24.BB募金大作戦!!

 翌朝、学校のエントランスで靴を履き替えていた計子に、後ろからやって来た優斗が声を掛けた。



「よお、おはよ! 計子」


「あ、優斗さん」


 計子の目に笑顔の優斗が映る。同時に思い出す昨日の彼の半裸。そして自分の恥ずかしい水着。計子の顔が一瞬で赤く染まる。計子が少し頭を下げて言う。



「昨日はありがとうございました」


「いいって。また次の休みに練習しような!」


 それを聞いた計子の顔がぱっと明るくなる。



「え、いいんですか?」


「もちろん。計子が嫌じゃなきゃ」


「い、行きます!!」


 嬉しそうな顔をする計子。そんな彼女に優斗が少し困った顔をして言う。



「あー、あと、そのなんだ……、計子、水着なんだが……」


(水着?)


 計子の胸がどきどき鼓動し始める。



「あの水着はちょっと、その目のやり場に困るというか、止めた方がいいかも、とか思ったりして……」



(え!? だって『スクール水着』って優斗さんの好みなんじゃ!?)


 恥ずかしい思いまでして着たあの水着。まさか優斗の好みのタイプじゃなかったとか?



「だって優斗さんがスクール水着が良いって……」


「ま、まあ、確かにそうなんだけど、あれってちょっとサイズが合ってなかったような気がしてな……」


「はい……」


 そう答えつつも計子の頭の中では『もしかして優斗は別のタイプのスクール水着が好きなのでは?』と言う結論に達し始めている。計子が尋ねる。



「べ、別のタイプの方が良かったですか……?」


「あ、ああ、そうだね」


「分かりました……」


 決意を決めた計子の返事。優斗は朝から水着の話をしてしまったことに恥ずかしさを覚え、「じゃあまた」と軽く手を上げて応え教室へと向かう。

 遅れて歩き出す計子。少し考え事をしながら歩き始めた彼女に後ろから声が掛かった。



「計子ちゃーん」


 未だ頬が赤い計子が振り返ると、茶色のボブカットを揺らしながら琴音が駆け足でやって来た。漂うシャンプーの香り。同じ女でも琴音の可愛さには一瞬どきっとする。


「おはよ、琴音さん」


「ねえ、計子ちゃん。今、優斗さんと何を話していたの??」


 走って来たのかうっすらと琴音の額に滲む汗。頬を赤くして計子に尋ねる。



「何って、水泳のことだけど……」


 靴を履き替えた計子と琴音が一緒に歩き始める。



「え、もう練習行ったの?」


「ええ、行って来たわよ」


「ふたりで?」


「……うーん、それはちょっと違うけど」


 計子の脳裏に昨日の色っぽい鈴香の姿が浮かぶ。琴音が羨ましそうな顔で言う。



「いいなあ。私も優斗さんと一緒に泳ぎたかったな……」


 これ以上ナイスバディが増えたら困る、計子は大きく膨らんだ琴音の白いシャツを見ながら苦笑いする。そんな計子が少しだけマウントを取りたくなって微笑みながら琴音に言う。



