75.甘々なふたり
「優愛、美味しい?」
「うん、美味しいよ」
狭い優愛のアパート。優斗と優愛のふたりはできたての焼うどんを一緒に食べていた。部屋に舞う香ばしい香り。ふたりは肩を寄せ合って食べる。優愛が口を小さく開けて言う。
「あーん、して」
箸で焼きうどんをつまんだ優斗がそれに笑顔で応える。
「はい、あーん……」
優愛のピンク色の可愛らしい口が少し開けられる。しっとりと湿った唇。何度も重ねた愛おしい唇。優斗は我慢できずに先に自分の唇を重ねる。
「ん、ん……、もぉ、優斗君~、食べられないじゃん」
そう言いながらも満面の笑みになる優愛。
「ごめん、可愛すぎて、俺、我慢できなくて……」
「うふふっ、いいよ。いつでも、優愛を食べても……」
(優愛……)
優斗は何度も自分を襲う強い誘惑に耐えながら一緒に暮らしている。
お風呂から上がったばかりの優愛、その艶のある黒髪はアップにされ先程から色っぽいうなじがずっと目についている。シャンプーの香りが優斗を誘惑し、火照ったピンク色の頬は自制心を破壊しようとする。
優斗が再度焼うどんを箸でつまみ優愛に言う。
「はい、あーん……」
「あーん、ぱくっ。むしゃむしゃ……、美味しいよぉ~」
優斗が作った焼うどんを美味しそうに頬張る優愛。優斗がじっと顔を見つめる。見つめ返す優愛。自然と再び唇が重なり合う。
「ん、んん……」
幸せ。
ふたりは初めて知る幸福感にただただ酔いしれる。優愛が尋ねる。
「優愛、美味しい……?」
「うん。焼うどんの味がして美味しいよ」
「え? も、もお!! 優斗君っ!!」
優愛が両手で優斗を冗談っぽく叩き始める。
「ご、ごめん、優愛!!」
「きゃっ!!」
そんな優愛を優斗が抱きしめる。体のすべてを預ける優愛。
(優愛、優愛……)
柔らかい肌。甘酸っぱい女の香り。キス、抱擁。
このまま優愛を押し倒してそのすべてを知りたい。品行方正で真面目な優斗も健全な男子高生。目の前に極上の美少女がこの状況でいて我慢できるはずもない。
「優愛……」
「優斗君……」
優斗の目に優愛の胸の谷間が映る。小柄で気が強いくせに、スタイルは抜群。頬を赤くして優愛が上目遣いで言う。
「優愛は、いいんだよ……」
(優愛……)
優斗の手が優愛の色っぽい胸の膨らみに伸びる。
――間違いだけは起こすなよ
(!!)
そんな優斗の頭に父親の声が蘇る。
優斗は伸ばした手をすっと彼女の頭に持って行き、優しく撫でる。
「優斗、君……?」
優愛が優斗を見つめる。
「優愛、大好きだ。愛してる。愛してるから、今は……」
優斗の顔が少し寂しそうな表情となる。それを見た優愛が優斗の耳元に行き小さくささやく。
「優愛も大好きだよ」
(優愛……)
優斗はそんな彼女が愛おしすぎて再び強く抱きしめる。
「あん……」
優愛は優斗に強く強く抱きしめられるのが好きだった。一番彼を感じられる。自分がここに居てもいいと感じられる。すべてを預けて彼のことを考えるこの瞬間が何より好きだった。
ティロロロロン……
そんなふたりの甘い時間に割り込むように優愛のスマホの着信音が部屋に響く。
「誰だろう?」
スマホを手にした優愛の顔が固まる。
「……夜愛からだ」
義妹の夜愛。その表示された名前を見た瞬間、嫌な予感がする。とは言え出ない訳には行かない。優愛が言う。
「ちょっと出るね」
「うん」
優斗は頷いて焼うどんを食べ始める。
『もしもし』
『夜愛なの。お姉ちゃん、元気でいる?』
いつも通りの夜愛の声。落ち着いた声。少し安心した優愛が答える。
『うん、大丈夫だよ。また検査があるからそこで再発してなきゃね』
『良かったの。本当に夜愛も嬉しいの』
『うん、ありがとう』
そこから夜愛の声のトーンが変わる。
『お姉ちゃん、今どこにいるの?』
『え? どこって自分の部屋だよ』
そう答える優愛の声が少しうわずる。夜愛が尋ねる。
『優斗先輩も一緒なの?』
(!!)
