16.勝者と敗者

 優斗と野球部員達が中央公園に来る少し前。

 宮前西高校の野球グラウンドでは皆が見つめる中、その優斗と畑山の真剣勝負が行われていた。



「おい、キャプテンとあの転校生が勝負するって」

「マジか? なんでまた??」

「何でも負けたら俺ら、みんなであの清掃活動行きだってさ」

「そりゃ勘弁して欲しいな。でもあの転校生、どっかで見たような気が……」



 そんな野球部員達の会話も、優斗がバッターボックスに入り大きく上げた左足を見て空気が変わった。



「お、おい、あれって」

「まさか、あれは……」



 『一本足の疾風』!!



 カーーーーーーーン!!!



 キャプテン畑山対、野球素人の転校生。

 畑山の完全勝利かと思われた勝負だが、優斗がまるでしなるムチのようにバットを振り抜くと、その白い白球は青く澄んだ空へと美しい放物線を描きながら消えて行った。



「……え?」


 未だ状況が良く掴めない畑山。

 自信をもって投げ込んだ一球。素人にはかすりもしないはずの自信の球。

 それがまるでピンポン玉のように軽く弾き飛ばされてしまった。



「うそ、だろ……」


 畑山がゆっくりと後ろを振り返るが、既にセンターは追いかけるのやめて呆然と飛んで行った方向を見つめている。そしてようやく畑山も気付いた。



(あいつ、まさか『一本足の疾風』なのか……)


 それは昨年突如現れた高校二年の球児。

 野球強豪校ではなかったが彼が所属した野球部は破竹の勢いで勝ち進み、全くの無名ながら県大会ベスト4まで進んだ。

 ほぼひとりで投げひとりで打つ。エースで四番。高校球界でも一時話題となった人物。ただそれ以降彼の噂はぱったりと消え、どうなったのか誰も知らなかった。



「おーい、キャプテン。俺の勝ちでいいのか?」


 バッターボックスにいる優斗がマウンド上の畑山に言う。畑山は人差し指を立て、優斗に叫ぶ。



「もう一球、頼む」



「ああ、いいぜ!」


 優斗はヘルメットを被り直すとバットを握って再び構える。畑山は握りを変えて再びキャッチャーミットへと渾身の一球を投げ込んだ。



 カーーーーーーーン!!!



(!!)


 今度は畑山得意の大きく曲がるカーブ。

 野球経験者でも初見で仕留めるには難しい一球。優斗はそれを再びスタンドまで運んだ。




(負けた)


 畑山はマウンド上で両膝に手を置き下を向いて思った。野球人として完全なる敗北。そして、



(俺はとしてもあいつに負けた……)


 琴音が想いを寄せるという相手。

 畑山にとってはこの勝負はどちらかと言うと、琴音をかけた勝負でもあった。畑山がマウンドを降りて優斗の元へと歩み寄る。



「俺の負けだ、優斗。まさかあの『一本足の疾風』がうちに来ていたとはな」


 差し出された手を握り返しながら優斗が答える。



「その中二病みたいな名前、やめてくれよ。やっとみんな忘れてくれると思ったのに」


「忘れるものか。まあ、とりあえず約束だ。掃除活動、手伝わせて貰うぞ」


 優斗が笑顔になって言う。



「有難い! これで俺も怒られずに済む」


(??)



 よく意味が分からない畑山。優斗に尋ねる。



「ああ、あとな……」


 そう言おうとした畑山より先に優斗が言う。



「分かってる。県予選、俺も試合に呼んでくれ。微力だが力になる」


 それを聞いた部員達の顔がぱっと明るくなる。県大会の三回戦が最高記録だった宮西野球部。今年は目の前の強力な助っ人のお陰でもっと上を目指せるかもしれない。畑山が苦笑して言う。



「いや、それはそれで有り難いのだが、俺が言いたいのは、その……、五十嵐をよろしく頼むってことだ」



(五十嵐? ああ、琴音のことか)


