32.優愛の願い

「ファイト、フィアト、上~南っ!!!!」

「ゴーゴー、上南っ!!!!」


 三回戦だと言うのに敵の上南高校の応援スタンドはほぼ満席に近くなっていた。太鼓やトランペットでの応援。さすが甲子園出場経験校、応援の規模から既に違う。



「凄い応援だな」


 ネクストバッターズサークルに向おうとしていた畑山が、上南高校の応援席を見てつぶやく。


「うちだってでは負けてないぜ!」


 そう言って優斗は必死に応援する鈴香や琴音達を指差す。



「あれはお前専用だろ?」


「あ、あはははっ……」


 優斗が苦笑いする。



「ストライク!! バッター、アウト!!!」


 そんな会話をしているうちにあっという間に宮西の先頭打者ふたりがアウトになる。二者連続三振。完全に球威に押されての三振だ。畑山が優斗に言う。



「何とか塁に出る。その後は頼む!」


「了解!」


 そう言い残して畑山がバッターボックスに立つ。



 ボフッ!!


「うぐぐぐっ……」


 宣言通り粘ってのデッドボール。ボールが当たった尻を押さえながら畑山が一塁へ向かう。



「優斗様ああああああああ!!!!!!」


 この試合初めて優斗に打席が回る。スタンドからは応援なのか奇声なのかひとり大声を上げる鈴香。上南高校のピッチャーがバッターボックスに入った優斗を睨みつける。



(あいつが急に現れた宮西の四番か? 畑山より打てる奴がいたのか、あの弱小校に??)


 優勝候補の上南だから完全に見くびっていた。

 全く無名の宮西などではなく、上南はその先に待っている甲子園常連校との対戦ばかりを必死にシミュレートしていた。一部ネットでこの弱小校のことが話題になってはいたが、そんなこと誰も気にしていなかった。負けるはずがない。弱小宮西などに。



(ど真ん中のストレート! これで格の違いを見せてやるっ!!!!)


 上南のエースは完全に舐めてかかって来た。優斗に対して初球からストレート勝負に来た。




「え?」



 ピッチャーの手から白球が離れた瞬間、優斗の左足がすっと上がり、そしてしなるような美しいスイングと共に高速で空間を叩き斬る。



 カアーーーーーーーン!!!!!


 応援が止むほどの耳に響く音。

 白球はそのまま青空に吸い込まれるようにぐんぐん伸び、外野席を越えて場外へと消えて行った。



「優斗様ああああ、素敵いいいいいい!!!!!!」


 静まり返る球場に鈴香の甲高い声が響き渡る。



「うおおおおお!!!!! 優斗おおおお!!!」

「宮西いいい!!! すげーーーーーぞっ!!!」


 唖然としていた宮西の応援席が一気に盛り上がる。対照的に静まり返る上南高校の応援スタンド。エースが見たこともないような本塁打を打たれ呆然としているのを皆がじっと見つめている。

 サードを守っていた主将がダイアモンドを走る優斗を見ながらピッチャーの元へ行き言う。



「侮っていたな。あいつ、『一本足の疾風』だぜ」


「ま、まじか。あんなに凄いのか、疾風って……」


 これほど完璧に打たれたのは人生初めてかも知れないと思った。昨年一時期だけ話題になった天才球児のことを思い出す。主将が言う。


「あいつだけ気を付けろ。後はじゃがいもだ」


「了解っ!」


 その言葉通り宮西は優斗以外まともにバットにすら当てられず凡打の山を築いていく。




「はあ、はあ……」


 五回の裏、三対六と宮西がリードされて迎えた上南高校の攻撃。既にツーアウトだが塁上のランナーはすべて埋まっている。ここで本塁打が出ればコールド負けの可能性も出て来る。



「行け行け、上南っ!!!」

「ホームラン、ホームランっ!!!!」


 盛り上がる上南スタンド。無名ながら優勝候補を六点に抑えていた宮西の畑山だが、球数が多くなりスタミナも切れかかっている。優斗がひとり汗を流す畑山の元に行き声をかける。



「代ろうか?」


「優斗か、はあ、はあ、行けそうか……?」


「ああ、任せろ」


 畑山も優斗がピッチャーもできることは知っていた。

 ただこの時点ではただ知っていただけである。まさか投げても超一流だということなど思ってもいなかった。畑山が優斗に白球を手渡す。



「頼んだ」


 得点は優斗のホームランのみ。

 宮西野球部と言っても上杉優斗が居なければここまで来られなかった。畑山は全てを彼に託した。対する上南のバッター。いきなりマウンドに現れた優斗を見て思う。



(バットは凄くても、ピッチャーはそんな簡単にはできねえんだよ!!!)


 優斗が振りかぶりその長身から白球が投げおろされる。



 ズドーーーーーーン!!!!



