第四章「結局振り回される夏休み」

31.リストに追加するから!

「優斗さん、凄いですっ!!!」


 プールから上がった優斗に先に泳ぎ待っていた計子が興奮気味に声をかける。応援スタンド席からは大きな歓声と拍手。宮西の勝利に皆が沸いている。

 優斗が計子の水着を見て顔を赤くして言う。



「あ、ありがとう、計子。でも、その、ちょっと言いにくいんだが、その水着、お、お尻が見えそうだぞ……」


「えっ!?」


 計子はリレーの興奮で、サイズ違いの水着から半分ほど出てしまったお尻に気付かずにいた。改めて見ると周りの男子達がじっと自分を見つめている。



「きゃあ、見ないで!!」


 計子はその場に座り込み指で水着を直す。



「優斗、スゲーじゃん!! マジ水泳部、入ってくれないか!?」


 そしてここにも興奮した男がひとり。水泳部キャプテン平田。一番手を任され、心の底にはアンカーでなかったことを少し不満に思うところもあったが、目の前で優斗の泳ぎを見てその意味をようやく理解した。優斗が答える。



「いや、水泳は好きだけど、俺、生徒会が一番だから」


「マジかよ!? 宝の持ち腐れだぞ、そりゃ!!」


 優斗なら間違いなくインターハイも狙えるレベル。



「悪い悪い。野球部の試合の手伝いをするってもう約束しちゃってるから」


「くそ~、それは残念!!」


 平田が心底悔しそうな顔をする。その後ろで頬を赤く染めながら腕を組んでいる優愛に気付き、優斗が声をかける。



「優愛、お疲れ! 勝てて良かったな!!」


 軽く手を上げハイタッチを求める優斗に、優愛はプイと顔を背けて答える。


「ふん! ほ、本当は私がもっと泳いで……」



「は~い、優愛ちゃ~ん!! 素直に喜びましょうね~!!」


「きゃ! な、何するのよ、琴音!!」


 そんな優愛の後ろから琴音がやって来て、躊躇っていた手を上げさせ優斗とハイタッチさせる。


 パン!


 それに続いて計子、そして平田。最後に琴音もハイタッチをして勝利を確認。優愛と優斗が顔を見合わせ頷き合ってから、優斗が右手を上げて皆に言う。



「宮西~、大勝利っ!!!!!」


「「おおーーーーーーっ!!!!」」


 こうして夏休み前の最大の対決イベント『水泳大会』は、見事宮西の勝利で幕を下ろした。






 その日の夜、いつも通り自主学習をしていた優斗。スマホが着信音を告げたので参考書を閉じペンを置く。



『よお、優愛。そろそろ来ると思ってたぞ』


 スマホの画面には珍しく髪をアップにしたお風呂上がりっぽい優愛の姿が映る。キャミソールだけなのか、いつもと違ったちょっと色っぽい姿に優斗がどきっとする。



『何よ、それ? まるでデートの待ち合わせじゃない?』


『デート? 優愛はデートがしたいのか?』


 突然の想像外の言葉に優愛が真っ赤になって言い返す。



『ば、馬鹿言ってるんじゃないわよ!! ど、どうして私が、あなたなんかと……』


 そう言いつつもまんざらじゃない表情をする優愛。優斗が尋ねる。



『体調はどうなんだ? 今日、辛そうだったぞ?』


 優斗は50Mは泳ぐと言っていた優愛が、その半分で苦しそうにしていたのを思い出す。


『ええ、ちょっと副作用が辛くて。最近急に暑くなって疲れもあるかもしれないかな……』


 優愛にしては珍しく弱気な発言。



『無理するなよ』


『あ、う、うん。その、今日はありがとう……』


 優愛が珍しく素直に礼を言う。



『約束したろ? 宮北に全部勝つ、優愛のリストを一緒に叶えるって』


 優愛が自分の恥ずかしいメモを見られたことを思い出し赤面する。



『あ、あなたには関係のない事でしょ!』


『えー、だって見ちゃったし、俺やるって決めたもん』


 優斗がはにかんでそう答える。優愛は内に湧き出る嬉しさを堪えつつ冷たく言う。



『し、知らないわよ!』


 優斗はそんな優愛を見て笑顔になって尋ねる。



『そうそう、業務連絡は?』


『あ、あるわよ! ちゃんと聞きなさい!』


『了解でーす、生徒会長!』


(もぉ……)


