13.優斗のささやかな出世

「よお、優愛。おはよ!」


「ふん!!」


 翌朝、いつものように教室で挨拶をする優斗。それに顔を背けて応える優愛。優斗がため息をつきながら言う。



「なあ、本当にいい加減挨拶ぐらいちゃんとしてくれよ」


「ふん! 備品なんかにする挨拶はないわ!!」


「俺はまだ備品なのか?」


「当たり前でしょ」


 優斗が少し考えてから言う。



「じゃあさ」


「なによ」



「この間中間試験やったろ? あれで俺が優愛に勝ったら備品卒業でいいか?」


「はあ?」


「だから生徒会室でも段ボール箱じゃなくてちゃんとした椅子に座らせてくれ」


 優愛が腕を組んで言う。



「ええ、いいわ。まあこの私が備品なんかに負けるはずないけどね」


「よし、約束だぞ!」


「上等よ」


 優斗は知らない。優愛が学年でもトップクラスの成績を誇る優等生だということを。

 そして優愛も知らない。優斗がここに来る前に在籍していた学校が、宮西よりも更にレベルの高い進学校だったということを。






「では『ボランティア清掃』の最終打ち合わせをします」


 その日の放課後、生徒会室に集まった皆に向かって優愛が言う。今日は久しぶりに生徒会役員全員が揃っている。



「まずだけど……」


「ひゃっ!?」


 優斗が思わず声を上げる。隣にいた計子が驚いて言う。



「ど、どうしたんですか、優斗さん?」


「いや、思わず備品と言う言葉に反応しちゃって……」


 備品と言う言葉の不意打ちを食らった優斗が頭を掻きながら苦笑する。優愛が言う。



「何やってるの、ちゃんと聞きなさい! まったくもう。では、まず備品の買い出しは今日残ったビラを配った後にみんなで行くわ」


 そう言ってテーブルの上に置かれた大量のビラを見る。昨日ほとんど受け取って貰えなかったビラが残っている。優斗が手を上げて言う。



「ビラもいいけど、ちょっと俺、また野球部に行ってくるわ」


「野球部? あなたまだ交渉できていないの?」


「ああ、悪い。行ってもキャプテンいなかったんだ」


「ビラ配ってから行きなさい。いいわね?」


「あ、ああ……」


 優愛が計子に尋ねる。



「備品購入のお金は大丈夫? 計子」


 計子は黒いおさげに触れながら答える。



「問題ないわ。しっかり計算済み」


「いいわ」


 優愛は頷いてから皆に言う。



「じゃあ、全員ビラを持って校内で配布。終わったら駅前のホームセンターに集合。いいわね?」


「了解でーす!!」


 生徒会の皆がビラを持って答えた。






「あ、あの、先輩も清掃に参加されるんですか?」


 ビラを配り始めた優斗に、それを受け取った下級生の女の子達が尋ねる。



「ああ、もちろん行くよ。俺も生徒会だし、頑張らなきゃね」


「じゃ、じゃあ私も行きます!」


 下級生の女の子達はそう言って軽く頭を下げて笑顔で走り去って行く。



(何あれ……)


 優愛はそんな優斗の姿を遠めに見て苛ついていた。副会長のルリが言う。



「優斗、すっごい人気だね~」


「ふん、知らないわ!」


「もうほとんど配り終えてるじゃーん!!」


「ぐ、偶然よ! あっちに偶然人が多かっただけだわ!」


 優愛はそう言うとひとり男子生徒の中へと突入していく。




「あの、優斗さん……」


 ビラを配り終えた優斗に琴音が近付いて言う。


「琴音、どうした?」


「これから野球部に行くんでしょ? わ、私も一緒に……」


 優斗は琴音が手にしているたくさんのビラを見て言う。



「琴音はまずそれを配り切りな。会長の命令だろ? 野球部は大丈夫。アポも取ったし俺が何とかするから」


「で、でも……」


 そう言いながらも手にした大量のビラを見て口籠る。優斗が言う。



「じゃあ、行ってくる。後でホームセンターで会おうな!」


「あっ、優斗さん……」


 優斗はそう言って手を上げてからひとり駆け出して行った。




 優斗はひとり専用グランドで練習する野球部の元へ走った。遠くからでも聞こえる野球部の掛け声。空に響く金属バットの甲高い音。優斗はグランド脇にいる野球部員を見つけて声を掛けた。



