65.ふたりだけの初詣

「ねえ」


「なに?」


「何か話しなさいよ」


「何かってなに?」


「何でもいいわ。何か」


 クリスマスパーティも無事終え、迎えた大晦日の夜。最後の日付が変わる十分前、机の上に置いたスマホに映る優愛の顔を見ながら優斗が考える。



「何が良い?」


「だから何でもいいって言ってるでしょ」


「う~ん、どうしようかな……」


 腕を組んで考え込む優斗に優愛が言う。



「ほんと優柔不断な男ね。それじゃあモテないでしょ?」


「俺が?」


「あなた以外誰がいるのよ」


「モテないのかな~?」


「知らないわ。それともモテたいの?」


「ああ、その人だけには」


「何言ってるの? 馬鹿にしてるの??」


「そんな訳ないじゃん。それよりもさ」


「何よ」



 優斗がスマホの時計を見てから言う。



「ハッピーニューイヤー!!」



「え? あ、ああ、ハッピーニューイヤー」


 上手く誤魔化したな、と思いつつ優愛も机の上の時計を見てから答える。優斗が言う。



「今年もよろしくな」



(今年、か……)


 無事に新年を迎えられた。だが来年同じように新年を無事に迎えられるかは分からない。返事をしない優愛に優斗が尋ねる。



「優愛、どうしたんだ??」


 優愛が画面に映る優斗を見つめながら言う。



「あなたどうせお正月は暇なんでしょ? 初詣に行かない?」


 優斗の父親はアメリカ。優愛は両親に会いたくないとの理由で正月も帰省しないつもりだ。つまりふたりともひとりでお正月を過ごさなければならない。



「優愛も帰らないんだったよな。じゃあ、行くか」


「ええ、仕方ないから行ってあげるわ」


「サンキュ」


 優愛は少しだけ顔を背ける。嬉しさを悟られないように。






「いい天気だ」


 快晴のお正月。青く澄み切った空を見上げながら優斗が言う。冷たい風。ひんやりとした空気に頭も冴える。

 優斗は優愛の家の近くにある小さな神社に初詣に来ていた。優愛とは神社の入り口で待ち合わせしているのだが、彼女とふたりで外に出掛けること自体とても新鮮である。

 周りには家族連れや着物を着た人の姿もちらほら見かける。屋台も出ており香ばしい匂いが辺りを包む。



「おはよう、優斗」


 そんな人の群れの中から優愛が現れた。真っ白なコートに黄色のマフラー。髪は珍しくアップにしており、その可愛さからめちゃくちゃ目立っている。優愛がちょっと恥ずかしそうに答える。



「おはよ、待った?」


「いいや」


 優斗が首を振って否定する。じっと優愛を見つめる優斗。優愛が言う。



「な、なによ? なんか付いてるの??」


 可愛かったから見ていた、とはさすがの優斗も言えない。


「い、いや、何でもないよ」


「着物でなくて悪かったわね」


 優愛がちょっとむっとした顔で言う。優斗が答える。



「いいよ、そんなの。また今度着れば」



(今度?)


 そんな機会があるのかと優愛が一瞬考える。優斗が言う。



「さ、行こっか。お参りに」


「ええ、そうね」


 優愛と優斗が並んで歩き出す。小さな神社。長身の優斗と可愛い優愛のペアは否が応でも目立つ。

 皆の視線を受けながらふたりが拝殿の前の行列に並びお参りの順番を待つ。優愛が社頭にある大きな鈴が揺らされて鳴るのを見ながら言った。



「なんでいつもあんな大きな鈴を鳴らすのかしら?」


「さあ?」


 優斗が首を振って答える。そんなふたりに前に並んでいた老夫婦が振り返って言う。



「参拝者のお清めの意味があるんですよ」


 少し驚いたふたりだが、すぐに優斗が答える。


「そうなんですか。知らなかった」


 老婆が微笑みながら言う。



「よくお似合いのですね。なんだか羨ましいわ」



(え?)


 優愛と優斗が一瞬固まる。

 老婆の夫が軽く会釈をして順番が回って来た参拝を始める。



「優愛」


「……」



「優愛ってば!」


「え?」


 少しぼうっとしていた優愛が腕を掴まれ、名前を呼ばれてようやく我に返る。


「早くやるぞ」


「え、ええ」


 そう急かされて優斗と一緒に大きな鈴を鳴らし、賽銭を入れて手を合わせお祈りをする。



(カップル……)


 目を閉じながらも優愛の頭には先程言われた『カップル』と言う言葉がグルグルと周り集中できない。早く願い事を、と思いつつもあっという間に参拝が終わってしまった。境内を歩きながら優斗が尋ねる。



