71.最後の願い

「優斗くーーーーーんっ!! 会いたかったよおおおお、うわーーーーん!!!」



 大声で泣き叫ぶ優愛をしっかりと抱きしめる優斗が答える。


「俺も会いたかったよ」


 優斗の目からの自然と涙がこぼれ落ちる。



「優斗君、優斗君、優斗くぅん……」


 優斗の腕の中で何度もその名を言う優愛。優斗が優しく優愛の頭を撫でながら言う。



「優愛、もう泣かないで。大丈夫だから」


 ほんの少しだけ落ち着きを取り戻した優愛が顔を上げて尋ねる。



「飛行機は? 行かなくて大丈夫なの??」


 真っ赤な目。赤い頬。映像を切った後でしか感じられなかったた優愛が腕の中にいる。優斗が苦笑いして答える。



「ドタキャン、しちゃった」



「え? ドタキャン……??」


 余りにも意外な言葉に優愛の思考が一瞬止まる。そして尋ねる。



「え、それってもうアメリカには行かないってこと……?」


「ああ、そうした」


 訳が分からない優愛。向こうには父親が待っていて、新しいアメリカでの生活が始まるはず。



「そんなことして、怒られないの?」


「怒られるよなあ、きっと」


 そう冗談っぽく話す優斗を見て優愛が放心する。一体何が起こっているのか分からない。優斗が言う。



「俺、思ったんだ。生まれて初めてここに居たいって。いや、じゃないかな」


 優愛の目を見つめて言う。



の傍に居たいって思ったんだ」



「優斗君……」


 涙が少し止まった優愛の目が再び赤くなる。優愛が心を決めて優斗を見上げる。そして言った。



「優斗君、色々ごめんね。私分かったの。私ね、私、優斗君のことが……」


 そこまで言った優愛のを優斗の手が塞ぐ。口を塞がれた優愛がじっと優斗を見つめる。優斗が言う。



「それをも女の子に言わせる訳には行かないよ」


 優愛の頭に夏の生徒会合宿で優斗へ言わされたその言葉が蘇る。優斗が優しく優愛の顔に両手を添え言う。



「優愛のことが好きだ。俺と付き合ってほしい」



 優愛の目に涙が溢れる。笑顔になって答える。


「うん、いいよ。付き合ってあげ……、んん!?」


 優斗はそのまま自分のを優愛の口へと重ねた。



(え、え、ええええええ!?)


 まさかの展開。これは予想もしていなかった行動。

 驚きのあまり優愛は全く動けなくなり、体が固まる。周りを行き交う人達も、若いカップルの口づけを微笑ましく見つめて歩く。



(やだ……、すごく幸せ……、体が溶けちゃいそう……)


 優斗を全身で感じ幸せの絶頂へと上り詰める優愛。一年前では想像もできない今の自分。こんな幸せが、こんな素敵なことがあるなんて夢にも思わなかった。

 口づけを終えた優斗が少し恥ずかしそうに言う。



「ごめん、優愛。我慢できなくなっちゃって……、(え!?)」


 そうやって謝る優斗があまりにも可愛過ぎて、今度は優愛の方から唇を重ねる。



(柔らかい……)


 女の子の唇がこんなに柔らかいものだと優斗は初めて知った。口づけを終えた優愛が恥ずかしそうに言う。



「責任取ってよね。私をこんなにしちゃって……」


 可愛い。そう恥じらいながら言う優愛を心から可愛いと優斗は思った。優斗が優愛を抱きしめて言う。



「分かってる。もう二度と離さないから」


「うん……」


 優愛もそれを抱きしめ返して応える。

 ガラスの向こうでは大きな音を立てて飛行機が飛び立って行った。





「ちょ、ちょっとぉ、何ですか、あれ~!!」


 そんな抱き合うふたりをその女子のグループが見つめる。

 茶色のボブカットの女の子に赤メガネのおさげの女の子。ピンク色の髪の女の子は今にも走り出さんとする赤髪のツインテールの女の子を抱き着くように押さえている。ピンク髪の子が言う。