「えっ」


 ど真ん中のストレート。球速計はないが見たこともないような速く重い球。バッターは体を震わせながら思う。



(な、なんだ今の球? 唸りながらもの凄い勢いで通り過ぎて行った。マジか……)


「ストライク、バッターアウト!!!」


 結局すべてストレートでアウトになったバッター。ここから先、予想外のピッチャーの登場に、上南は一本のヒットも打てなくなる。

 六回と九回にツーランホームランを放ち七対六と勝ち越した宮西。最終回、マウンドに上がった優斗がキャッチャーに向かって白球を投げおろす。



 ズドーーーーン!!



「バッターアウト!! ゲームセット!!!」



「やったああああ!!! 宮西の勝利!!!」

「おめでとおおお、宮西っ!!!!!」


 まさかの強豪相手の勝利に盛り上がる宮西スタンド。対する上南は全く油断していた伏兵に敗北し愕然としている。



「優斗、ありがとおおお!!!」


 マウンドにやって来たキャプテンの畑山が完ぺきな投球を見せた優斗に抱き着く。


「ああ、良かった! 勝てた!!」


 優斗も一緒に喜びを分かち合う。



(優愛、やったぜ! お前のリスト、ちゃんと叶えたぞ!!!)


 喜び合うナインの中で優斗はスタンドにいる優愛を見ながら軽く手を振る。



「きゃーーーーーっ!!! 優斗様がぁ、鈴香に手を振って下さったわ~!!!!」


 優愛の前にいて応援していた鈴香が優斗に手を振り返す。



「優愛ちゃん、凄いね。優斗さん、勝っちゃったよ!!」


 優愛の隣にいた琴音が興奮気味に言う。


「ま、まあまあね。でも、備品のくせによく頑張ったわ」


 冷たく、興味なさそうに言う優愛に計子がむっとして注意する。



「あー、神崎さん、また優斗さんのこと備品って言った!! あんなに凄い男性が備品な訳ないでしょ!! 訂正しなさい!!」


「う、うるさいわね!! 私が備品って決めたら備品なの!!」


「そんなことは私が許しません! さあ、謝って!!!」


「なんであなたに!?」



「まあまあ、優愛ぁ~も、その辺にしなよ~」


 見かねたルリがふたりの間に入って仲裁する。優愛と計子は腕を組みお互いに背負向け顔を背ける。



(よく、頑張ったね……)


 それでも優愛はこちらに向かって手を振る優斗を見て、気付かれない様に笑顔で小さく手を振り返した。






『慰労会?』


 その日の夜、再び優愛から生徒会の業務連絡を受けた優斗。優愛から発せられた意外な言葉に驚く。


『そ、そう、慰労会をやろうって話になって……』


 スマホの画面に映る優愛。暑いのか薄手のTシャツにポニーテール。少し恥ずかしそうに話しを続ける。



『その、な、夏休みってさあ、全然学校行かないからみんなに会えないじゃん。わ、私は別にどちらでも良かったんだけど、ルリ、そうルリが休み中一度みんなで集まってこれまでの慰労会をやろうって言うんだ……』


 無論話は半分本当で半分は嘘。野球応援の後、みんなで集まってミーティングしたいという優愛の希望をルリが「じゃあ、うちの別荘で慰労会やろうよ~」ってことで決定。名家桃山家は山に別荘を持つお金持ちである。



『慰労会ね、いいんじゃない』


『そ、そう思うでしょ? 生徒会任期の12月まで残り半年弱。体育祭や文化祭なんかの打ち合わせもしたいし!!』


『そっか、高校生活ももう残り少なくなってきたんだな……』



(あっ)


 優愛はその言葉で思い出した。



(卒業と同時に優斗君はアメリカに行く……)


 まるで嘘のような話。今の楽しい生活が終わりを迎えることへの恐怖。ひとりになるという恐怖。目を背けたくなるような現実が少しずつ迫って来ている。優愛が小さな声で言う。



『あ、あのさ、あなたはその、卒業したらアメリカに行くんだよね……』


『そうだよ』


『なんで?』


 意外な質問に優斗が一瞬戸惑う。



『な、なんでって、なんでだろう……? 前からそう決まっていて親父にそう言われていたんで……』


『あ、あなたが行きたいって訳じゃないの??』


『うーん、どうなんだろう……?』


 優斗自身あまり良く分からない。ただ高校卒業と同時にアメリカへ行き、向こうの大学に入ることはもう決まっている。ただそれが自分の意思かと尋ねられれば良く分からない。



『日本に、残る気はないの……?』


 自分でも驚くような質問。恥ずかしくて顔から火が出そうな質問をしてしまったことに優愛が顔を真っ赤にする。



『優愛は、残って欲しいの?』


『ば、馬鹿ね! そんな訳ないでしょ!! さあ、業務連絡始めるわよ!!』


『あ、ああ……』


 特に生徒会の活動をしていないのに、よくもそれだけ毎日連絡事項があるのかと感心するほど優愛はひとりで喋る。



『じゃあ、また明日ね』


 そしていつも通りそう言ってからだけ切ってひとりつぶやく。



『そんなのやだよぉ、優斗君……』


 そっと優斗がスマホの電源を切る。



(優愛……)


 いつも怒ってばかりいる気難しい生徒会長の彼女が、いつの間にか自分の中でとても大きくなっていることに優斗は気付いた。

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