14.『清掃決戦』、開幕!!
「インドダージリン産の最高級茶葉でございます」
香ばしくてほんのり甘い香りが生徒会室に広がる。
「美味しい~!! 放課後に飲む紅茶は最高ねぇ~」
鈴香は真っ赤なツインテールを片手でいじりながら最高の紅茶を楽しむ。窓からの景色は既に夏を思わせる濃い緑。最上階にある生徒会室にも少し暖かい風が入る。
世良が紅茶のポットを片付けながら鈴香に尋ねる。
「鈴香様。先に仰った上杉優斗の件でございますが……」
カップを持つ鈴香の手が止まる。鈴香は優斗にスポーツジムで会ったことが嬉しくて、すぐに副会長の世良に話していた。
「何かしら~??」
世良が長い黒髪をかき上げながら答える。
「僭越ながらあのような男は十文字家のご令嬢である鈴香様には相応しくないかと。得体の知れない男。鈴香様には……」
「世良。こちらへ来なさい」
鈴香はカップを持ち前を向いたまま小さく言う。
「はっ、失礼致します」
世良が頭を少し下げてからスマートに鈴香に近寄る。
パーーーーーン!!!!
「きゃん!!」
鈴香は近寄ってきた世良を思い切り平手打ちした。
殴られた勢いで倒れ込む世良。鈴香はまるで汚物でも見るような顔で倒れた世良に言う。
「一体どういうつもりで私の優斗様の悪口を言うのかしら~?? 私は優斗様に求められればすべてを捨てて付いて行く覚悟があるわ。あなたに分かるぅ~??」
殴られた頬を押さえながら世良が立ち上がり答える。
「私には、分かりかねます……」
「優斗様を初めて見た時からぁ、私の心はぎゅっと握られたままなの。素敵なユニフォーム、美しい放物線、そして塁上で見せる子供の様な笑顔。ああん、もぉ、ぜ~んぶ素敵なの!! 分かるぅ??」
「いえ、まったく……」
鈴香はふうとため息をついてから言う。
「いいわ。あなたには分かるはずないものね〜。優斗様の魅力が。それより明日のボランティア清掃の準備はどうなの~??」
世良が頭を下げて答える。
「はっ、全校生徒に既に声掛けはしております。ただ参加率はやはり高くはないかと……」
「何名ぐらい集まりそう??」
「おおよそ五十名ほどでしょうか……」
「五十名、まあそんなものかしらね~」
宮北高校も宮西同様、ボランティア清掃での人の集まりには苦労していた。
やはり生徒会がいくら声をあげようが清掃に簡単に人は集まらない。それでも少し変態だが有能ではある世良の尽力のお陰で、宮西に勝った昨年と同等ぐらいには人が集まりそうであった。
「明日、優斗様にお会いできるわ。ああん、楽しみ~!!」
鈴香はカップの残った紅茶を一気に飲み干すと、窓際まで移動しはるか遠くにある宮西高校の方を見て微笑んだ。
翌日、宮前西高校とその姉妹校である宮前北高校は、『ボランティア清掃活動』開催の為午前中のみの授業となった。午後からは清掃活動に参加しても良し、部活に励んでも良し、帰宅しても良しと各々の自由となっている。
「さあ、決戦の時が来たわ!!」
授業の終わりと共に生徒会長の優愛が立ち上がり気合を入れる。隣に座る優斗に気付き言う。
「さあ、ジャージに着替えて生徒会室に集合よ!!」
「あいよ」
「なによ、そのやる気ない返事?」
「あるって、さ~あ、頑張るぞ~!!」
「ちゃんと働きなさいよね!!」
優愛は優斗やルリ達と一緒に生徒会室へ向かう。
「いよいよ決戦の時を迎えたわ! みんな準備は良い?」
生徒会室に入った優愛が一堂に言う。全員清掃用に紺色の学校ジャージに着替えている。優斗が手を上げて質問する。
「質問」
「なに?」
「俺はそっちのテーブルに行っていいんだよな?」
後ろのダンボール箱を机にして座っていた優斗が、皆がいるテーブルを指差して尋ねる。
「うぬぬぬっ……」
中間試験で優愛に勝ったら段ボール箱からテーブルに移動できる。優斗はにこにこしながら優愛を見つめる。
