78.優斗さんはポンコツですね。

様ぁ~、どうぞお好きな席へ~!!!」


 突如ファミレスに響いた甲高い声。

 そこには赤いツインテールに大きなリボン、宮北の制服を着た鈴香と優斗が一緒に居た。鈴香が優斗のを取って店内を歩き始める。



「さあ、優斗様ぁ~、ご一緒に、……あら?」


 そんな鈴香の目の前に優愛が腰に手を当て仁王立ちする。



「ゆ、優愛!?」


 驚く優斗。その優斗の腕をぎゅっと抱きしめながら鈴香が言う。



「あら、神崎さん。ごきげんよう」


 そんな鈴香の言葉を無視して優愛が優斗に言う。



「どういうことよ、これ!!!」


 優斗が慌てて鈴香の手を振りほどき答える。


「ど、どうって鈴香にばったり校門で会って、きちんと俺達のことを話そうとしたらファミレスに連れて来られ……」



 パン!!!!



 店内の皆が見つめる中、優愛の右手が優斗の頬を強烈に平手打ちした。店内に響く生々しい音。優愛が目に涙をためて叫ぶ。


「信じられない!! バカ、最低っ!!!!」


 そう言うと優愛はそのままドアを出て外へと駆け出して行く。



「ゆ、優愛!! ちょっと待って!!!!!」


 そう言って追いかけようとする優斗の腕を、今度は鈴香が強く引き留める。


「優斗様、私とお話を……、きゃっ!!」


 鈴香に引っ張られた腕を無理やり振りほどこうとした優斗。その勢いで鈴香が尻餅をつくように倒れた。



「ご、ごめん! 鈴香」


 優斗はすぐに鈴香に手を貸し起き上がらせ、そして店外に出て優愛を探す。



「くそ……、いないか……」


 既に優愛の姿はない。どこかへ走り去ってしまったようだ。




「優斗ぉ~、それって最低だよ~」


 そんな優斗の背中からルリの声が響く。


「ルリ……、ああ、みんなここに来ていたのか」


 優愛が自分達が付き合っていることをみんなに話すと言っていたことを思い出す。まさかこのファミレスだったとは。ルリが言う。



「とりあえず座りなよ~、話聞くから。あ、あなたもどうぞ~」


 そう言って不満そうな顔で立っていた鈴香にも声を掛ける。

 店内中のお客の視線を浴びながら、優斗と鈴香がゆっくりとテーブル席に着く。




「はあ、優斗さん。これはどういうことですか?」


 テーブル席には優斗の他に鈴香、琴音、計子、そしてルリが座る。琴音が鈴香の顔を見つつ優斗にため息交じりに尋ねた。優斗が答える。



「いや、その帰ろうとして校門で鈴香に会って、俺と優愛のことを話そうとしたらここまで無理やり連れてこられてしまって……」


「それで彼女とでお店に入ったんですか?」


 計子が呆れた顔で尋ねる。


「うーん、まあ、そうなるかな……」



「浮気じゃ~ん!! 優斗ぉ、それ浮気って言うんだよ~!!」


「え、浮気……」


 ルリの言葉に激しく動揺する優斗。自分はただ鈴香と優愛のことを話したかっただけ。それだけで浮気になるのか。鈴香が言う。



「浮気じゃありませんわ~!! なぜって優斗様と私は愛し合って……、ふがふがっ!?」


 勝手に発言しようする鈴香の口を琴音が塞ぐ。計子が言う。



「神崎さんとお付き合いしたと言うのに隠れて他の女性と一緒にお店に入るなんて、例えその気がなくとも浮気と思われても仕方ありませんよ」


「い、いや、別に隠れてなんて思ってないし!!」


 確かにと店に入って来た。優斗に『隠れて』という気持ちは全くない。そもそもこれが浮気になるとは夢にも思っていなかった。琴音が言う。



「優斗さんは勉強もスポーツも人望もあるのに、恋愛に関しては本当にぽんこつなんですね……」


「ぽんこつ……」


 その言葉を優斗が繰り返す。

 確かに勉強やスポーツは繰り返し訓練をして来た。だがこと恋愛に関しては中学の時の失恋以降、全く経験しようとしなかった。引っ越しばかりしていたこともそれに拍車をかけた。優斗がぼそりと言う。



「優愛。怒ってるよな……」


 それを聞いていた鈴香が皆に尋ねる。



「優斗様は、本当に神崎さんとお付き合いをされているのでしょうか~??」


 計子が答える。


「十文字さん、あなたも見たでしょ? 空港のおふたりを」


「え、ええ、まあ……」


 あれは見た。だが信じないことにした。それを本気でできるのが十文字鈴香という女性だ。優斗が驚いて言う。



「ちょ、ちょっと待て! 空港で見たって、おい、まさか、み、見たのか……??」


 ルリが笑って答える。



「見たよ~ん!! 空港で優愛と抱き合って~、チュチュってやってるの~!!」



(マ、マジかよ!!!)


 優斗の顔が青ざめる。まさかあれを、あの恥ずかしい姿を見られていたなんて。



「み、みんな見たの……?」


 琴音や計子が無言で頷く。優斗が顔を赤くして下を向く。



「そんなことどうでもいいですわ~!! 今日から優斗様がこの鈴香のものになればよろしいことですから~!!!」


 そうって優斗に抱き着こうとする鈴香を今度はルリが止める。計子が言う。



「とは言え、今は優斗さんと神崎さんがお付き合いしている状態。このままではいけませんね」


「そうね。複雑な気分だけどちょっと優愛ちゃんが可哀想……」


 琴音もそれに同意する。優斗が言う。



「俺、今から優愛の部屋に優愛に謝って来る!!」



 その言葉を皆は聞き逃さなかった。計子が尋ねる。


「ゆ、優斗さん。今、神崎さんの部屋に『帰る』と言いましたか……??」


 計子に琴音、ルリが驚いた顔で優斗を見つめる。



(しまったあああ!!! 口が滑ったああああ!!!!!)


