も、もぉ!! そう言うところは上手くなったんだから!!」


 そう言ってちょっと拗ねたふりをする。優斗が言う。



「生徒会の女の子達はみんな可愛いと思ってるよ。ルリを含めて」


「ふん! やっぱりそうなんだ!! 『彼女は作らない!』とか言っておいて!!」


 優愛が優斗の手を振りほどきちょっと先へひとりで歩き出す。優斗が言う。



「そのつもりだったんだけどなぁ。なんでなのか俺も良く分からない」


「何それ??」


 優愛が振り返って言う。



「ああ、そんなに私のことが好きになっちゃったんだ~」


 冗談っぽく言う優愛に優斗が答える。


「かな? まあ、あれだけでガンガン攻められたら落ちるわな~」


「ちょ、ちょっと!? 確かに強く当たっちゃったけど……」


 優愛が『備品』とか『人権がない』とか言って苛めていたことを思い出す。



「あんなことされたの初めてだったからな」


 そう言って笑う優斗に優愛が申し訳なさそうに小声で言う。



「か、構って欲しかったの……」


「ん? なに??」



「何でもないわ!! さ、アパートに着いたわ!!」


 古びた優愛のアパート。

 狭い部屋だが今はふたりの甘い甘いスイートルーム。優斗が尋ねる。



「優愛、夕飯は何が食べたい? 今日のお詫びに好きなもの作るよ」


 優愛がちょっと前に立ち振り返って言う。



「じゃあ〜、優斗君!」



 優斗は笑顔で優愛を抱きしめ、口づけをする。



「おいしい?」


「おいしいよ」


 真っ暗な空の下、少し離れた電灯の明かりがふたりを優しく照らした。

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