66.新生徒会も苦労しそうです。

 短い冬休みが終わり、三学期が始まる。

 教室には久し振りに会うクラスメートと話す笑い声が響く。教室に入ってきた優斗は机に向かい、既に登校して座っていた優愛に挨拶をする。



「おはよ、優愛」


「おはよ」


 優斗は笑顔になってガッツポーズをする。



「よし!!」


「え!? な、なによ!?」


 突然の行為の驚く優愛。優斗が言う。



「いや、だって教室でちゃんと挨拶してくれたのって記憶にないから。ようやく俺もここまで来れたのかなって」


「な、何それ……」


 優愛は今まで自分がして来た塩対応に思わず苦笑する。



「やっほ~、あけおめ~!!」


 そこへピンクの髪を珍しくポニーテールにしてやって来たルリが声を掛ける。優愛が言う。



「おはよ、ルリ。今年もよろしくね」


「あけよろ~」


 もはや何を言っているのか理解できない優斗。彼女は違う生き物なんだと自分に言い聞かす。



「優斗さん、おはようございます。そしてあけましておめでとうございます!」


 そこへ茶色のボブカットの琴音、そして赤い眼鏡におさげの計子がやって来る。


「おはよ。そんで今年もよろしくな!」


「あ、はい!!」


 ふたりは笑顔で挨拶する。同時に卒業と共に渡米する優斗にとっての『今年』とはあとどのくらいなんだろうと考えてしまう。優愛が腕を組んで皆に言う。



「今日の夕方は生徒会室集合ね」


「え? まだ行くのか??」


 少し驚いて尋ねる優斗に優愛が答える。



「ええ。新執行部への引継ぎが残ってるわ。ああ、あなた達は二月から来たから知らないかも知れないけど、あと数日は生徒会室に行って仕事の引継ぎをするの」


「ふーん、なるほどね」


 優斗も頷いて答える。琴音が少し寂しそうな顔で言う。



「これで本当に生徒会も終わりなんだよね……」


「本当にみんなよく頑張ってくれたわ」


 それを慰めるように優愛が言う。



「え~、まだまだ高校生活残ってんじゃん~! 楽しもうよ~!!」


 そう陽気に言うルリに計子がため息をついて答える。



「これからは受験勉強が本格化しますよ。どう計算しても来月には仕上げないといけませんから」


「ま、そうだよね」


 それには琴音も真剣な顔で頷く。



(高校生活か……)


 優斗は女子軍の話を聞きながら残された日本での生活を思い、少し感傷的になった。






「神崎先輩、お疲れ様です!!」


 授業後、生徒会室に入った優愛に新生徒会長の井上が頭を下げて挨拶をする。生徒会室には爽やかイケメンの井上と、金色のポニーテールが可愛い副会長の宮内が既に来て待っていた。

 宮内が井上を押しやり優愛の元に来て挨拶する。



「か、神崎先輩!! 今日はお忙しいところありがとうございます!!」


 そう言って深々と頭を下げる宮内。優愛の性格、そして今年度の生徒会の活躍を見て宮内はすっかり彼女の虜になってしまっていた。優愛が腰に手を当てて宮内に言う。


「あなたが副会長の宮内ね。いい、副会長は会長を支えるのが役目。みんなで協力して会を盛り上げていくのよ」


「は、はい! 神崎先輩っ!!!」


 宮内が嬉しそうにそれに答える。そして後ろで何も言わずに立っているの井上に向かって強い口調で言う。



「ちょっとあなた! なにぼさっと立ってるのよ!? 神崎先輩にお茶でも淹れなさいよ!!」


「え? あ、ああ、分かったよ……」


 そう言って井上が軽く頭を下げて生徒会室に置かれたポットへと歩き出す。優斗はその寂しげな後姿を見ていたたまれなくなり思わず駆け寄る。



「手伝うよ」


「え? あ、上杉先輩。ありがとうございます……」



 ポトポトポト……


 ふたりの男が無言でお茶を淹れる。

 テーブルでは優愛を中心として旧生徒会執行部と新会長の宮内が楽しそうに話をしている。井上が小声で上杉に尋ねる。



「上杉先輩、どうやったら彼女らと上手くやれたんですか……?」


「うーん、それは難しい質問だな」


 優斗が答える。



「この間教えて貰った『雨の日に彼女を助ける』ってのをやったんですけど、失敗しました」


「は? やったの?? なにを??」


 驚いて優斗が尋ねる。



「ええ、雨のが降った日にずっと彼女の後をついて歩いていたのですが、『変態ストーカー!!』って言って罵られました」


「う~ん」


 優斗は神妙な顔になる。その辛さは痛いほど分かる。井上が言う。



「教えの通り『備品』も大切にしています」


 そう言って指差す先には生徒会室の隅に整然と片付けられた備品がある。すべて彼が管理しているようだ。



(一体どっちが生徒会長だよ……)