両親には話した。だが夜愛には直接その件は話していない。
黙り込む優愛に夜愛が言う。
『いるのね。夜愛は羨ましいの……』
優愛が慌てて答える。
『こ、これはね。仕方ないの。あいつアメリカ行かないで部屋引き払っちゃったから、仕方なくしばらく私の部屋に……』
『夜愛も一緒に住むの』
『え?』
固まる優愛。焼うどんを食べていた優斗がそんな優愛を心配そうに見つめる。
『一緒に泊まるって、どういうこと?』
『もうすぐ春休みなの。そうしたら夜愛もそっちで一緒に泊まるの』
(こ、困った……)
夜愛が優斗のことが好きなのは知っている。中学生の頃に見た優斗のライブを見てひと目惚れをしたと聞いている。ずっと自分に正直で『好き』を前面に押し出してくる。優愛が言う。
『ゆ、優斗君もさ、ずっとこの部屋に居る訳じゃなくって、ほら、お父さんが今別の部屋探しているからそれが決まればここ出て行くんだよ。だから……』
『分かってる。その時は夜愛が新しい部屋で優斗先輩と一緒に暮らすの』
『なんでそうなるのよ……』
優愛が半分呆れた顔になって言う。
『とにかくこっちに来るのはいいけど、その頃の状況次第でまた変わるからね』
『分かったの。こまめに連絡は取るの』
『うん、じゃあまたね』
『またなの』
そう言って通話を終える姉妹。優斗が言う。
「なに? 俺を追い出すって?」
「え!? い、いや違うの! そう言う意味じゃなくって……」
ちょっと拗ねる優斗に優愛が必死に説明する。
「ごめんね、そう言う意味じゃなくって、夜愛に言われて私、つい……」
優愛の目に涙が溜まる。会った時は『備品!』と言って自分を蔑んでいたあの強い生徒会長の面影はもう一切ない。ちょっとからかっただけでまるで子猫のように狼狽える優愛がとても可愛らしい。優愛が言う。
「ごめんね、優斗君。私が悪いから。何でも言うこと聞くから、ね?」
信じられないような言葉。優斗に少し悪戯心が浮かぶ。
「俺、結構傷ついたな。ここを追い出されるなんて……」
「ゆ、優斗くぅん……」
今にも涙腺が崩壊しそうな優愛。優斗が冗談で言う。
「俺、すっごく心が傷ついて、だから優愛に癒して貰わなきゃいけないな~」
「うん、優愛、何でもするよ……」
優斗が言う。
「じゃあ、今日、一緒に寝よ」
「え?」
驚く優愛。
「変なことはしないから。本当に一緒に寝るだけ」
これまで優斗は別に買って来た布団で優愛のベッドとは離れた場所で寝ていた。間違いが起きないよう自分に言い聞かせて。黙り込み、下を向く優愛。優斗が微笑んで言う。
「冗談だよ、冗談。優愛、本気にするなって。俺、全然気にしてなんか……」
「……いいよ」
「え??」
顔を上げた優愛。真っ赤なになった顔で微笑むような笑み。まるで何か全て悟ったような表情。
「え、でも……」
逆に戸惑う優斗。優愛が優斗に迫りながら言う。
「優愛と一緒がいいんでしょ? いいよ。優愛もね、ずっと思ってたの……」
(なんだなんだなんだなんだなんだ!!! この可愛すぎる生き物はあああ!!!!)
四つん這いにになって優斗に語り掛ける優愛。もはや地上に舞い降りた天使のよう。優愛が優斗の胸に顔を埋めて言う。
「眠る時にね、いっぱいいっぱい優愛を抱きしめて欲しいの。お願い……」
初めてひとり暮らしをした頃を思い出す優愛。
明かりを消すと一面に広がる暗闇。家族から逃げるようにやってきたこの古いアパートの部屋で、優愛は毎晩闇夜に飲み込まれないよう布団を頭からかぶって過ごしていた。
(暗い、暗い。怖い……、寂しいよ……)
だから優斗が転がり込んできた時はすごく嬉しかった。
もうひとりじゃない。すべてを肯定してくれる大事な人。ただ贅沢を言えばその腕の中で眠りたかった。
「電気消すね」
「うん……」
食事を終え片づけをし、お互い勉強をした後、眠りにつく。優斗はゆっくりと優愛のベッドの中に入る。バクバクと鳴り響く心臓。それは優斗も、そして優愛も同様である。
「優愛……」
先に横になっている優愛の名前を口にする優斗。
「優斗君……」
暗闇の中、微かに漏れる月明かりに優愛の顔が浮かぶ。
(可愛い……)
優愛と居られて幸せだった。女性と交際することから逃げていた自分の扉を開いてくれた人。知れば知るほど愛おしい。
「ん、んん……」
抱きしめ合い、自然と重なり合う唇。
優愛は優斗を少し見つめると、そのしなやかで筋肉質の腕を枕に目を閉じる。
「優斗君、大好き……」
「うん」
生まれ初めてかも知れない。
こんなに心安らかに眠りにつくのは。
優斗が優しく優愛の頭を撫で始める。
愛おしい優愛。
安心したのかすぐに寝息を立て始める。
優斗はそんな彼女の額に軽く口を当ててから小さく言う。
「おやすみ、優愛」
優斗も目を閉じ、眠りについた。
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