「ふん、まあ、いいわ。特別に許してあげる」
「サンキュ!」
優斗は初めて琴音や計子達と同じテーブルに着くことができ喜びを感じる。優愛が改めて皆に尋ねる。
「それで準備は良い? 備品の搬入は、計子?」
「昨日終了しているわ」
黒いおさげで赤メガネの計子が落ち着いて答える。
「いいわ。ビラは配り終えたよね?」
「終わってるよ~ん、優愛ぁ」
ピンクの髪を揺らしながら副会長のルリが答える。
「了解。各部活への声掛けは?」
「ええっと、演劇部、、吹奏楽部、映画を観る会……、一通り声を掛けましたが来るかどうかは……」
今度は茶色のボブカットの琴音が答える。
「全員来るわ。私が生徒会長なんだもん」
一体どこからそんな自信が生まれるのかと皆が苦笑する。琴音が確認するように優斗に尋ねる。
「あ、あの、優斗さん。野球部の方は……」
優斗が顔を引きつらせながら答える。
「あ、ああ、多分大丈夫だ……」
優斗にしては珍しく自信の無い回答。実は昨日も野球部を訪れたが結局キャプテンには会えず仕舞いであった。優愛が手をパンと叩いて言う。
「よし、じゃあ準備は良いわね? ご飯食べて現地集合。一旦解散!!」
「はーい!」
各々が弁当を広げたり購買にパンを買いに向かう。一緒に部屋を出ようとした優斗に優愛が声を掛ける。
「ちょっと、優斗」
「な、なに?」
優斗が振り返って答える。
「どこへ行くのよ?」
「どこって昼だよ」
「ちゃんと時間通りに来なさいよ!」
「ああ、分かってる……」
そう軽く答えて優斗が生徒会室を出る。
(やばいやばい! 早く野球部に行かなきゃ!!)
優斗は青い顔をして一直線に野球部のグラウンドへ向かった。
一時間後。
中央公園付近に続々と生徒達が集まって来る。紺色のジャージを着た宮前西高校の生徒達、それに対して濃い朱色のジャージを着たのは対戦する宮前北高校の生徒達だ。集まった皆は軍手をはめ、手にごみ袋を持って友達と会話をしながら開始の時を待っている。
「うぬぬぬぬっ……」
そんな紺色のジャージの中心に居て、唸り声を上げているのが生徒会長の神崎優愛。腕を組み、むっとした表情でイライラのオーラを発している。ピンクの髪を後ろでひとつに纏めたルリが言う。
「優愛ぁ、落ち着きなって~。そんな顔してても仕方ないでしょ~??」
「……」
無言の優愛。琴音が周りを見回して言う。
「ま、まあ、確かに予想よりもずっと人が少ない気はしますが……」
宮前西高校の紺色のジャージを着ている生徒は、生徒会のメンバーを入れても三十人ほど。対する宮前北高校の朱色のジャージはおおよそその倍は集まって来ている。優愛が顔を赤くして言う。
「あ、あいつはどうしてるのよ!! なんで来ないのよ!!」
一行はその『あいつ』と言うのが、未だ姿を見せない優斗のことだと直ぐに分かった。携帯に連絡しても繋がらない。優斗が居ない事実が優愛を一層苛立たせていた。
「やっほ~、宮西の皆さ~ん!!」
そこへ朱色のジャージ群の中から甲高い声が響いた。苛ついていた優愛がその人物の顔を見て更にむっとする。その赤いツインテールの美少女は優愛の前まで来て言った。
「こんにちは~、神崎さん」
「ふん!」
「ゆ、優愛ちゃん。さすがにそれは……」
隣にいた琴音が苦笑いして言う。鈴香の隣に立つ黒い長髪の世良が、左手を胸に当て軽く頭を下げて言う。
「宮西のお姫様方、ご無沙汰しております。相変わらず皆様お美しくて、天に輝く太陽もしぼんで見えるほどでございます」
「……」
「なにあれ? やっぱりヤバい人でしょ……」
琴音と一緒に居た計子が引きつった顔で言う。琴音が小声で返す。
「き、聞こえちゃうよ。計子ちゃん!」
計子は頭を上げ、長い髪を色っぽく耳にかける世良を見て吐き気を催す。腰に手を当てて周りを見ていた鈴香が優愛に言う。
