30.大逆転!!
「うおおーーーっ、頑張れえええ!!!」
「負けるな、宮西ぃ!!!」
「宮北ぁ、全力出せえええ!!!」
姉妹校である宮前西高校と、宮前北高校。
一年間で何度か共同行事を行う中でも、夏休み前の最大のイベントがこの『水泳大会』。両校の親睦を図るこのイベントで特に競い合うことはしないのだが、そこは多感な高校生。様々な種目での勝敗に一喜一憂する。
「優斗! 次っ、早く笛、持って行って!!」
「お、おう!!」
優愛に命令された優斗が慌てて笛を咥えてプールサイドへと走る。
宮西高校主催の今大会は、その進行役を優斗達生徒会と実行委員が担う。スケジュール管理や各種目の調整。タイムや実況などとにかく猫の手も借りたくなるほど忙しい。実況席に座った副会長のルリが手にマイクを持って叫ぶ。
「あ~ん、50M自由形は宮北の新見選手の勝ち~っ!! おめでと~っ!!!」
なんとも間の抜けた実況ではあったが、これまでにない変わった実況の口調に集まった生徒達は大喜び。水泳大会は大きなトラブルもなく順調に進んで行った。
(あ、優斗様がこちらへいらしたわ!!!)
宮北生徒会席に座っていた鈴香が、自分達の近くにやって来た優斗を見つけ駆け寄る。
「優斗様ぁ~!!」
名前を呼ばれた優斗が顔だけ振り返る。
皆、紺色系の地味なスクール水着のような水着を着る中、彼女ひとり赤いビキニを着て参加している。真っ赤なツインテールに赤いビキニ。目立つという点では鈴香のひとり勝ちである。
「あ、鈴香、どうした!?」
忙しそうに競技の準備をする優斗に鈴香がにこにこしながら話し掛ける。
「優斗様ぁ、もし最後のリレーで宮北が勝ったら、鈴香ぁ、お願いがあるんですけどぉ~」
「は? なに?? 聞こえない??」
会場のルリの大きなアナウンスとスタンドからの大きな応援が会話をかき消す。鈴香が優斗に近付いて言い直す。
「リレーに勝ったら、お願いがあるんですぅ!!!」
「あ、お願い!? 分かった分かった、じゃあまた後でな!!」
優斗は適当に返事をしてすぐに次の選手を案内し始める。
「あぁ、優斗様っ!!」
立ち去る優斗の背中を見て鈴香が悲しげな表情をする。
「鈴香様」
そこへすぐに副会長の世良がやって来る。鈴香が言う。
「今の話、聞いたかしら?」
世良が首を振って答える。
「いいえ……」
パアアン!!!
「ぎゃっ!!」
世良の顔を鈴香が平手打ちする。
「あなたは本当に役に立たない駄犬ですわね~、よく聞きなさい!! 最後のリレーで宮北が勝ったら、優斗様は何でも私の言うことを聞いてくださるの~、分かった??」
「御意」
世良は真っ赤に腫れた頬から伝わる痛みが、全身を震わすほど快感に変わるのを感じる。鈴香が言う。
「世良、あなた確か三番手。一番手の私がた~くさん、差をつけて泳ぐから、あなたもしっかり泳ぎなさぁい」
長い黒髪を後ろでひとつに縛り、細いがしなやかな筋肉質の腕を胸に当てて世良が言う。
「仰せのままに。勝利の暁にはこの駄犬はきついお仕置きを所望致すところです」
鈴香がにっこり笑いながら答える。
「いいですわよ~、た~っぷりお仕置きしてあげましょう~」
「感激の極みでございます」
ふたりがそんな会話をしていると、プール会場の方からアナウンスと共に大きな歓声が沸き起こった。
「それでは休憩の後は最後の競技のぉ~、200M自由形にいっちゃうね~!!!」
「うおおおおっ!!!」
「きゃーーーーっ!!!」
最後にして最高の盛り上がりを見せる学校対抗リレー。生徒会が中心となって盛り上げているが、このリレーが水泳大会の勝敗を分けることは皆も周知の上。鈴香が歩きながら世良に言う。
「さあ、行きますわよ~、決戦の舞台へ!!」
「御意」
ふたりは間もなく呼ばれる決戦の舞台へと歩みを進めた。
「では、皆さ~ん、お待たせしました~!! 最終種目の200M自由形で~す!!」
パチパチパチパチ!!!