 思わず優斗も泣きたくなるような惨状である。



「あのさ、ちょっと聞くけどテーブルはいつもそこに座っているのか?」


 そう言って優斗が優愛達が座っている大きなテーブルを指差す。井上が不思議な顔をして答える。



「ええ、座ってますけど、それが何か……??」


「じゃあ、まだ俺よりマシだな……」


「??」


 井上が更に首を傾げる。



「ちょっと!! お茶まだなの!? そんなこともできないなんて本当に使えないわね!!」


 そんなふたりの耳に副会長の宮内の声が響く。


「あ、ごめんごめん!」


 それを聞き急いで井上がお茶を持ってテーブルに置く。さすがにむっと来た計子が宮内に向かって言う。



「宮内さん、生徒会の仲間は部下でも奴隷でもないわよ」


「え? だ、だって男なんて全然役に立たなくて……、ねえ、神崎先輩。そうですよね??」


 どこまで優愛ファンなんだ、と優斗が苦笑する。優愛が答える。



「まあそうね。でも仲良くやりなさい。ひとりでは結局何もできないわよ」



(お、優愛のやつ、成長したじゃねえか!!)


 成長した優愛に感心する優斗。宮内がやや驚いた顔で答える。



「え、ああ、神崎先輩がそう仰るなら、仕方ないですね……」


「優愛ちゃん、大人~!!」


 琴音が優愛に向かって笑って言う。優愛が頷いて答える。



「まあね。酸いも甘いも嚙み分けて来たからね」


「さすが、神崎先輩です!! 尊敬します!!!」


 宮内が目を輝かせて言う。優愛が嬉しそうに答える。



「何でも聞いてちょうだい。宮西全勝のこの会長に!!」


「ええっと、じゃあお聞きしますが、執行部に男は必要ですか?」


 宮内が早速質問する。優愛が答える。



「要らないわ。女だけで十分」



(変わってねえじゃねえか!!!!)


 優斗達はため息をつきながら内心皆でツッコミを入れた。






 その日の夜、食事を終え机で勉強する優斗。熱々のコーヒーを片手に少し休憩していると置いてあったスマホが鳴る。



「ん、優愛?」


 スマホの表示には『神崎夜愛』の表示。すぐにスマホで応答する。


『はい』


『何してたの?』


 いきなりそれか、と内心突っ込む。



『勉強。いつもと同じだよ』


『そう。じゃあ業務連絡するわよ』


 生徒会も引退したのに業務連絡が必要なのかと優斗が一瞬考える。



『引継ぎの為の業務連絡よ。ちゃんと聞きなさい』


『あ、ああ……』


 優斗は少し戸惑いながらも、画面の向こうで一生懸命話す優愛の顔をじっと見つめる。



『……ちょっと、あなた聞いてるの??』


『ああ、ちゃんとよ』


『何を言ってるの? しっかりしなさいよね』


『はーい』


 優斗はその後もひとり話しをする優愛をじっと見つめる。最後に彼女が通話を終えると同時にスマホを切る。もう前のように隠れてデレを聞くことはない。



(いつか優愛にあの事もちゃんと話さなきゃな)


 やはり映像だけ切ってひとり言を聞かれるのは良くない。トラブルの原因にもなる。




 トゥルルルル……


 優愛との通話を終えた優斗のスマホが再び着信音を告げる。優斗が手にしたスマホの表示を見て一瞬体が固まる。



「親父……」


 それはアメリカで仕事をしている優斗の父親。電話をかけてくること自体珍しい。すぐに優斗が電話に出る。



『もしもし?』


『お、優斗? 元気か?』


 電話の向こうの親父の声はいつもと変わらない。優斗が答える。



『元気だよ。それよりどうしたの?』


 メールでの連絡が多い父親。電話をかけて来る時は何か大切な用事がある時だ。



『ああ、お前の渡米の件なんだがな……』


 優斗が黙って話を聞く。



『少し日程が早まりそうなんだ。二月中旬にはこっちに来て貰う』


 優斗はじっと机の上の参考書を見つめながら黙って話を聞いた。

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