 優斗は以前、琴音と一緒にここにお願いに来たので、『ゴミ拾いの協力は心配するな』と言う意味だと理解した。優斗が答える。



「ああ、分かった。俺に任せてくれ」


「そうか……」


 畑山は明らかにそこに『勝者と敗者』があることを肌で感じた。






「優斗……」


 優愛の頬を流れ落ちた涙。

 それを拭う前に優斗が言う。



「遅くなってごめんな。さ、ここから一気に逆転だぞ!!」


 同時にその後ろにいた野球部キャプテン畑山が部員達に大声で命じる。



「さあ、今日はここでゴミ拾いだ!! 宮西魂を見せてやれ!!!!」



「「おおーーーっ!!!!」」


 貴重な戦力である男子高校生。

 その元気溢れる彼らが一斉にゴミ袋を手に公園のごみを拾い出す。



「すごい、すごいよ! 優斗さん!!」


 琴音が優斗の元に来て目を輝かせて言う。


「優斗さん、素敵です……」


 慣れないゴミ拾いで汗だくになっていた計子も優斗の元へ来て嬉しそうに言う。



「優愛、ごめんな。ちょっと遅れて」


 優斗が申し訳なさそうに優愛に言う。



「ふん! そうよ、遅いわよ! 遅すぎるわ、どれだけ待ったと思ってるのよ!!」


「ごめんごめん。悪かったよ……」


 腕を組んで顔を背けていた優愛。しかし一度頷くと優斗に言う。



「まあ、それでも備品にしてはよく頑張ったわ。褒めてあげる」


「そうか! それは嬉しい!! じゃあ、優愛。一緒にゴミ拾おうぜ!」


「は? なんで私があなたなんかと……」


 そう言いながらも顔を赤くして困惑する優愛。



「いいじゃねか。さ、行くぞ」


「ちょ、ちょっと何を勝手に……」


 そう話す優愛に優斗が彼女の目を見て言う。



「優愛、絶対勝とうな!!!」



「え、あ、うん……」


 優愛は真っ赤になっていた目をこすり素直にその言葉に頷いた。




「優斗様~っ!!」


 そんな優斗に背後から甲高い声が響く。


「ん? ああ、鈴香か」


 鈴香は優斗と優愛の間に入って興奮気味に言う。



「ずっとお待ちしておりましたわ~!! 優斗様ぁ、鈴香と一緒にボランティア、しましょう~!! ね、ねっ!!」


 そう言って優斗の腕を掴み歩き出そうとする。



「ちょ、ちょっと待て。鈴香! 俺は優愛と一緒にゴミ拾うって決めたんだ」


 意外な言葉に驚く鈴香。鈴香は掴んでいた優斗の手を放し、優愛の前に来て言う。



「神崎さん、あなた優斗様のことがお好きなんでしょうか~??」


 いきなりの質問。鈴香の言葉に優愛が動揺する。



「そ、そんな訳、ないじゃ……、ない訳……けど……」


 最後は消え入りそうな声で呟く優愛。鈴香がはっきりという。



「私は優斗様を愛しておりますわ~!! だからいつも一緒に居たいし、傍に置いて欲しいの。神崎さんは好きでもないのなら私のお譲りくださりませんか〜??」


「おい、鈴香」


「はい!」


 見かねた優斗が言う。



「俺は誰のものでもねえぞ。それにお前は宮北だろ? 俺とは一緒にやれない」


 それに冷静に答える鈴香。



「どうしてですか~? 宮北宮西とか関係なく、鈴香はボランティアとして清掃活動をしたくて優斗様にお願いしているんですよ~」


「うっ、そ、それは……」


 そもそもゴミの量を競うと言うのはお互いの生徒会が独自にやっていること。一般の生徒や教員達には知らない人だっている。優愛がむっとして優斗に言う。



「ちょっと、あなた! 私と一緒にやろうと誘っておいて、ちょっと別の女に言われたらすぐにそっちに行くわけ??」


「い、いや、俺は……」


 焦った優斗がそう口にすると、更にそれが優愛の怒りのツボを刺激する。



「『まだ』ってどういうことよ!! じゃあ、そのうちあの女のところへ行くってこと??」


「ち、違うって!! なに勘違いしてるんだよ!!」


「勘違い!? まあ、それってまるで私がひとりで騒いでいるみたいじゃない!!!」



(その通りだろう……)