ルリのアナウンスの後に響く割れんばかりの拍手に声援。これまでは競技と言え和気あいあいとやっていた感もあった水泳大会。しかしこの最後の種目の名が告げられると両校の空気が一変する。
「宮北あああ。宮北あああ、宮北ああああ!!!」
「宮西ファイト!! 宮西ファイトおおおおお!!!!」
そして両校の応援団がこれまで以上に大きな声を上げて応援を始める。両校のリレーの選手が登場すると、その歓声は更に大きくなった。ルリが間入れず選手を紹介する。
「では選手紹介で~す!! 宮北から十文字さん、石嶺さん、世良さん、そしてアンカーは今田さん!!」
ここで宮北の選手が手を上げ声援に応える。宮北のトップは生徒会長の鈴香、そしてアンカーは水泳部キャプテンの今田と言う布陣。続いて宮西を紹介。
「そしてそして~、我らが宮西高校はトップから平田さん、山下さん、神崎さん、アンカーは上杉さ~ん!!!」
「うおおおおお!!!!」
もちろん地の利もあり宮北よりも大きな歓声。そして今年は珍しく生徒会から三名の出場となっている。名前を呼ばれた選手達がスタンドから送られる声援に手を上げて応える。
「宮西の皆さ~ん、宮北生徒会長の鈴香で~すぅ!!!」
ひとり真っ赤なビキニを着た鈴香が宮北のみならず、宮西にも手を上げウィンクして手を振る。スタンドの男子高生達は美少女の鈴香、そしてその色気に敵味方忘れて声を送る。
「お、おい、あれすげー美人だな!!」
「ビキニってマジかよ!! 眼福眼福っ!!!」
しかしそれと同じぐらい別の意味で注目を浴びる選手がいた。
「な、なあ、あの細い子。すげーいやらしくないか……?」
「あ、ああ、なんと言うか、あれ、反則だろ……」
その注目を浴びる少女は宮西二番手の山下計子。スクール水着なのだが、優斗の為に恥を忍んで着て来たサイズ違いの水着。胸こそまな板だが必要以上に出た素肌に、動けばはみ出しそうなお尻。そんな反則水着を着ながら真っ赤な顔で恥じらう大人しい女の子の姿は、一部男子には至高の萌えとして映る。
キャップを被りゴーグルをつけた世良が一番手の鈴香に言う。
「幸運を、鈴香様」
「あなたもぬかりなくお願いね~」
準備を進める宮北に対し、宮西も飛び込み台の前で優愛が最終確認を行う。
「平田君、本当に頼んだわよ!! 何メートル泳いでもいいから!!」
「了解!!」
一番手で水泳部の平田に優愛が言う。
「私も頑張るけど、計子、あなたも行けるだけ行きなさい!!」
「分かったわ」
同じく帽子を被りながら計子が答える。優愛が優斗に言う。
「あなたは25Mを泳いでくれればいいから」
優愛の声は冷たく全く期待していないことが伝わる。
「いや、だから俺を信じろよ!! 今日はちゃんとパンツを履いて来たし、頑張れば100Mぐらい……」
「さあ、行くわよ、宮西っ!!!」
「「おうっ!!」」
そんな優斗の声を聞かずに優愛が掛け声をかける。優斗もやれやれと言った顔でそれに加わって声を出した。
宮北一番手の鈴香と、宮西の水泳部平田が飛び込み台に立つ。そしてその脇で笛を持った琴音が手を上げ、笛を吹いた。
ピッ!!
ドボーン!!!
ついに最終種目の200M自由形が始まった。最初にして最後の正式競技種目。このレースの結果で水泳大会の勝者が決まる。
「宮西ファイトおおお!!!」
「ゴーゴー、宮北っ!!!」
両校のスタンドからの応援が激しくなる。実況のルリが叫ぶ。
「驚きましたぁ!! 宮西水泳部キャプテンの平田選手に、宮北の十文字選手がぴったりと並んで泳いでいま~す!!!」
驚くべきことに、赤ビキニを着た鈴香が水泳部平田とほぼ互角に戦っている。
(やはりな。鈴香が本気を出せばあれぐらい当然だろう)
それをひとり冷静に見つめる優斗。スポーツジムで彼女の泳ぎを知っている彼にとってそれは驚きでも何もない。泳ぎの基礎はしっかりできている彼女。本気を出せば水泳部とて楽には勝てない。
一方で驚きを通り越して激怒するのが宮西生徒会長の優愛。
「ちょ、ちょっと、平田あああ!!! 何やってるの!! ちゃんとやりなさいよ!!!」
生徒会の疲れと薬の副作用で気分が悪かった優愛だが、初っ端から計画が狂いそれどころでなくなる。
「あー、もうどうなってるのよ!!!!」
結局平田と鈴香は50Mを予定通り泳ぎ切り、二番手の計子、そして宮北はイケメン細マッチョの石嶺が飛び込み台からプールに入る。
「そして二番手の戦いは~、ああ、リードは宮北です~、宮北の石嶺選手がすごいスピードで突き放します~!!」
ゆっくりとマイペースで泳ぐ計子に対して宮北の石嶺は、まるで水泳部張りの泳ぎでぐんぐんと差をつけて行く。次の優愛はそれを見ながら更に怒りを露わにする。
「な、なにをやってるのよ!! どんどん差が広がるじゃん!!!」
(ううっ、苦しい……)
一方の計子は慣れない水泳競技に体が緊張で固まりいつも通りの泳ぎができなくなっていた。
「ぷはーーーーっ!!」
思わず20Mほどの場所で立ってしまう。宮北は既に三番手の世良にバトンが渡されようとしている。
「もう我慢できないわ!!」
辛うじて25Mを泳いだ計子に代わり、優愛が飛び込み台に走りプールへと飛び込む。
「お、おい、優愛!!!」
先頭の平田と計子でまだ75M。残り125Mもあるが優愛はどのくらい泳ぐつもりだろうか。優斗が綺麗に飛び込んだ優愛の背中を見つめる。
(私が、私がやらなきゃ!!!!)