 優愛はにこやかな顔でそれに応え、いつも通り生徒会業務連絡を行った。

 そして切られる映像。すぐに優愛のつぶやきが優斗のスマホから流れる。



『ありがと、優斗くぅん……、大す……』


 そこで優斗が通話を切る。

 これ以上は聞いてはいけないと思った。特別な感情を抱くことを心のどこかで恐れている優斗。気分を変え、スマホを片付けながら明日のことを思う。



(さて、明日は終業式。そしていよいよ三回戦だな)


 野球部の助っ人に加入してついに鬼門である予選の三回戦を迎える。目標はこの三回戦突破。これまで何度挑んでも跳ね返された厚い壁。野球部キャプテン畑山も、何度もメールを送ってくるほど気合が入っている。



(今日は疲れた。あと少し勉強して早めに寝るか)


 優斗はキリのいいところで勉強を終えるとその日は早めに就寝した。






「ふう、さすがに夏になると早朝でも暑いな……」


 日課の早朝自転車。走り終えてマンションへ戻って来ると、全身バケツの水を被ったような汗が流れている。優斗はすぐにシャワーを浴び、一学期最終日の学校へと向かった。



「あ、あれって、上杉先輩じゃない!?」

「うそぉ! やだー、カッコいい!!」


 元々女生徒から人気のあった優斗。昨日の水泳大会で圧巻の泳ぎを見せてから、校内での名声が更に上がっていた。

 背が高く引き締まった体。イケメンとは少し違うが銀髪で可愛がられるタイプの顔。登校してくる優斗に、以前とは違った視線が投げかけられる。



「優斗っ!」


「お、畑山」


 そんな彼に野球部の畑山が声をかける。黒く焼けた肌に短く借り上げられた髪。まさに高校球児代表のような畑山。



「今日の午後、頼むぞ!」


「ああ、任せてくれ!!」


 終業式の後、いよいよ予選三回戦が行われる。ふたりは拳でグーを作って軽くぶつけるとそのまま一緒に教室へと向かった。




「よお、おはよ、優愛!」


「お、おはよ……」


 一学期最後の教室。いつもの席に隣に座る優愛。教室で優斗が男嫌いの生徒会長と会話する姿もいつしか珍しいものではなくなり、自然なクラス風景の一部となりつつあった。優愛が言う。