「優愛は何をお願いしたの?」


「……え? 私?」


「うん」


 まさかずっと『カップル』と思っていたとは恥ずかしくて言えない。



「あ、あなたはどうなの??」


「俺?」


「ええ」



「みんなが元気でいられるようにってお願いした。優愛は?」


 尋ねられた優愛が横を向いて小さく答える。



「秘密よ。言ったら叶わなくなるでしょ」


「は? なんだよ、それ?? 俺だけ言わせて」


「あ、あなたは普通だからいいじゃない!」


「それって優愛の願いが普通じゃないってこと?」


「ち、違うわよ!! 詮索しないで!!」


 そう言うと優愛はひとり少し前を歩き出す。優斗はくすっと笑って優愛の後を追う。



「何か食べる?」


「そうね。さっきからいい匂いがするわよね」


 参拝を終えたふたりは道沿いに並ぶ屋台に目をやる。しかし優愛は境内の真ん中で樽に入ったお神酒を指差して言う。



「あ、お神酒配ってるわ! 飲んじゃう?? ちょっと大人しちゃう??」


 お正月だけ未成年でも本物のお酒が楽しめるお神酒。優斗も初めてのお酒は父親に連れられて来た神社であったが、それよりも先に先日のクリスマスパーティで酩酊した優愛の姿を思い出す。



「や、やめておこう。きっと大変なことになる」


 ただの洋酒入りのお菓子であの状態。本物の日本酒など飲んだら一体どういう事になるのか想像もつかない。つまらなそうな顔をする優愛がぼそっと言う。


「なによ。つまんない」


 どうしてお酒に弱い人間ほどそうなるのだろうかと優斗が苦笑する。



「それよりなんか食べようぜ。奢るから」


「え? いいの? 私結構食べるわよ」


「あ、ああ、まあ、ほどほどにな……」


 優斗はややトークダウンして優愛に答えた。




「美味しいねえ!!」


 優愛は宣言通りたこ焼きにイカ焼き、綿菓子にみたらし団子と遠慮せずガンガン食べた。こんなに食べる子だったかなと思いつつ優斗が苦笑する。



「まだ何か食べる?」


 一通り食べ尽くした優愛が満足そうな顔で答える。


「もういいいわ。これ位以上食べたら太るから」


「そうだね、それにしてもたくさん食べるようなったんだな」


「ええ、なんか最近ちょっと体調が良くて」


 そう答える優愛の顔は一時期の瘦せていた頃よりややふっくらとしている。とは言えまだこれでも細いぐらい。食べられることは良いことだと思いながら、優斗はある物をポケットから取り出して優愛に言う。



「これ、あげるよ」


「え? なに?」


 それはお守り。優斗の手には紫色のお守りが乗せられている。



「早く病気が治るようにって」


 そのお守りには『病気平癒』と記されている。優愛が小さく頷いて言う。



「ああ、ありがとう。いつの間にこんなの買ったの? まあ、いいわ。有り難くもらっておくわ」


 そう言って優愛はお守りを受け取ると鞄の中に大切に入れる。そしてカバンの中からティッシュを取り出し、少し恥ずかしそうに優斗に言う。



「ねえ、顔をちょっと貸して」


「え? なに??」


 そう言って優愛の方を向く優斗。優愛は左手をその顔に添えると優斗の口周りをティッシュで拭き始める。



「みたらし団子のたれが付いているわ。全く子供なんだから」


 そう言って優愛が細い指で丁寧に優斗の口周りを拭く。



「ありがと」


「べ、べつに。私は生徒会長だから、仕方なく……」


 そこまで言った優愛の口が止まる。優斗が笑って言う。



「もう終わったじゃん」


「そうね……」


 笑い出すふたり。優斗が言う。



「さ、行こっか」


「ええ」


 そう言って歩き出すふたり。寒いのか優愛が両手を口の前に持って来てはあと息を吹きかけ始めた。快晴の冬の空。その分空気が冷たく底冷えがする。



「寒い?」


「そんなことないわ。大丈夫」


 そう答えながらも優愛は手をこすり合わせる。優斗が言う。



「温かい方法があるんだけど知りたい?」


「なに?」


 そう答えながら優斗の方を見つめる優愛。優斗は彼女の手を優しく言う。



「ほら、あったかいだろ?」


「ちょ、ちょっと、何を勝手に!!??」


 急な出来事に驚く優愛。優斗が手を握ったまま言う。



「じゃあ、離す?」


「手、手が凍るように冷たいから、し、仕方ないわ。このままで……」


「了解」


 優斗は少しだけその手に力を込めて離れないよう歩き出す。

 優愛は手のみならず心臓もどきどきして、体中がポカポカと温かくなるのにそう時間は掛からなかった。

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