第三章「水泳大会で勝負!!」
19.作戦会議
「ふうっ、暑いわ、マジで……」
早朝の日課の自転車に乗り目的地に着いた優斗が、自転車に鍵を掛けながらひとり呟く。
今朝は朝から雨。レインウエアにバタバタと当たる雨音が先程からずっと耳にこびりつく。蒸して汗でべたべたになったまま優斗が歩き出す。
(本当に頑張ってるわね……)
それを近くに住む山下計子が自宅の窓からこっそり見つめる。
本当ならば近くに走り寄って色々話がしたい。学校のこと、生徒会のこと、朝のこと、そして自分のこと。
(無理よね、そんなこと……)
相手は背が高く皆から好かれる男子。暗く、計算オタクのような自分とは釣り合うはずがない。それでも彼はそんな自分とも分け隔てなく話してくれる初めての男の子。生徒会で一緒に居られる。それだけでいい。
そう思っていた。この時はまだ。
授業終了後、鞄に荷物を詰めていた優斗に
「ちょっと私、先生に呼ばれているからあなた先に生徒会室に行ってて」
「了解」
優斗はそう言って忙しそうにルリ達と教室を出て行く優愛を見送ってからゆっくりと歩き出す。そして少し前を歩くおさげの女の子に気付き、声を掛けた。
「おーい、計子」
名前を呼ばれた計子がゆっくりと振り返る。
「優斗さん」
いつも通り大人しそうなおさげに真っ赤な眼鏡。体の前で両手で鞄を持ちながら計子が優斗を迎える。
「生徒会行くんだろ? 一緒に行こうか」
「え、あ、はい」
計子は少し戸惑いながらそれに素直に応じる。優斗が言う。
「会計、大変だろ? なんか悪いな、計子ひとりに押し付けちゃって」
実際行動力はあるが声だけの優愛。のほほんとしていて何も仕事をしないルリ。癒しにはなるが基本書くこと以外何もできない琴音。そして勢いだけの優斗。
計子のような精密機械が居なければ生徒会事務処理はとっくに破綻している。計子が答える。
「大丈夫ですよ、趣味みたいなものですから」
「マジで有能だな、計子って」
「そ、そんなことありませんって……」
そう言いながらも計子は褒められて嬉しさを噛みしめる。
ガラガラガラ……
生徒会室の前までやって来て優斗がドアを開ける。計子が電気をつけると暗い部屋が一瞬で明るくなった。
誰も居ない部屋。ふたりきりの空間を計子が一瞬意識する。
「あの、優斗さん……」
「なに?」
机に鞄を置きながら優斗が答える。
「まだ、あの朝の件は頑張っているのですか……?」
そんなことは聞かなくても知っている。ただ聞きたかった。
「うん、まあね……」
少し答え辛そうな優斗。
「凄いですね」
「自分の為だから」
それ以上は聞けなかった。計子はそれはきっと自分には関係のないことだと思ったし、それ以上詮索するのも良くないと感じた。優斗が尋ねる。
「会計の仕事は順調? 何か問題はない?」
「……」
一瞬計子が沈黙する。
実はないと言えば嘘になる。ただ証拠も何もない。自分の推測だけ。まだ誰にも言えない。
「うん、大丈夫。ありがと……」
その態度に違和感を覚えた優斗が尋ねる。
「なあ、本当に……」
「おまたせっ! みんな!!」
それと同時に勢いよくドアが開かれ、生徒会会長の優愛がやって来た。優斗が驚いた顔で言う。
「び、びっくりしたぞ、優愛」
「なに? 何でよ?? あ、まさかそこの女と秘密の話でもしてたわけ??」
そう言ってふたりでいた計子を指差して言う。計子が反論する。
「ふざけないで神崎さん。優斗さんとは生徒会の話をしていただけよ」
「ふん! 分からないわ。男と一緒だなんて」
「あなた何言ってるの!?」
「まあまあ……」
犬猿の仲の優愛と計子。会話すればほぼケンカになるふたりを優斗が中に入って仲裁する。副会長のルリが腰をくねられながら優愛に言う。
「優愛ぁ~、それよりさあ~」
ルリに言われて優愛がコホンと軽く咳をしてから言う。
「みんな席についてちょうだい」
生徒会長の声でルリを始めとした皆が席に着く。優斗も優愛の顔を見ながらテーブル席に着く。優愛が言う。
「今年の水泳大会の概要が決まったわ。開催は来月七月。例年通り夏休み前の時期よ」
優愛の話を優斗の隣に座った琴音が必死に議事録に記して行く。
「場所は今年は
「おおっ……」
生徒会の面々から小さな声が出る。
基本、水泳大会は毎年宮北と宮西で場所を変えて行う。様々な種目で競い合うのだが、一番最後に生徒会のプライドをかけて行われるのが自由形のリレー。特に各種目で得点などはないので、自然とこの対決で勝敗を決めるのが慣例となっている。優愛が続けて説明する。
