25.海パン、脱げちゃった!?

「るんる、るんるる~ん。あ、おはよ、優斗!!」


「えっ、あ、おはよ、優愛……」


 二日間の募金活動を終え、翌日の朝登校して来た優愛が笑顔で優斗に挨拶した。いつもと様子が違う優愛に優斗が恐る恐る尋ねる。



「優愛、どうしたんだ? 随分機嫌が良さそうだけど……」


 優愛が笑顔で答える。



「そお? 分かっちゃう?? 勝ったのよ、宮北に!!」


「あっ」


 優斗はすぐに理解した。募金額で宮北を上回ったということを。優愛が説明する。



「何せ私の『BB募金大作戦』のお陰でうちの募金額が去年の三倍になってね~、去年宮北には負けて今年も肉薄されたんだけど、最終的にはうちが勝ったの。凄いでしょ??」


 優愛はまるで自分ひとりの手柄のように嬉しそうに言う。



「そうだよな、優愛も頑張ったしな」


「そうよそうよ。もっと褒めて」


 実際、恫喝まがいの方法であったが優愛の募金額は優斗に続く額で、今回の勝利に大きく貢献したことは間違いない。優愛が両手を頬に当てて言う。



「どうしよう~、私が生徒会長になってから宮北に全勝じゃん!! 私って、どうしてこんなに有能なのかしら~」


 ひとり自分に酔う優愛。彼女ひとりの力ではないにせよ、結果的には負けなしであることには変わりない。優愛が優斗に言う。



「そう言えばあなた、今日水泳の授業よね?」


「え、ああ、そうだけど」


「今日の授業みんなで見学に行くわ」


「見学?」


 不思議そうな顔で優斗が尋ね返す。



「そうよ。もう来週に迫った水泳大会だけど、一応あなたの泳ぎも見ておきたいから」


「そうか、分かったよ」


 優斗はそれに少し戸惑いながら答える。



「水泳大会も勝って、宮北にするわよ!!」


「あ、ああ、そうだな……」


 優斗はそれに苦笑して応える。




(まあ、大丈夫だろうな……)


 実は少し心配事があった。

 それは昨晩、翌日の水泳授業の用意をしていた優斗は、いつも使っているスパッツ型の水着が見当たらないことに気付いた。



「あれ? どこだろう……」


 最後に使ったのは計子と一緒に行ったスポーツジム。あれ以来見ていない。と言うか持って帰って洗濯した記憶がない。すぐにジムに電話をして確認したが落とし物などはないとのこと。

 実はこの電話に出たの受付の女性が、ロッカーに忘れていった彼の水着を秘かに持ち帰っていたことは誰も知らない。



「やっべ、どうしよう。明日の水着がないな……」


 悩んだ挙句、優斗は押入れの段ボール箱に入れてあった中学時代の水着を取り出す。少しダボついた黒のサーフパンツ。意味不明な英文字がプリントされたちょっと恥ずかしい水着だ。



「こんなん着たくないけど、まあ背に腹は代えられないか……」


 仕方なくその水着を準備する優斗。ただこれがとある事件を巻き起こすことになろうとはこの時思ってもみなかった。






 そして水泳の授業の時間を迎えた。

 校内にある25Mプール。決して広いプールではないが、今年の水泳大会の会場となる。


「上杉、なんだよその中二病みたいなパンツは?」


 同じ水泳の授業を選択したクラスメートが笑いながら言う。優斗が恥ずかしそうに答える。



「そうだよな。ちょっといつも使っているのが見つからなくって古いやつ持って来たんだ」


「まあ、水着は自由だからいいと思うけど、結構浮くぞ」


「分かってる……」


 一応地味な水着という規定があるので一部の男子はスクール水着を着用しているが、中途半端に派手な優斗のサーフパンツはその中にあってよく目立つ。



「そんなことよりも女子の水泳選択ゼロなのに、なんかプールサイドにたくさん見学に来てるんだけど何か知ってる?」


 クラスメートが歩きながらプールサイドにある見学席に座る女子達を見て言う。



「ああ、来週水泳大会あるだろ? あれに俺出るんだけど、そのために泳ぎを確認しに来たんだって」


 クラスメートがつまらなそうに言う。



「なーんだ、結局優斗目当てか」


「いやいや、そう言う意味じゃないって」


 ふたりは笑いながらプールへと向かう。





「あ、来たよ~、優斗くーん!!」


 プールサイドの少し高い位置にある観客席に座っていたルリが、水着に着替えて出て来た優斗を見つけて手を振る。隣には優愛。そして計子や琴音達も座って見に来ている。



「な、何あのダサい水着?」


 上は半袖のラッシュガード。しかし海パンはちょっと時代遅れの英文字プリントパンツ。何を着ても似合う優斗だったが、流石にこれはダサい。



(優斗さん、この間のパンツじゃないんだ……)


 一緒に泳いだことのある計子のみ、その違いに気付く。琴音が言う。



「い、いいんじゃないですか。なんか可愛くって」


 そう言って逞しい優斗の水着姿を見て顔を赤くする琴音。飛び込み台の上に立った優斗を見て、優愛が指を差して言う。



「あ、泳ぐみたいよ!!」


 皆の注目が前屈みになった優斗に集まる。




 ピッ!


