15.勝負!!

「じゃあ、俺と勝負しようよ。で」


 優斗が野球部キャプテンに言い放った言葉。

 それを聞いた野球部員の顔が青ざめた。



「……」


 無言のキャプテン畑山。

 ただ厳しい視線を優斗に向け、全身からは怒りのオーラを噴出させている。



「今、なんて言った?」



 ようやく畑山が震える口を開いて優斗に言った。優斗が答える。



「だから、俺と野球で勝負して勝ったらみんなでゴミ拾い手伝ってくれ。俺も感謝の意味を込めて野球部を手伝ってやるよ」



「……本気で言ってるのか?」


 静かだが強い圧の声。だが優斗も真剣な顔で答える。



「ああ、本気だ」



 小学校から本格的に野球を始めた畑山球児。

 中学高校と厳しい練習を経て、高校生活最後の大会にこれより臨む。それを目の前の男はいきなり現れて『ゴミ拾いを手伝え』『俺が野球部を手伝ってやる』と訳の分からぬことを言い始める。畑山が尋ねる。



「お前、野球経験は?」


「経験? ああ、前の学校でちょっとだけやっていた。必要な時にだけ呼ばれる幽霊部員みたいなもんだった」



(幽霊部員だと……)


 畑山の額に青筋が立つ。一緒に居た野球部員はキャプテンの怒りに後方へと静かに下がる。



(ん? 生徒会……、男……、そう言えば……)


 怒りの炎に包まれる畑山だが、彼の頭に更にそれに拍車をかけることが思い出される。



「お前、たしか生徒会って言ったな。所属しているのか?」


 急に話題が変わったことに戸惑う優斗。



「あ、ああ。一応。男は俺ひとりだけど……」



「!!」


 畑山の頭に片思いであった琴音の言葉が蘇る。



 ――生徒会に好きな人がいるの



 恥ずかしがり屋の琴音自身そんなことはひと言も言っていないのだが、振られたショックで畑山の頭では『琴音の相手=生徒会の男』という図式が成り立っていた。



「……そうか、お前が生徒会の男か」


「??」


 ちょっと意味の分からない優斗。畑山が尋ねる。



「分かった。勝負してやろう、野球で」



「いいのか?」


 喜びの表情を浮かべる優斗。畑山が優斗に指を差して言う。



「ああ、お前とはとして勝負をしなきゃならんようだ」



「男? 何でもいいけど、俺が勝ったら掃除を手伝ってくれよ」


「ああ、いいだろう。そのくらいお安い御用だ」


「そうか。じゃあよろしく!」


 そう言って右手を差し出す優斗。畑山はそれを手で叩いて言った。



「敵に塩を盛られるようなことはしたくないのでな」


 まったく意味が分からない言葉に優斗が首をかしげていると、畑山が続けて説明をする。



「俺はピッチャーだ。俺が投げる球を見事打ってみろ。一球でもヒットを打てたらお前の勝ち。球に当たらなかったら俺の勝ち。いいか?」


「そんなんでいいのか?」


「……ああ、そんなんでいい」



 最後は畑山もいい加減頭に来てぶっきらぼうに言う。




 そして野球部キャプテン畑山対、優斗の野球対決が始まった。


「上杉、これ」


 バットとヘルメットを持って優斗に近付いてきた野球部員、それは同じクラスの顔見知りだった。


「お、悪いな」


「お前、野球やったことあるのか?」


「あるよ。上手いと思うぞ」


「キャプテン、マジですごい球、投げるぞ」


「そうか。それは楽しみ」


「お前が勝ったら掃除手伝うってのは本当なのか?」


「ああ、頼むよ!」


 優斗はヘルメットを被り、そしてバットを肩に担いでバッターボックスに入る。



「よろしくーっす!!」


 そう言ってマウンドにいる畑山に向かって軽く頭を下げる。



(舐めやがって。野球の厳しさを教えてやる!!!)


 畑山が白球を持って振りかぶった。

 間もなく始まる甲子園の地方予選に向けて、体、肩などはきっちと仕上がっている。いわば最高の状態。強くない野球部だが、エースとしてに負けるつもりはない。

 畑山が勝つ。誰もがそう思っていた。



(え?)


 畑山がキャッチャーに向けてボールを投げた瞬間、優斗は左足を大きく上げた。



(うそ、あれって……)


 その独特の姿は高校野球ファンなら誰もが知っている打撃フォームであった。迫る白球。優斗が心の中で叫ぶ。



 ――優愛を勝たせるんだよおおおおお!!!!!