水に飛び込んだ瞬間から、それまで耳に響いていた歓声が消え静寂となる。水をかく音、自分の声だけが頭に響く。
(私が、私が頑張らなきゃ、宮西は負け……ぅ……、あれ、力が、出ない……?)
優愛は必死に泳ぎながら体からどんどん力が抜けて行く感覚を覚える。連日の生徒会の疲れに薬の副作用。この最後の最後になってその小さな彼女の体を襲った。
(優愛、どうした優愛? 急にスピードが落ちて……)
アンカーとして見守っていた優斗が彼女変化に気付く。
(なんで、なんで力が出ないのよ……、息が、苦しぃ……)
辛うじて見えた25Mの壁。もっともっと泳ごうと思っていた彼女は自分の不甲斐なさに涙が出て来る。
(もっと泳がなきゃ、宮西が負ける……、あいつじゃ、勝てないから……)
優愛が25Mに到達しようとした時、敵の宮北はちょうどアンカーの水泳部が飛び込み台からプールに飛び込んだ。
(まだ行かなきゃ、私が、もっと泳がなきゃ……、えっ?)
優愛が25Mの壁に手をつきターンをしようとすると、自分の真上に影が通り過ぎるのに気付いた。
ドボーーーーーン!!!
「おおっと〜、宮西、アンカーの上杉選手が飛び込みました~!!!!」
(えっ、え、え、なに!? どうして?? どうしてあいつが勝手に!!??)
影を頭上に見送った優愛が水面から顔を上げ、その水に飛び込んだ影を見つめる。
「な、なにやってるのよ!! あいつ勝手に!!! まだ残り100Mも……」
予定外の行動に青い顔をして怒る優愛だが、その声は周りの大きな歓声によってすぐにかき消された。そして興奮したルリのアナウンスが響く。
「凄い、凄い、上杉選手、すご~い!! もの凄いスピードで泳いでいきます~!!!」
「えっ!? うそ、なに、あれ……?」
優愛は既にターンをしてこちらに向かって泳いでくる優斗に気付き唖然とする。プールサイドにいた琴音が優愛に言う。
「優愛ちゃん、早く上がって! 優斗さん、もう来ちゃうよ!!」
「え、ええ、分かったわ!」
慌てて優愛がプールから上がると、すぐに優斗が壁に辿り着き再びターンする。
「凄い……、何あれ……」
優斗が腕をひと掻きするだけでぐんぐんと体が進んで行き、ターンで壁を蹴るだけでプールの半分ぐらいまでもう辿り着いている。まるで何かの推進力がついた機械のようにまったく無駄のない動きで水の中を進んで行く。
「だから言ったでしょ。優斗さんは大丈夫だって」
プールから上がって優愛の元に先に泳ぎ終えた計子がやって来て言う。
「知らなかった……、全然ヘタレじゃないじゃん……」
未だに目の前の光景が信じられない優愛。水泳部の敵のアンカーよりずっと速い。そうこうしているうちにもどんどん宮北のアンカーとの距離が縮み、そして並んだ。
ピーーーーーッ!!!
ゴールを告げる琴音の笛が会場に響く。
最後は優斗が数メートルの差をつけて余裕のゴール。100Mをあっと言う間に終える圧巻の泳ぎ。ルリの声が響く。
「勝者、宮西~っ!!!!!!」
同時にスタンドから沸き起こる大きな歓声、拍手。
皆立ち上がって優斗の見事な泳ぎに惜しみない拍手を送る。
「ふう、何とか勝ったか……」
プールの壁際。100Mを全力で泳ぎ切った優斗が自ら顔を出し勝利に安堵する。
「うそ、勝ったよ……、勝っちゃったよ……」
一方の優愛。絶対に勝てないと思っていた彼女は嬉しさでその場にへなへなと座り込み、やって来た琴音や計子に抱き着かれながら未だ信じられぬ勝利に目を赤くした。
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