「ねえ、いいこと教えてあげましょうか」


「いいこと? なになに??」


 琴音が目を輝かせて聞き返す。この手の話に目がない琴音が計子をじっと見つめる。



「あのですね、実は優斗さんって『スクール水着フェチ』なんですよ」


「えっ!? ほんとー!?」


 そう驚きつつもなぜか嬉しそうな顔をする琴音。計子が言う。



「ええ、私も昨日スクール水着で練習に行ったら、物凄くガン見されちゃって……」


「うんうん」


 琴音の好奇心が勢いをどんどん増して行く。



「さっきまた私の所にやって来て『スクール水着』の話をして言ったわ」


「うそ~ぉ!? あの優斗さんがそんな変態っぽいところがあったなんて!!」


「びっくりでしょ?」


「びっくり!」


 そう言いながらも言葉とは裏腹に嬉しそうな顔をするふたり。琴音が言う。



「じゃあ、もし優斗さんと一緒に泳ぎに行くなら、『スクール水着』一択って訳ね」


「そう! でも、なんか結構拘りがあるようでどんなタイプが好きなのかは分からないのよ」


「なるほどー、それは筋金入りのフェチですね」


 少し考えた琴音が計子に言う。



「ねえ、計子ちゃん」


「なに?」


「今度一緒に『スクール水着』買いに行かない?」


「え? あ、でも、いいかも」


「約束ね。そして優斗さん誘って海でも行きましょう!」


「え、ええ、そうね……」


 基本陰キャの計子には海と言うハードルはある意味山よりも高い。それでもとりあえず一緒に新しいスクール水着を買いに行ってくれる相手が見つかって計子は安心した。





「優斗!」


 先に教室に向かって廊下を歩いていた優斗に、背後から元気のよい声が掛かった。振り返った優斗が言う。


「よお、畑山」


 野球部キャプテンの畑山。短い髪に黒く焼けた肌。端正な顔つきの畑山が笑顔で優斗に言う。



「今週の金曜日、いよいよ初戦な。よろしく頼むぜ、助っ人!!」


 夏の甲子園の地方予選がいよいよ始まる。宮西でも臨時部員として参加することになった優斗にかかる期待は大きい。


「ああ、分かってる。時間は何時なの?」


「時間? 九時だぞ」


 平日でも公式な部活動の試合などは公欠として認められる。


「そう言えば目標は?」


 甲子園出場、と大きく言いたいところだが、それは現状を知っている畑山が控え目に言う。



「目標はうちの部始まって以来最高記録である三回戦突破。これが達成できれば御の字だぜ」


「分かった」


 優斗の胸にも同じ目標が刻み込まれる。


「じゃあ、放課後は練習やってるから時間あったら来てくれ」


「ああ、だけど今日明日は生徒会の募金やらなきゃ」


「生徒会の募金?」


 畑山がああと言った顔で言う。



「お前みたいな才能のある奴が募金とは、なんか勿体ないよな」


「そんなこと言うなよ。募金だって生徒会にとってみれば大切な仕事だぜ」


 特に宮北との裏の戦いが行われているらしい。畑山が笑って答える。



「分かったよ。じゃあまたな!」


「ああ」


 そう言って優斗は別の教室へ行く畑山を見送った。






 そして放課後、いよいよ募金活動が開始される。

 校舎正面に集まった生徒会メンバー達を前に、生徒会長である優愛が大きな声で言う。


「いよいよ募金活動が始まるわ!! これより宮西は『BB募金大作戦』を決行し、宿敵宮北に圧勝する!! いいわね!!!」


「お、おお……!」


 募金のノリとしてはいまいちよく分からない掛け声。特に優愛に無理やり引っ張り出されてきた水泳部の平田は困惑しきりである。

 首から掛けた募金箱を持ち、隣同士に並んだ計子が琴音に尋ねる。



「で、結局BB(美男美女)募金大作戦で、やって来たイケメンってのは水泳部のキャプテンひとりだけなんでしょうか」


 琴音が口に人差し指を立てて言う。


「しー、聞こえちゃうよ! イケメンなら優斗さんもいるでしょ」


「うん、まあそうだけど……」


 計子と琴音は優斗と一緒に並んで立つ平田を見つめる。長身の優斗より背はやや低いが、日に焼けた細マッチョでイケメンの平田はやはりカッコいい。その平田が隣に立つ優斗に声を掛ける。



「水泳部の平田っす。よろしく」


 差し出された手を優斗が握り返して答える。


「生徒会の上杉です、こちらこそ」


 しっかりと手を握り笑顔になるふたり。平田が尋ねる。



「上杉君も水泳大会、出るんだよね?」


「ああ、出るよ。平田君もよろしく」


「まあ、神崎に頼まれたからな……」


 その困ったような顔でどんな頼み方をしたのかはおおよそ見当がつく。小声で話していたふたりに気付いたそのが、指をさして大きな声で言う。



「ちょっと、そこのふたり!! 何してるのよ、もう始まってるわよ!!」


 他の生徒会メンバーは既に箱を持ち行き交う生徒達に声を掛けている。優斗が軽く手を上げて答える。



「はーい、今やるよ」


 そう言って平田と共に募金を掛け声を始める優斗。するとものの五分も経たないうちに、彼の周りには多くの女子生徒が集まって来た。



「上杉先輩、募金しまーす!!」

「はい、募金よ。上杉君」


 同級生から下級生。今最も熱い転校生に女子が群がる。優斗もそれに笑顔で答える。



「みんな、ありがとな!」


「はい! ……あと、これ、お願いします」


 募金をした下級生が、下を向きながら恥ずかしそうに手を差し出す。



(ん? ……あっ、そうか!!)


 一瞬意味が分からなかった優斗だが、『BB募金大作戦』では募金をしてくれたら握手をすることになっていたことを思い出す。事前に校内に張り出されたポスターに『募金者は握手付き』と言う記載もしっかりされている。



「あ、ありがとね」


 そう言って差し出された手を握り返る優斗。下級生は顔を真っ赤にしてお礼を言うと、友達と一緒にきゃっきゃ言いながらその場を離れる。そんな調子で優斗の募金箱はあっと言う間に一杯になってしまった。




「なによ、あれ……」


 それを面白くない顔で見つめる優愛、並びに琴音と計子。

 陽キャでガンガン男達に声を掛け握手攻めにして募金を得て行くルリとは違い、計子や琴音は控えめな性格なので一向に募金は増えない。優愛に至っては顔を見るだけで皆逃げ始める。



「ふざけないでよ!! どういうことなの!!」


 ついに怒り出した優愛がガツガツと自ら男子生徒に向かって歩き出し、指を差して言う。



「そこのあなた!! 募金しなさいっ!!!」



「え!?」


 振り返り驚くふたり組の男子高生。



「あなた、お金持ちそうだから千円入れなさい! そっちのあなたは貧乏そうだから百円でいいわ!! 早くなさい!!!」


「あ、はい!?」


 優愛の気迫に威圧されたふたりが恐る恐る募金箱に言われた金額を入れて行く。それを見て満足そうに優愛が言う。



「いいわ、行って良し!!」


「はいっ!」


 ふたりは慌てて逃げるようにその場を去って行く。



「あれじゃあ恐喝じゃねえか……」


「だよね……」


 そんな優愛を遠くから見ていた優斗と平田が苦笑しながら話した。

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