 全身バネのような筋肉に覆われた優斗。

 美しいとすら感じさせるしなやかなスイング。そこに居た誰もが突然の対決の行方を固唾をのんで見守った。






『ボランティア清掃活動』の担当になった宮西、宮北両校の教員が、清掃前に集まった生徒達に向かって挨拶をした。


「……で、あるから、皆さんには清掃が持つ美しき心を云々」


 長い挨拶にうんざりする参加者。ただでさえモチベが低い中集まって来てくれている生徒達には邪魔でしかない。ようやく挨拶を聞き終えた皆に掃除開始の声が掛かる。

 キャップ帽を被り手袋、ゴミ袋を手にした優愛が皆に言う。



「さあ、みんな!! 始めるわよ!!!」


「……はーい」


 紺色のジャージを着た宮西の生徒達。そのほとんどが女生徒で、優愛の掛け声に対して気の抜けた声で返事をする。その中のひとりが優愛の元へ来て尋ねる。



「あの、上杉先輩はまだ来られないのですか?」



 カチン

 そのひと言が優愛の怒りのスイッチを押す。



「し、知らないわよ、あんなの!! あなた達、早く掃除なさいっ!!!」


「きゃ!!」


 そう言って手にしたゴミ袋を振り回す優愛。驚いた女生徒達が四方に逃げるように散って行く。



「ゆ、優愛ちゃん! 落ち着いて……」


 乱心した生徒会長をなだめる琴音。そこへ赤いツインテールを揺らしながら鈴香がやって来る。



「まあ~、な~んて乱暴な」


 口に手を当て顔を左右に振る。優愛が鈴香に向かって言う。



「うるさいわね、あなた。あっち行きなさい!! しっしっ!!」


「なんとお下品な……」


 怒りで混乱する優愛をルリと琴音が抱きしめて言う。



「落ち着いてよ、優愛ちゃん」


「お、落ち着いているわよ!!」



「まあ~、では皆さんも頑張ってくださいね~!!」


 鈴香はこれ以上関わらない方がよいと判断し笑顔でその場を立ち去る。ルリが言う。



「優愛ぁ~、私達も頑張ってゴミ拾うわよ~」


「え、ええ。分かったわ……」


 鈴香が去って少し落ち着いたのか、優愛が大人しくなってゴミを拾い始める。



 始まって一時間、ここまでの成果を見る限りでは宮西の圧倒的敗北であった。

 元々人数が少ない宮西。優斗目当てでやって来た女の子の一部が帰ってしまい、更に人の数が減る。そして数でも勝るライバルの宮北は男子高生の参加も多く、重くなったゴミ袋も軽々と運んでいく。

 中央公園入口に積み上げられた宮北のごみ袋。それは隣に置かれた宮西の数倍はある量となっていた。



「これじゃあ、勝てませんね……」


 高く積み上げられた宮北のごみ袋を見て計子が言う。


「しっかりとシミュレートして宮北に勝てるようにゴミ袋を用意したのですが、これだけ人がいないとなると意味がないですね……」


 広い中央公園内で一生懸命にゴミ拾いをしてくれている善意ある女子高生達。ただ幾ら彼女らが頑張ったとしても数で圧倒する宮北とは、時間が経てば経つほどの差が広がっていった。



「頑張るのよ、みんな!!」


 優愛はまるで自分を鼓舞するかのようにひとりトングを持ってゴミを拾い始める。梅雨入りを間近に控え、強い日差しの下で大量の汗をかきながらごみを集める生徒達。学校行事である以上あまり生徒に無理はさせられない。



(どこ行っちゃったのよ……、優斗……)


 優愛は半分涙目になりながらひとり黙々とゴミを拾う。




「あ~ら、こんなに差がついちゃって~、びっくりだわ」


 その優愛の耳に、もっとも聞きたくない甲高い声が響く。



「……」


 あえて優愛はそちらに視線を向けないようにゴミ拾いに集中する。無視された鈴香が優愛に近付いて言う。



「これはボランティアですわよ~、争ってやることじゃありませんし~、なんてどちらでもいいんですわよ~!!」


 そう言いながらも勝ち負けを強く意識している鈴香。彼女とて宮北を率いる生徒会代表。ひとつたりとも宮西に負けたくない。



「優愛ちゃん、頑張ろ。私達ができる範囲で」


 そんな優愛に琴音が近くに来て慰める。


「う、うん……」



 大きな声で泣きたかった。

 目の前に積まれたはっきりと優劣が分かるゴミ袋の山。人の協力も得られず、張り切って臨んだ勝負に惨めに破れる。



(優斗くぅん……)


 決して口には出さないが頼りにしていた優斗もなぜか現れない。



 怒りより悲しみの方が強かった。

 もしかして自分ひとり張り切っていたのかも知れない。

 もしかしてあまり乗り気じゃない生徒会のみんなに無理やり命じていたのかもしれない。



(自分のことばかり。まるであの子の時と一緒じゃん……)


 不意に優愛の目が熱くなる。

 もう一歩でそれは涙として溢れ出るところだった。



「優愛ちゃん……」


 琴音が傍で小さくその名を呼ぶ。

 優愛が下を向いたまま同じように小さく答える。



「ごめんね、琴音。もう勝てないけど、最後まで全力で……」


 そう言いながら顔を上げた優愛が、琴音の視線が全く別の方へ向いていることに気付く。



(え?)


 優愛も同時にその視線の方へ振り向く。



「優斗……」



 そこには同じ紺色のジャージを着た優斗。そしてその後ろには畑山を先頭に、宮西最大の規模を誇る野球部員達を率いている。優斗が優愛の元に来て言う。



「遅くなってごめんな、優愛。ここから一気に逆転するぜ!!」


 我慢していた優愛の涙腺が一気に崩壊し、ぼろぼろと涙となって流れ落ちた。

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