 飛び込み台の上で前屈みになってその時を待っていた優斗の耳に、体育教師の笛の音が聞こえた。その瞬間、流れるようなフォームで美しい曲線を描きながら優斗が水に飛び込む。



(綺麗……)


 誰もがその瞬間思った。間違いなく水泳上級者。だがその思いは一瞬で覆される。




(えっ!?)


 水に飛び込んだ優斗は腰の辺りに決して感じてはならない違和感を覚えた。



(おいおい、これってまさか……)



 ――海パンがずれてる!?



 この時はまだ気付かなかったのだが、しっかりと結んでいなかった紐が飛び込んだ勢いでほどけパンツがずり落ちてしまっていた。



(やばいやばい!! 脱げるっ!!!!)


 優斗は必死に今にもずり落ちそうな海パンに手をやり必死にもがく。片手で溺れないよう泳ぎつつ、もう片方の手で必死にパンツを上げる。

 飛び込みこそ美しかった優斗だが、水に入ってからは見るに耐えかねるような醜態を晒していた。更に悪いことは続く。



「ね、ねえ。なんか優斗さんのパンツ、ずれてない? がちょっと見えている気がする……」


 運悪く高い場所から見ていた女子達には、少しパンツから出た優斗のお尻がぼんやりと見えた。そう口にした計子に、同じく顔を赤くして見ていた琴音が小声で言う。



「な、なんか優斗さん。色々凄い……」


 顔を手で隠しながらも指の間からガン見している琴音。ルリは堪えられなく笑い出し、そして生徒会長の優愛は怒りの表情で言う。



「な、何やってるのよ!! あいつ、全然泳げないじゃん!!!」


 まさに今の優斗は水泳初心者が息継ぎもできずに溺れそうになっている状態である。



「水泳は得意だとか、アンカーは俺に任せろだとか、ああ、もう信じられない!!」


 優斗の水泳能力を知っており、トラブルが起きたと思った計子が言う。



「か、神崎さん! 優斗さんはちゃんと泳げて……」


「うるさいわ! もういい。帰るわよ!!」


 優愛はそんな計子の言葉も聞かずにひとり帰り出す。




「はあ、はあ、はあ……」


 結局脱げそうなパンツを押さえつつ25Mを泳ぎ切った優斗。まともに泳げなくて予想以上の醜態を晒してしまった。



(や、やべえ。めっちゃはずいとこ、見られちゃった……)


 後になって考えれば、途中で立ってきちんと紐を結び直せば良かった話。

 ただ優愛達が見に来ているという状況、そしてパンツが脱げそうというトラブルに動揺し、訳が分からないまま泳ぎ続けてしまった。プールサイドにある観客席を見つめる優斗。



「誰も居ない、か……」


 そりゃ当然だろうとひとり頭をうな垂れた。





 その日、生徒会ミーティングまで一切口をきいてくれなかった優愛。放課後、生徒会室に皆が集まってから大きな声で優斗に言った。



「あなた、信じられないわ!! あんな泳ぎで偉そうに!!!」


 優愛が怒るのも無理はない。

 絶対に負けたくない水泳大会で自ら手を上げアンカーをやらせてくれと言ったのは優斗自身である。優斗が頭を掻きながら答える。



「いや、その、ちょっとトラブルが……」


「トラブル!? 水泳大会本番でもトラブルとか言って逃げるわけ!?」


 凄い剣幕で捲し立てる優愛を見て琴音が言う。



「優愛ちゃん、そのくらいでいいよ。優斗さんも頑張ってくれたんだし……」


 確かにある意味『パンツが脱げる』と言う最悪の事態を防ぎながら頑張って泳ぎ切った。計子も言う。



「そうですよ。優斗さんはちゃんと泳げますから」


「あれのどこがちゃんとなの!? あなたも馬鹿なの!!??」


 馬鹿呼ばわりされた計子がむっとして言い返す。



「だからトラブルがあったと言ってるでしょ!! 少しは人を信じられないのですか!!」


「負けたらどうするのよ!」


「いいじゃないですか、負けたって!!」



「ま、まあまあ。落ち着いてよ、ふたりとも」


 喧嘩し始めた優愛と計子の間に入って仲裁する優斗。優愛が言う。



「落ち着けって、あなたが原因でしょ!!」


「だからちゃんとやるから大丈夫だって!!」


「あー、もう最悪!!」


 メンバー表は既に出しており、怪我などの事情がない限り公正を期すため変更はできない。琴音が優愛の手を握って言う。



「優愛ちゃん、がんばろ。ね、大丈夫だよ」


「はあ、もう知らない……」


 琴音は優斗の手も合わせて握り笑顔で言う。



「優斗さんも当日はしっかり頼みますね」


「ああ、任せてくれ!!」


 そう胸を張って言った優斗だが、計子以外その言葉を真剣に受け取れる者はいなかった。

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