「自由形四名だけど基本男女二名ずつ。そして必ず生徒会のメンバーがひとりは入らなきゃならないのは同じよ」
優斗が手を上げて質問する。
「それじゃあ、残りの三名は全部水泳部にしちゃえばいいじゃん」
優愛が首を振って答える。
「それはできないの」
「どうして?」
「水泳部の参加はひとりまで。そうしないと水泳部の争いになっちゃうでしょ?」
「ああ、なるほど」
あくまで学校同士の対決。水泳部の数を制限するのは当然のことだろう。
「あと、水泳部以外はひとり何メートル泳いでもいいことになったわ。これが今年の新しいルールね」
「なるほど」
昨年までは50Mをそれぞれ四名が泳いでいたが、今年はそうではないらしい。優愛が机を両手でバンと叩いて皆に聞く。
「そこで聞くわ! あなた達の中で水泳得意な人っ!!」
「はい!」
静まり返る中、唯一の男性委員の優斗が手をあげる。優愛がじっと睨んで言う。
「あなた得意なの?」
「ああ、自分ではそう思ってる。誰もやらないなら俺が出る。アンカーでもいいぞ」
「はあ!?」
それを聞いて皆が驚く。普通ならば水泳部がアンカーを務めるのがセオリー。それを自分がやりたいとのこと。ルリが尋ねる。
「優斗~、大丈夫なの~??」
「ああ、任せてくれ!!」
優斗は立ち上がって胸を叩いて言う。隣に座っている琴音が心配そうに尋ねる。
「ゆ、優斗さん、本当に水泳部の人がアンカーじゃなくてもいいですか……?」
「ああ、大丈夫だって。水泳部の人には一番手をお願いして欲しい」
眼鏡を掛けた計子が驚いて言う。
「凄い自信ね、優斗さん……」
「ああ、泳ぐのは好きだからな!」
それを見ていたルリが優愛に言う。
「ねえ~、優愛は出ないのぉ~??」
その言葉に皆がルリを見つめる。優斗が尋ねる。
「え、優愛も出たかったのか?」
意外な展開。優愛が答える。
「私も泳ぎは得意よ。まあでもあなたが出たいと言うのならば……」
「じゃあ、生徒会からは俺と優愛が出よう!!」
「はあ?」
驚く優愛。優斗が言う。
「だってどうせこう言うのって募ったってみんなあんまり参加しないだろ? だったら泳ぎが得意な奴、そして絶対勝ちたいと思ってる奴が出るべきだ。そうだろ、優愛?」
元々は自分が出るつもりだった優愛。尤もな意見を口にする優斗を見て頷いて言う。
「まあ、そうね。備品にしてはまあまあの意見ね。ふたりで出てもいいわよ」
「ちょっと、神崎さん!! また優斗さんのこと備品って言った!!!」
「あなたうるさいわよ。今は水泳の選手を決めているの!」
「それと優斗さんを悪く言っていいことと関係ないでしょ!! 謝罪しなさい、優斗さんに!!」
熱くなるふたり。優斗が再び間に入って言う。
「ま、まあ。抑えて。俺はそんなに気にしないから」
「優斗さんが優しすぎるんですよ!!」
計子は少しむっとした顔で優斗に言う。空気を変えようと琴音が言う。
「じゃ、じゃあ生徒会からは優斗さんと優愛ちゃんが出るってことでいいですか?」
「そうね」
「ああ、それでいい」
琴音の言葉に優斗と優愛が頷いて答える。それをすぐに議事録に記載する琴音。優愛が皆に言う。
「じゃあ、私とルリで水泳部員ともうひとり協力してくれる人を探すわ。それからあなた。選択授業はもちろん水泳よね?」
「ああ」
宮前西高校ではこの時期の体育の授業は選択制となっている。水泳を選んでもいいし、他のダンスや弓道、陸上などを選ぶことができる。
ちなみに水泳の授業は水着になるのを嫌がる女生徒はほぼ選ばないので、そのほとんどが男子ばかりである。優愛が腕を組んで言う。
「じゃあ、来週の水泳の授業、あなたの泳ぎを見せて貰うわ!」
「いいぜ!」
優斗はそれに自信ありげに答える。琴音が優愛に尋ねる。
「優愛ちゃん、でも自分達の授業が……」
「大丈夫! 生徒会での選抜の為の見たいとか何とかいえば見学ぐらいさせてくれるわ。私が先生に交渉する。任せて!」
計子が顔を赤くして言う。
「わ、分かったわ。じゃあ、楽しみにしてる……」
「そ、そうね。優斗さんの水着、……じゃなかった、泳ぐのを楽しみにしてるね」
計子と琴音はふたり顔を真っ赤にして頷く。
恥ずかしいが優斗の水着姿を早く見たいと思うふたり。
ただこの先、もっと恥ずかしい場面に遭遇してしまう事になろうとはもちろん想像もしていなかった。
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