終章「最高の高校生活」

72.おかえり!!

「おっは~、優愛~!」


「あ、おはよ。ルリ」


 朝、教室にやって来たルリは、久しぶりに登校して来た優愛に笑顔で挨拶をした。



「退院、おめおめ~!!」


「ええ、ありがと」


 そして昨日は優愛の退院日。予想以上に伸びた入院のせいで久しぶりの学校である。そして病気が治ったとは言え、勝手に朝病院を抜け出し戻ってから主治医にこっ酷く叱られたことを思い出す。



「優愛ちゃん、おはよう。退院、おめでとう……」


 そこへ同じく登校して来た琴音がやって来る。いつもの明るい彼女とは違い無表情で感情のない声。乱れた髪に目の下のクマ。明らかに寝不足である。優愛が答える。



「お、おはよ。琴音。なんか体調悪い?」


「元気よ」


 絶対元気じゃないだろう、と心の中で思った優愛。更にもうひとり現れる。



「神崎さん、おはようございます。じゃあ、さようなら」


 赤メガネでおさげの計子。元々仲は良くないが今朝は更に何か冷たい。



(な、なんかみんな怒ってる……??)


 昨日の優斗とのことが計子経由でバレたのだろうか。だがその後一緒に帰って、一緒にいることまでは知らないはず。

 空港での熱い抱擁やキスを見られていたことなど全く知らない優愛が言う。



「み、みんなのお陰で無事に病気も治ったわ。本当に感謝しているよ」


「うん、良かったね!」


 メールでその報告は知っている琴音達。回復は嬉しい一方、別の思いが浮かんでくる。



(うそ。どう計算しても回復は彼のお陰だと思っているはず)

(優愛ちゃん、きっと別のこと考えてる)

(優愛が元気になって、ちょ~嬉しんだけど~!!)


 それぞれ皆色々と思うところがある。琴音が茶色の髪をかき上げながら言う。



「やっぱり優斗さん、来ないんですね……」


 皆の視線が優愛の隣にある空席へと移る。琴音が言う。



「もう今頃はアメリカなのかな……」


「私の計算ではもう着いている頃ですね」



「……」


 無言になる優愛。まさか、今一緒に暮らしているとは言えない。ルリが笑って言う。



「今頃何やってるのかな~、優斗ぉ~?? 金髪の美女とイチャイチャとか~??」


 それを聞いた優愛の顔が顔から水蒸気が出るほど赤くなる。優愛の頭に昨日のことが思い出された。





(優斗君……)


 空港からずっと手を繋いで彼女のアパートまで帰った優愛と優斗。会話はなし。何も話さなくてもふたりの心は満たされていた。

 ドアの鍵を開けふたりが部屋に入る。優斗が両手を優愛の顔へ優しく添え、言う。



「優愛、愛してる……」


「うん……」


 そして重ねられる唇。

 先程の空港より強く熱い口づけ。

 優斗は内から湧き出す愛おしさを抑えきれずに力強く優愛を抱きしめる。



「ううん……、優斗くぅん……」


 優愛の心臓が激しく鼓動する。

 大嫌いだった男にこんなに荒々しく抱きしめられる自分が、こんなにも嬉しく興奮していることに驚く。



「優斗君、痛いよ……」


 強すぎる抱擁。長身で男の優斗が小柄な優愛を力いっぱい抱きしめれば痛いのは当然。慌てて優愛から離れる優斗が申し訳なさそうに言う。



「ごめん、なんか我慢できなくなっちゃって……」


 そう謝る優斗がなんだかとても愛おしくなり、今度は優愛が抱き返しながら言う。


「私も我慢できないよぉ、優斗君……」


 そう言って再び重ねられる唇。これまでのタガが外れたかのようにお互いを求め合うふたり。初めてのキス、その甘い魅力に取りつかれたふたりが何度も唇を交わす。優愛が思い出したように言う。



「あ、そうだ! 私、病院帰らなきゃ!!」


 優愛はすっかり忘れていた。朝病院から抜け出して空港へ駆けつけたことを。優斗とのイチャイチャが幸せ過ぎて、普通にそのまま家に帰って来てしまった。



(服もパジャマじゃん……!!)