「きょ、今日で学校は終わりよ」


「ああ、そうだな。早かったな、一学期」


「え、ええ。そうね……」


 本当にあっという間だった。

 こんなに時間が過ぎるのが早いのかと驚くほどあっという間だった。



「夏休み中は生徒会あるの?」


「ないわ! あ、ああ、でも、やるわ! そう、休み中もやるから!」


「そうか。じゃあやる時また言ってくれ。時間作るよ」


「わ、分かったわ」


 夏休み中に活動することなどほとんどなかった生徒会だが、急遽、今この場で夏休みの活動が決まった。優愛が尋ねる。



「あ、あなた、夏休みの予定は、その、何かあるの……?」


 優愛はどうしてこんなに緊張しながら尋ねているのだろうと恥ずかしくなった。優斗が答える。



「ええっと、今日、とりあえず野球部の三回戦がある」


「野球部? ああ、助っ人で入ってる……」


 優愛は優斗がボランティア清掃の時の約束で野球部に仮入部していたことを思い出す。



「勝てるの?」


「うーん、どうだろう? 相手は甲子園の有力候補。かなり難しいと思う」



「勝ちなさい」



「え?」


 優愛が真剣な目で言う。


「後で私の『リスト』に【宮西三回戦突破】を付け加えるわ。だから勝ちなさい」



 それを聞いた優斗がじっと優愛を見つめてから言う。



「じゃあ勝つ」



「約束よ」


 優愛がにっこり笑って答える。



「なあ、それって俺が優愛の手伝いしてもいいって認めてくれたってこと?」


 それを聞いた優愛の顔が真っ赤に染まる。



「し、知らないわよ、そんなこと!! か、勝手にすればいいわ!!」


「じゃあ、勝手にするよ!」


「ふん!」


 優愛は恥ずかしくなって顔を横に背ける。優斗は顔を背ける優愛と見ながら、絶対に午後の試合に負けられないと心に決めた。






「優斗、三回戦の相手は優勝候補である上南高校だ」


 終業式を終え、野球部員と合流した優斗は試合が行われる球場へと電車で向かっていた。隣に座ったキャプテンの畑山が言う。


「過去に甲子園出場経験もある強豪校。正直、これまでの宮西ならここで終わりだ。だが今年は違う!」


 畑山は隣に座る優斗の膝の上に手を置いて言う。



「今日は勝ちたい。是非とも勝ちたいんだ!!」


 優斗も顔の前でぎゅっと拳を握って答える。



「ああ、もちろん。俺も個人的に負けられない理由ができてな」


「そうか、頼むぞ!」


「ああ!」


 ふたりは目的駅へ到着して電車を降り球場へと向かう。





「優斗様ああああぁ!!!」


 宮西ユニフォームに着替え球場に姿を現わした優斗に、スタンドから黄色い声援が飛ぶ。

 応援席の一番最前列、真っ赤なツインテールに大きなリボンを付けた宮北生徒会長の鈴香が立ち上がって手を振っている。優斗が歩み寄り声をかける。



「鈴香、いつもありがとな!」


 思わぬ言葉に鈴香が嬉し涙を流しながら答える。


「優斗様を追いかけ続けて初めて労いの言葉を頂けましたわ~!! 鈴香もう悔いはございませ~ん!!」


 鈴香はフェンスに手をかけて優斗に話し掛ける。


「今日も大活躍を期待しておりますわ~、是非ホームランを~!!!」


「ああ、分かった!」


 そう言って返事をする優斗の目に、鈴香の後ろの方でこちらを見るひとりの女子高生に気が付く。黒い長髪の女の子。三回戦ともなると幾分席が埋まって来た宮西応援席の中にあって、ひと際異彩を放つ美少女。



「あ、優愛!?」


 宮西生徒会長、神崎優愛。

 そして副会長の桃山ルリ、その隣には書記の琴音に、会計の計子も来ている。優斗が手を振って言う。



「みんな、来てくれたのか??」


 生徒会一同フェンスまで歩み寄って言う。



「優斗さん、頑張ってください!!」

「ふん、偶然暇だったからよ!」

「どう計算しても優斗さんの勝ちですね!」

「やだぁ~、宮北の生徒会長さんもいるの~??」


「ありがとう、みんな。頑張るよ!!」


 優斗は皆に手を振って試合開始の挨拶の為、ホームベースの方へと駆けて行く。




「優斗、遅いぞ!」


「悪い悪い!」


 先に整列していた畑山が優斗に言う。



「礼っ!!」


「「お願いしますっ!!」」


 両校帽子を取って挨拶を行う。そして直ぐに敵の上南高校の主将らしき人物が畑山と優斗のところに来て小声で言った。



「無名のザコ校が!! 場違いだ。とっとと帰りなっ!!!」


 ギッと畑山と優斗を睨んで自軍のベンチへと戻って行く。



「なんだ、あれっ!? 弱小校だからってバカにしやがって!!」


 悔しがる畑山を横に優斗が冷静に言う。



「大丈夫、必ず勝つから」


「優斗……」


 冷静だが目の奥には燃えるような炎を感じた畑山。そんな優斗が彼の目にはいつもより更に大きく映った。

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