「今日はお互い新生徒会始まって最初の対戦ですわよね~。いい勝負を期待しているわよぉ~。ま、うちが勝つのは見えているようだけどぉ~」
明らかに人数の少ない宮西。世良の尽力で集まった倍は居るであろう宮北の生徒達を見て鈴香が笑う。優愛がむっとして言う。
「しょ、勝負は終わってみなきゃ分からないわよ!! 少なくてもひとりが集める量が凄いんだから!!」
琴音達が聞いていても痛くなるような切り返し。鈴香がちょっと真剣な顔になって尋ねる。
「それよりさあ~、優斗様はどこにいらっしゃるのかな~? 鈴香、会うのを楽しみして来たのに~」
生徒会の中に優斗が居ないのに気付いた鈴香が首をかしげる。
「し、知らないわよ。あんなの!!」
腕を組みプイと顔を背けて言う優愛。鈴香が言う。
「え~、優斗様、いらっしゃらないの~?? せっかく新しいちょっとエッチな下着をつけて来たのにぃ~」
そう悲しそうな顔する鈴香に優愛が真っ赤な顔で言う。
「な、何を考えているの!! 今日は清掃ボランティアよ!! なんで新しい下着をつけて来るの?? しかも、エ、エッチぃ……のって……」
最後は優愛自身が顔を真っ赤にして小さな声となる。鈴香が言う。
「えー、だって愛しの殿方とお会いするのにぃ~、粗末な下着じゃ失礼でしょ~?? それとも神崎さんはぁ、大切な方と夜を過ごすのに使い古した下着でお会いするのかしら~??」
そう言って笑う鈴香に優愛が大きな声で言い返す。
「な、何を言っているの!! 今日は清掃でしょ!! 夜とか下着とか、意味が分からないわ!!!」
「神崎さん、変な挑発に乗らないで、もう行きましょう」
優愛の隣で冷静な計子が声をかける。
「そうだよ~、優愛ぁ。もうすぐセンセーとか来るしー、挨拶したらあっち行こー」
鈴香とキャラが被っているルリも早くこの場を離れたいと思っている。優愛が鈴香に言う。
「と、とにかく宮北には絶対に負けないから!! 覚えてなさい!!」
そう言って立ち去る宮西生徒会。
「何あれ~?? もう負けて捨て
鈴香は赤いツインテールを揺らしながら大声で笑った。
宮西高校、野球部グラウンド。
高校球児達の掛け声と金属バットの音が響くその場所に、優斗は三度訪れた。
「あの、今日キャプテンは?」
優斗がグラウンド脇にいた野球部員に尋ねる。
「キャプテン? ああ、あそこにいるよ」
そう言って野球部員が指差す方に、真っ黒に焼けた肌で短く刈り上げられた髪の球児がボールを投げている。優斗が言う。
「ちょっと話があるんだ。呼んで来てくれるか?」
「ああ、いいけど……」
野球部員が駆け足でキャプテンの元へと向かう。そこで何かを少し話した後、キャプテンが優斗の元へやって来た。
「どうも、生徒会の上杉です」
優斗が頭を下げる。キャプテンの畑山はぎっと優斗を睨んだままぶっきらぼうに言う。
「で、その生徒会が何の用だ?」
「あのですね……」
優斗は今日『ボランティア清掃』があることを話し、部員が多い野球部にぜひ協力して欲しいことを説明した。畑山は眉間に皺を寄せて言う。
「断る。地方予選で忙しい時になぜそんなことをしなければならない?」
「分かっているよ、それぐらい。でも宮西も大切な戦いなんだ。頼むよ」
「戦い? ゴミ拾いで何が勝負なんだ? とにかく無理だ。帰れ」
そう冷たく言い放つ畑山に、優斗が一歩前に出て言った。
「じゃあ、俺と勝負しようよ。野球で」
「はあ?」
畑山の顔が一瞬で怒りの表情となる。優斗が言う。
「俺が勝ったら野球部はみんなでゴミ拾いを手伝う。それから俺も時々野球部の手伝いをしてやる。どうだ?」
一緒に居た野球部員の顔が青ざめる。
畑山は無言のまま怒りの視線を優斗に向けた。
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