 コートは着ているものの、その下は昨晩寝た時に着ていたままのパジャマ。優斗が尋ねる。



「病院……、そうだ、検査の結果はどうだったの?」


 優愛が満面の笑みで答える。



「腫瘍、無くなったよ。嘘みたいに、綺麗に……」


 そう話す優愛の目から涙が流れる。優斗がそれを指で軽く拭き取ってあげてから言う。


「そうか。本当に良かった」


「うん、ありがと。優斗君……」


 優愛はこれまで苦しんできた病魔ともこれで終わりになるという希望に心から安堵し全身に喜びを感じる。居場所のなかった実家、怖くてひとり涙を流した夜。一時は覚悟した『死』という言葉。そのすべてを拭い去ってくれた、目の前の人が。

 優愛がポケットに入れて置いた紫色のお守りを取り出し言う。



「これのお陰だよ。優斗君、私の為に……」


 優愛は優斗が三百日間一日も欠かさず祈ってくれたことを思い、嬉しさと感謝で体が震える。優斗が答える。


「ただの気休めだよ。病気が治ったのは優愛の頑張りがあったから。俺がやったことなんて……、え?」


 そう話した優斗に優愛が抱き着く。



(そんな訳ないじゃん、そんな訳ないよ。ただの気休めに三百日も毎日やれるはずないよ……)



「優愛……?」


 優斗に抱き着き肩を震わせる優愛。

 それを優斗は優しく抱き返し言う。



「今日は回復祝いに美味しいものでも作ろうか。一緒に食べよ」


「うん……」


 真っ赤な顔、真っ赤な涙目で優愛が頷く。



「優斗君、好き。本当に大好き……」


 優斗はそれに頭を撫でて応える。こんな幸せ。自分が受けてもいいのだろうか。優斗が言う。



「優愛、病院は?」


「え? ああああっ!!! いけない、すぐに行かなきゃ!!」


 優愛は慌てて髪を整え棚に置いたアパートの鍵を優斗に差し出して言う。



「ここに居てもいいから。はい、これ鍵」


「あ、ああ。ありがとう」


 鍵を渡した優愛がドアを開けようとして立ち止まり、ちょっと背伸びをして言う。



「もう一回」


「うん」


 ふたりは今度は軽めのキスをして別れる。

 この後急いで病院に戻った優愛は主治医からこっ酷く叱られ、平謝りの中退院手続きを終えた。






「ねえ、優愛ちゃん……?」


 お昼休み、ご飯を食べながらひとりニヤニヤする優愛に琴音が声を掛ける。何度か名前を呼ばれた優愛がそれに気付き返事をする。


「なに?」


「なに、じゃないでしょ? 何度も呼んでいるんだよ。どうしたの??」


 優愛はその後アパートに帰って優斗とイチャついていたことを思い出し顔が真っ赤になる。


「な、何でもないわ。さ、ご飯を食べましょ」


 そう言って食べるお弁当。いつもより豪華なそのおかずは優斗の手作り。琴音は勿論、計子やルリも優斗がアメリカに行っていないことは知っている。その後はスイーツ食べ放題に行ってしまって知らないが、その後がどうなったか気になる。



(とは言え、優愛ちゃんに聞けないしな……)


 まさか空港で隠れてふたりの抱擁を見ていたとは言い出せない。悪趣味すぎるし、自分や計子の想いは彼女も知っているので変な気を遣われたくない。琴音が言う。



「優斗さんいないと、なんだか寂しいよね……」


「え? ええ、そうね……」


 明らかにおかしい態度。なんて分かりやすいのだろうと琴音が内心苦笑する。優愛が引きつった顔で言う。



「ま、またどこかで会えるんじゃないかな」


 なんとも心の籠っていない言葉。空虚を絵に描いたような言動。皆から恐れられていたあの『生徒会長神崎優愛』は、たったひとりの男によってここまで骨抜きにされてしまうのかと琴音が思う。



(まあ、それだけ優斗さんが魅力ある男の人だったんですよね。それは認めます)


 琴音は優愛の話に頷きながらお昼を食べる。




 そして夕方。この日最後の授業を終えた担任が部活や帰宅にそわそわする皆に向かって言った。


「えー、ちょっとお知らせがあります」


 この時間にお知らせと聞き生徒達がざわつく。



「二月で、来月卒業を控えたこの時期に、とっても嬉しいお友達が明日からみんなと一緒に勉強します」



 転校生なのか、と驚き騒めく皆に向かって担任が言う。


「さあ、入って来て」



 ガラガラガラ……


 開けられる教室のドア。

 部屋に入る長身で銀髪の男。それと同時にクラスから歓声が上がる。その男が皆に向かって挨拶をする。



「上杉優斗です。みんなよろしく!!」



「優斗オオオオオ!!!」

「上杉くーーーーーーん!!!」


 突然のサプライズに教室中が大歓声に包まれた。

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