 周りにいた人達は皆そう思ったが、決して口には出さない。



「そんなに私の為にケンカしないで~」


 ふわっとした口調でそう言う鈴香に優愛が大声で言い返す。



「あなたには関係ないでしょ!!」


「おい! もういいからみんなで一緒にゴミ拾いやろうぜ」


「ふん!」


「優斗様がそう仰るなら、仕方ありませんね。鈴香はふたりっきりでしたかったのに……」


 優斗の提案で結局、宮西宮北の両生徒会長と一緒に三人でゴミ拾いをする事になった。





「あの……、このゴミ袋、運んで貰えるかな」


「ああ、いいよ!」


 一方の野球部員達は、貴重な男子戦力としてゴミ拾いに貢献していた。マネージャーすら男の宮西野球部。女生徒と話す機会など皆無の彼らにとって女の子と一緒にするゴミ拾いは楽しく、そして頼られることに心からの喜びを感じていた。



「きゃっ! 虫っ!!」


 公園の木の下。暑くなってきたこの時期には女子が苦手な虫も結構いる。



「大丈夫だよ、こんなの。ほら!」


 それを軽々と取り払う野球部員。喜ぶ女生徒。お互いの相乗効果で宮西は一気にゴミの回収量を増やして行く。






「なあ、五十嵐。ちょっといいか……?」


 優斗達とは少し離れた場所で一生懸命ゴミを拾っていた琴音に、野球部キャプテンの畑山が声をかけた。



「畑山君……」


 それは以前自分に告白した相手。一瞬琴音の顔が曇る。



「時間は取らせない。ちょっとだけ話を聞いて欲しい」


「うん、いいよ……」


 畑山は琴音の隣に来て一緒にゴミを拾い始める。



「あいつ、なんだろ? お前の相手って言うのは」


 畑山は遠くにいる優斗を見つめながら琴音に尋ねる。



「……」


 無言の琴音。

 そんなこと恥ずかしくてはっきり言えない。



「まあ、返事しなくても分かってる」


「あの、畑山君……」


 何かを言おうとした琴音の言葉を塞ぐように畑山が言う。



「勝負したんだ」



「勝負……?」


 何のことだかよく分からない琴音。畑山が続ける。



「さっきさ、俺とあいつ。をかけて勝負したんだ」



(えっ、えええええええっ!?)


 何を言っているのか分からなかった。

 何がどうなって自分をかけて勝負などしたのか、琴音には全く理解できなかった。畑山が悔しそうな顔で言う。



「それで俺は見事に負けちまってよ。それであいつに託したんだ」


「な、何を?」


「もちろん、五十嵐のこと。あいつも『任せろ』だってよ」



 かあああ……

 全く理解不能な展開だが、自分はいつの間にか優斗に託されてしまったことは理解した。



(全然意味が分からないけど、優斗さんに託されちゃって、恥ずかしいけど、恥ずかしくて倒れそうだけど……、嬉しい!!)


 琴音はゴミを拾いながらも遠くにいる優斗を真っ赤になって見つめた。






「さあ、これで清掃終了!!!」


 それからしばらく経ってボランティア清掃活動の終わりを告げる声が公園に響いた。


 公園に散らばっていた生徒達がゴミ袋を手に次々と入口へ集まって来る。積み上げられるゴミ袋の山。見たところ宮西と宮北でそれほど大差ない。

 そしてゴミ袋を数え終えた教員が皆に向かって言った。



「みんな、よく頑張ったな! 今年はちょっとだけ西が多かったようだ。また来年も頼むぞ!!」



「やった、やったやったああ!!!」


 それを聞いてグーにした両手を上げて喜ぶ優愛。


「優愛ちゃん、やったよおお!!!」

「やったな、優愛!!!」


 生徒会を中心にして勝利を喜ぶ宮西のメンバー。

 宮北との対決。初戦の『ボランティア清掃』は見事宮西の勝利で幕を閉じた。

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