29.水泳大会、開幕!!
(しかし大変だったな……)
マンションに帰った優斗はひとり湯船に浸かりながら先程のことを思い出した。
クラス担任、そしてサッカー部顧問である紺野の部費の私的な使い込み。計子への脅迫。上手く対処できたとは思ったがやはり優斗とて高校生。大人であり学年主任の紺野の今後の行動が気になる。
(とりあえず部費の件は明日学校に報告しよう)
それは計子とも決めたこと。これについてはしっかりとした証拠もあるので生徒の話でも聞いて貰える。優斗は自分に大丈夫と言い聞かせて風呂を出た。
ティロロロン……
疲れて食事を作り気になれなかった優斗がカップ麺にお湯を入れていると、テーブルに置いたスマホが着信を告げた。
「あ、計子」
それは先程まで一緒にいた計子。スマホの画面に映った彼女はお風呂上りなのか髪は縛っておらず、顔もほんのり赤い。優斗が言う。
『どうした? 計子』
計子が更に顔を赤くして言う。
『声が聞きたくて……、ごめんなさい、さっきまで一緒に居たのに』
優斗ですら不安になる先程の件。当事者である計子の恐怖や不安はそれ以上であろう。優斗が明るい声で言う。
『さっきも言ったけど明日、一番で学校に報告しよう。俺も一緒に行くから!』
『うん、ありがとう……』
少しだけ計子の顔に笑みが戻る。
『大丈夫、俺達は負けない!!』
『うん、そうだね』
少しだけ笑顔になった計子。その後水泳大会のことなど雑談してから通話を終える。
ティロロロン……
「げっ、また掛かって来た!!」
計子との通話を終えると、それを待っていたかのように直ぐにスマホが再び鳴る。今度はいつもの相手である優愛。おそらく業務連絡だろう。
『はーい』
なぜか少し気の抜けた返事で応答する優斗。画面に映った優愛がむっとした顔で言う。
『なによ、その間抜けた声は?』
『色々あってな、ちょっと疲れたんだよ』
『泳ぐ前にもう疲れたって、まさかそれをいい訳にしようって魂胆なの?』
『何でそうなる?』
『とにかくあなたには最後の25Mだけ残してあげるから、それを全力で泳ぎなさい』
『はいはい』
優愛の頭では、優斗を除く三名で175Mを泳ぎ、残りの25Mだけ彼に泳がせる算段となっている。未だにあの惨めな溺れそうな優斗の姿が脳裏に焼き付いている優愛には仕方のないことだが、優斗としてはやはり納得がいかない。
だが優斗が優愛のあることに気付いて言う。
『なあ、優愛』
『な、なによ』
『お前の方こそ疲れてるだろ?』
(え?)
そう言われた優愛が一瞬固まる。実はここ数日、水泳大会の準備はもちろん他の生徒会の仕事、そして薬の副作用で眩暈と吐き気が続いていたのだ。
『な、なんで急に……』
『分かるんだよ、なんとなく』
『……』
黙り込む優愛。ゆっくりと答える。
『疲れてる。薬の副作用もあって……』
そう答えながら優愛はやっぱりこの人物には嘘はつけないんだと思った。仲が良いルリや琴音ではない男。そんな男に本音を漏らしてしまう。優斗が言う。
『水泳大会は大丈夫か?』
『だ、大丈夫に決まってるでしょ! あなたの分も泳ぐんだから!!』
『優愛』
突然の真面目な顔に真面目な声。一瞬驚いた優愛が聞き返す。
『な、なによ……』
『無理するなよ。俺が宮西を勝たせるから』
それを聞いた優愛の顔が真っ赤に染まる。
『ば、馬鹿なこと言わないでよ! あなたみたいな金づちが勝てるわけないでしょ!! さ、さあ、業務連絡始めるわよ!!』
優愛は恥ずかしさを隠す様に話題を変える。
(たまには頼って欲しいんだけどなあ……)
苦笑しながら優斗は優愛の業務連絡を聞き、そしていつも通りに映像だけが先に切られた。
『ありがとう、優斗くぅん……、でも私が頑張らなきゃ。優斗君の分まで私が……』
そこで通話を切る優斗。スマホの電源を切りながら改めて宮北に勝つと心に誓う。
「あっ」
そしてお湯を入れてから計子、優愛と立て続けに話をしたまま放置されたカップ麺に気付く。
「めっちゃ伸びてるじゃん……」
伸びてふやけた麵をすすりながら明日の学校のことを少し考えた。
翌朝、学校に登校した優斗は意外な通知に計子と驚いた。
【一限目の授業は自習】
教室の黒板に書かれた自習を告げる文字。
クラスメート達はいつもと何か違う雰囲気を感じながらも、姿を現さない担任のことなど気にせずガヤガヤと自習を始める。
「計子」
優斗が前に座る計子の元に行き声を掛ける。
「優斗さん」
眠そうな顔の計子。怖かったのか不安だったのかきっと寝不足だったに違いない。優斗が計子の耳元でささやく。
「とりあえずちょっと様子見しようか。なんか学校であったような気がする」