「今行くのは野暮ぉってやつだよ~、抑えて抑えて~」


 皆の視線は抱き着き合っている優愛と優斗と交互に向けられる。ツインテールの女の子が言う。



「ど、どうしてこんなことが許されて~!? あなた達は平気なんです~???」


 茶色のボブカットの子が答える。


「平気じゃないです。でも、今は仕方ないのかなってね。そうでしょ? 計子ちゃん」


 計子が黒いおさげを触りながら答える。


「仕方ありません。どう計算しても、今はあのふたりの邪魔は良くないですから」


 そう言って悲しげな目で優斗と優愛を見つめる。琴音が言う。



「でも今日だけですよ~。まだまだ諦めないから! 時間をかけても絶対優愛ちゃんから取り返して見せるから!!」


 皆は『やっぱり琴音もか』といった表情で彼女を見つめる。計子も頷いて言う。


「その通りですね。私の計算では、あの我儘な神崎さんでは半年も持たないでしょう。そこからは私の出番です!!」


 そんなふたりの言葉を聞いてルリが笑って言う。



「え~、なんかさぁ、みんな優愛のこと勘違いしてない~?? あの子、とっても純粋で一途だよ~」


 計子と琴音がむっとしてルリを見つめる。そのルリに押さえつけられている赤髪のツインテールの鈴香がもがきながら言う。



「な、何を言ってるんですか~!! 今、そう、今優斗様を奪わないと、あの女に持って行かれちゃうんですよぉ!! わ、私は無理やりにでも行って……」


 そんな鈴香を計子と琴音も一緒になって押さえつける。


「はいはい。とりあえず今は『人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて』とか何とかいうでしょ。さ、行きますよ」


 そう言って計子が鈴香の手を掴んで歩き出す。琴音が言う。



「そうだ。今日空港カフェで『スイーツ食べ放題』がやってるよ! みんなでどう??」


 ルリが目を輝かせて言う。


「いいねえ~、食べちゃう食べちゃう!?」


「いいですね。なんだか今日はむしゃくしゃと言うかイライラして何かドバッとやりたい気分ですから」


 普段感情を出さない計子も何度も頷いて同意する。鈴香が首を振って言う。



「い、嫌ですわ!! 私はそんな『失恋会』みたいなものには絶対行きませんから~!!!」


 琴音も鈴香の手を掴んで言う。


「はいはい。そんな負け犬のようなこと言っても、負けは負け。さ、行きましょ!」


「い、嫌ですわ!! やめてください~!!」


 嫌がる鈴香を無理やり引き連れて、前生徒会執行部女子軍が『失恋会』へと向かって行った。






「ねえ」


「なに?」


 空港内を歩く優愛と優斗。しっかりと手を繋ぎ、優愛は優斗に首を預けて並んで歩く。



「本当に大丈夫なの? ドタキャンなんてして」


 優斗が苦笑いして答える。


「あー、多分大目玉かな。親父、聞いたら激怒すると思う」


「呆れた。本当に何も知らせずにやったのね」


 優斗が握っている優愛の手に少し力を込めて言う。



「誰のせいだと思ってる?」


「ふん、知らない」


 そう言って幸せそうな顔で笑う優愛。そしてコートのポケットの中に入っていたある物に手が当たり思い出したように言う。



「あ、そうだ! これ」


 そう言ってポケットから取り出した可愛らしい飾りのついた箱を手渡す。受け取った優斗が尋ねる。



「え、これって……」


「バレンタイン。チョコよ。既製品だけど……」


 先日コンビニで無意識に買っていたチョコ。偶然コートの中に入れたままであった。優斗が嬉しそうに言う。



「ありがとう! すっごく嬉しいよ!!」


 そう言ってチョコの箱を見つめる。


「い、一日遅れで申し訳ないんだけど……」


 少し気まずそうな顔でそう言う優愛。優斗がその顔をまじまじと見て言う。


「優愛がそんなふうに謝るところ、初めて見たかも……」


 優愛の顔が一瞬で赤くなり大きな声で言う。



「な、なによそれ!? わ、私だって、ちゃんと謝るんだから!!!」


「そうだね、ごめんごめん」


 そう言って笑いながら謝る優斗と見て優愛も笑い出す。


「もぉ……」


 優愛が優斗の顔を見てにっこり笑う。優斗が何か思い出したように言う。



「あ、そうだ。ちょっと頼みがあるんだけどさ」


「頼み? なに」


 優斗が優愛を見て言う。



「俺の部屋昨日で引き払っちゃったから、今日から住む場所がないんだよ。ちょっとでいいんだけど、優愛の部屋に泊めてくれない?」


「え?」


 いきなりの質問。色々なことが頭を巡り整理がつかない。優斗が言う。



「ちゃんとお金は払うから大丈夫」


 それを聞いた優愛が首を振って言う。


「お金なんていいわ。遠慮しないで」


 優斗が冗談っぽく答える。



「そうか。じゃあ、またお礼にキスでもしようかな」


 優愛が優斗の方に頭を預けて恥ずかしそうに言う。



「一回じゃ、足りないから」


「うん。多分俺も」


 優斗は繋いだ優愛の手を再びしっかりと握り締める。

 空港内を歩き出すふたり。優愛はポケットの中にチョコと一緒に入れてあったメモに触れながら思う。



 ――ありがとう、優斗君。本当に。



 優愛の『叶えたいリスト』、その最後に何度も書いたり消したりした彼女の願いがある。優斗も見ていない最後の願い。




『優斗君の彼女になる』



 その願いが今、叶えられた。

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