 優愛と同棲していることは一応秘密。極力知られたくないふたりだけの秘密である。琴音が信じられない顔をして言う。



「ゆ、優愛ちゃんと、優斗さんが一緒に……」


「そう言えば確かに優斗さんは部屋を引き払ってからどこに住んでいたのかと、不思議に思っていました……」


 計子が冷静に言う。ルリが尋ねる。



「えー、それで優斗はぁ、本当に優愛と一緒に住んでるの~??」



「ううっ、それは……」


 ここですぐに否定しないことが、逆にその話を肯定してしまった。琴音が泣きそうな顔で言う。



「優斗さん、思ったよりも手が早くて、何だか嫌です……」


「いつもいつも私の計算を越えてくる優斗さんですが、今回のは想像すらできませんでした」


「やるじゃ~ん、優斗ぉ!! 同棲とかぁ、大人じゃ~ん!!!」


 皆が優斗に思い思いの言葉をかける。優斗がすぐに弁解する。



「いや、ほんと住む所がなくて新しい部屋が見つかるまでの間、ちょっと泊めさせて貰っていたんだ。変な意味があってのことじゃない!!」


 こういう時のの言い訳ほど響かない言葉はない。ルリが言う。



「いいんじゃな~い?? お互いが好き好き同士なら~」


 計子が優斗に尋ねる。


「お互いのご両親はご存知なんですか??」


 優斗が頷いて答える。



「ああ、もちろん。報告はしてある」


 そう言い切る優斗を見て琴音がため息をつく。



「はあ……、優愛ちゃんにはすっごくリードされちゃったなあ……」


 恋人、同棲、相思相愛。

 琴音は随分と話されてしまった恋のライバルを思いぐったりとする。優斗が言う。



「ごめん、俺、優愛の所に行くわ!!!」


「は~い、気を付けてね~!!」


 ルリひとりがそれに笑顔で答える。鈴香が慌てて優斗に抱き着こうとしながら言う。



「ま、待ってください、優斗様~!! わ、私も……」



「はーい、あなたはここで一緒にスイーツ食べましょうね~!!」


 そう言ってルリに捕まる鈴香。



「ま、またスイーツですか!! もう結構です~!! た、助けて~!!」


 くしくも空港の『失恋会』同様に同じメンバーが揃った女子軍。走り去る優斗を見つめながら再びスーツを食べることとなった。






(優愛、優愛、優愛、ごめん!!!)


 優斗はファミレスを出ると一直線に一緒に暮らすアパートに向かった。

 まさか鈴香と一緒にいただけで浮気になってしまうとは思ってもみなかった。だが考えれば優愛にしてみればそんなこと許せるはずがない。これが恋愛経験皆無と言っていいほどの自分。情けないにも程がある。



「優愛っ!!!」


 アパートのドアを開き大声で優愛の名前を呼ぶ。


 静寂。

 明かりもついていない部屋はまるで息をしていないように静かだ。



(まだ帰っていないのか。どこ行った!?)


 優斗がドアを閉め再び走り出す。

 ほんの少し暖かくなってきたとはいえまだまだ冷たい風が吹く三月。そんな寒さの中でも優斗の額には汗が流れる。



「どこ行った、どこ行ったんだ、優愛!! 考えろ……」


 走りながら駅までの道を探す優斗。彼女が行きそうな場所を必死に考える。



(くそっ! 全然思いつかない……)


 優愛とはいつも学校で会っていた。

 生徒会での仕事がメインだったので彼女と過ごすのはいつも学校。外で会うことなど殆どなかった。



「そうか、学校!!!」


 いつも一緒にいたのは学校。そしてその場所とは……




「優愛っ!!!」


 優斗がその部屋のドアを勢い良く開ける。優斗に集まる視線。驚きの顔。生徒会長の井上が尋ねる。



「上杉、先輩……!? どうしたんですか??」


 そこは宮西の生徒会室。いつも優愛と一緒に過ごした場所だ。優斗が尋ねる。



「あ、いや、優愛はここに来なかったか?」


 驚く生徒会のメンバー。爽やかイケメンの井上が答える。


「いえ、来ませんでしたが……」


「そうか。分かった。ありがと!」


 そう言って駆け足で去っていく優斗。副会長の宮内が金色のポニーテールを揺らしながら言う。


「ど、どうしたのかしら? 神崎先輩に何かあったとか……??」


 閉められたドアを皆が心配そうに見つめた。




(どこだ、どこだ、一体どこにいるんだよ!!!)


 優斗が必死に優愛との接点を思い出す。

 学校の日々、生徒会の日々。ボランティア清掃、水泳大会、体育祭。夏の合宿に文化祭。優愛の病気、三百みぜ参り。出会い、土砂降りの交差点……



「あ、そうか!!!」


 優斗が走り出す。

 必至に張り出す。周りの音が聞こえなくなるほど全力でその場所に向かう。



(俺と優愛との最初の接点。ここが俺達の始まり。それは……)



 ――優愛を車から助けた横断歩道!!!




「いた!!!」


 出会いの横断歩道。

 その交差点の隅にひとり佇む優愛の姿を見つけた。

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