そう言う優斗の言葉には根拠がある。何せ自習は優斗のクラスだけでなく、学校のクラス全てが自習になっているからだ。計子も違和感を覚えたのかそれに同意する。
「うん、そうですね。そうしましょう」
頷くふたり。そしてその驚くべき連絡はすぐに形となって現れた。
キンコンカーンコーン……
一限目の自習が終わる頃、校内にアナウンスが響く。
【全校生徒はこれより体育館に集合してください……】
突然の全校生徒の集合指示。普段あまりないことだ。
「え、全校集会? 何かしら?」
優斗の隣に座っていた優愛が流れてきたアナウンスを聞いてから言った。
「何だろう、とりあえず行ってみるか」
「ええ、そうね」
ふたりは皆と一緒に体育館へと足を運ぶ。
「えー、まず皆さんにお伝えしなければならないことがあります」
体育館に並んだ全校生徒の前に立った校長が、神妙な顔つきで話し始めた。少しざわつく生徒達。周りに立ち並ぶ教員達の顔も真剣である。
「三年の学年主任である紺野先生が、昨日を持って依願退職されました」
「!!」
それを聞いた優斗の心臓がドクンと大きく動く。前の方で見えないが、恐らく計子も驚いているだろう。
その後、校長から紺野が部費を私用で使ったこと、それを全て弁済したことなどが説明され、昨日付で退職したとのことだった。本人が反省していることから、これをもって今件は終わりとするとの結論に達したとの説明がされた。
「優斗さん……」
集会が終わった優斗に前の方にいた計子が駆け寄って来て声を掛ける。
「お、計子。びっくりしたな」
「え、ええ、驚きました……」
昨日の今日でこの事態。早すぎる展開に計子も戸惑っているのが分かる。
「気分的には落ち着いたか?」
「ええ、学校から居なくなったというだけですっきりしました」
そう言う計子の顔はその言葉通り晴れやかである。
「じゃあもういいのか? 脅迫されたこととか?」
「え、ええ。まあ、相手が居なくなっちゃったわけだし、それについては証拠もないので」
「そうだな」
ふたりにしてみれば悔しい部分もあったが、とりあえず部費の私用流用だけでも暴けたので良しとすることにした。
「ちょっと、そこのふたり!! 何こそこそ話してるのよ!!」
そんな優斗と計子を見た優愛が腕を組みながら仁王立ちになって言う。計子が優斗の腕に手を回して答える。
「あら、神崎さん。優斗さんとは大切なお話をしていたのですよ」
「お、おい!? 計子??」
驚く優斗。その組まれた手を見て優愛が更にむっとなって言う。
「な、何の話よ!! 話しなさいよ、不公平でしょ!!」
「神崎さんには関係のない話です。ね、優斗さん」
突然振られた優斗が苦笑いして答える。
「あ、いや、明日の水泳大会の話をだな……、あっ」
そこまで言い掛けた優斗が思わず口を手で塞ぐ。優愛が優斗の顔に近付いて言う。
「水泳大会の話なら、私も関係あるでしょ!! さあ、言いなさい!!」
「い、いや、その、ごめん。俺先に行くわ!! じゃあな!!」
「あ、こら、逃げるな!!」
小走りに教室へ帰って行く優斗を優愛が手を上げながら追いかける。
「もぉ……、優斗さんたら」
そんな優斗の背中を見ながら計子も苦笑した。
放課後、生徒会室で翌日に控えた水泳大会の最後の打ち合わせが行われた。
気合の入った優愛が皆に確認、指示を次々と与えて行く。実際プールへ行っての設営時には副作用のせいかやや元気がなかったものの、前日としてはほぼ完璧な形で準備を終えることができた。
そして水泳大会当日を迎えた。
「あ~ん、優斗様ぁ、お会いしたかったですわ~!!」
朝、学校のバスから一番に降りて来た鈴香は赤いツインテールを左右に揺らしながら、出迎えた宮西生徒会に向かって言った。集まった多くの生徒がその派手な姉妹校の生徒会長に注目する。
対する優愛は先頭にいたのに全く無視されむっとして言う。
「ちょっと、あなた! 私がここの生徒会会長なのよ! まずは私に挨拶でしょ!!」
鈴香は面倒臭そうな顔で答える。
「ああ、いらしたの、神崎さん。目立たなくて気付かなかったですわ~」
「な、なにをっ!!」
すぐに優斗がふたりの間に入って言う。
「優愛、落ち着いて。鈴香も挑発するような真似はよせ」
「ふん、分かったわ!! 勝負はこれからよ」
「了解でございますわ~、優斗様ぁああ!!!」
キャラの強い両校の生徒会長。そのふたりをひと言で大人しくさせた優斗に皆が驚く。優斗が鈴香に向かって言う。
「鈴香、今日は正々堂々楽しんでやろうな!!」
「了解でございますわ~、優斗様~っ!!!」
こうして『清掃ボランティア対決』に続く、宮西対宮北の第二ラウンドが開始された。
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