「ちょっとすまないけど……」


 優斗に気付いた部員が返事をする。


「あ、あんた。この間の?」


 彼は前回優斗が話しかけた部員だった。



「ああ、ちょうど良かった。今日、キャプテンはいる?」


 部員が首を振って答える。


「残念。今日は地方予選抽選日で出掛けちゃってるよ」


「マジか……、いつ戻る?」


「さあ。いつかは分からない」


 少し考えた優斗のスマホが鳴る。表示は優愛。



『ちょっと、あなた! どこで何やってるの! ビラ配り手伝ってよ!!』


『えっ? あ、ああ、分かった!』


 慌ててそれに応えて電話を切る優斗。そして部員に言う。



「すまん、また出直すわ」


「そうしてくれ……」


 そう言って優斗は未だビラ配りが終わらない優愛達の元へと駆け出す。





「はい、これ! あなたの分!!」


 優愛達と再び合流した優斗に、どっさりと余ったチラシが渡される。



「え、全然減ってないじゃん……」


 優斗が渡された大量のチラシを手に唖然とする。優愛が言う。



「仕方ないじゃん! 誰も受け取ろうとはしないし!!」


 優斗は苦笑いをしてそれに応えた。




「あの、優斗さん……」


 再びビラを配り始めた優斗に、再び琴音が話し掛ける。


「琴音? どうした??」


 琴音は心配そうな顔で優斗に言う。



「野球部の方はどうでしたか……?」


 優斗が首を左右に振って答える。


「うーん、キャプテン今日さ、地方予選の抽選会に行っていないんだって」


「そうでしたか……」


 後でひとりで野球部を尋ねようと思っていた琴音が黙り込む。優斗が笑顔で言う。



「まあ、大丈夫! 何とかなるさ」


「は、はい……」


 琴音はそれに小さく頷いた。


 その後優斗の大車輪の活躍で何とか全てのビラを配り終え、ホームセンターで備品の買い物を行う。荷物は勿論男というだけで優斗がすべて持たされ、汗だくになって学校まで持って帰った。






(本当にうちのお姫様は人使いが荒いよな……)


 マンションに戻りひとり夕飯を食べていた優斗が優愛のことを思い出して苦笑する。

 いよいよ明後日に迫ったボランティア清掃。優愛にとって生徒会長に就任して初めての『宮北との対戦』。彼女の気合もモチベーションもここに来てぐっと高まっているようだった。



 ティロロロロン……


 そこへテーブルに置いていたスマホの着信音が響く。


「あれ、優愛? こんな時間に??」


 まだ食事中。いつもより早い時間だ。



『はーい、優愛?』


『……なによ、その軽い返事』


 涼しげなワンピースにカーディガン。可愛らしい服に着替えた優愛がスマホに映っている。綺麗な黒髪をかき上げながら優愛が言う。



『業務連絡よ』


『い、いいけど、ちょっと早くねえか?』


 そう言った途端、優愛がスマホを持って顔を近づけて言う。



『な、なによ!! 私とは話したくないわけ?? あんなに下級生達とは仲良くやっていたのに!!』


(はあ?)


 確かにビラ配りの際にたくさんの下級生と話したし、清掃に来て貰うようお願いをした。それが仲良くやっていたように見えたのだろうか?



『仲良くって、ただビラを配ってお願いしていたんだろ?』


『ふん! 信じられないわ。生徒会の仕事にかこつけてナンパするなんて!』


『お、おい。いくらなんでもナンパは酷いだろ!』


 少し怒り気味になった優斗を見て、優愛がトーンダウンする。



『だ、だって、あなたが他の女の子達と……』


 そこまで言った優愛がはっとした表情になって言い直す。



『な、何でもないわ!! 今日の業務連絡は終わり。じゃあね!!』


『あ、おい、優愛!!』


 優斗がそう叫ぶよりも先に映像が切られる。少しの間。すぐに優愛の声がスマホから漏れる。



『……構ってよぉ。優愛のことももっと構ってよぉ』


 そっと優斗が通話を切る。



(か、構ってって、十分構っているような気がするけど。間違いなく俺の生活の中で一番絡んでいるぞ、お前とは……)


 優斗はいつもの様にひとりデレる優愛を可愛いと思いつつも、何か色々と勘違いされている現状に苦笑した。






 翌朝、登校した優愛に副会長のルリが言う。


「あ、優愛、来た来た~!」


「あら、おはよ。ルリ。どうしたの興奮した顔で?」


 明らかにいつもとは違う顔のルリ。ピンクの髪を左右に振りながら言う。



「結果が出たよ~、中間試験のぉ!!」


「あらそう。じゃあちょっと見てこようかしら」


 成績優秀の優愛。ほぼ毎回学年のテストでもトップを取る才色兼備の彼女。もちろん今回のテストも手応えはあり、学年トップだと確信していた。



(そう言えばあいつ、私に勝ったら段ボール箱をやめてくれって言ってたっけ。うふふっ……)


 そんなことを思いながら優愛が人だかりができている掲示板の前までやって来る。そして気付いた。いつもと違う空気に。



 ――えっ?



 優愛はその貼りだされた上位の名簿を見て驚いた。



(わ、私が、二位……)


 いつもの指定席ではなく、それよりひとつ下の位置。

 あり得ない場所に震える優愛の目に、その学年トップのその名前が映った。



『1.上杉優斗』



(う、うそ……、あいつが私より上って……)



「おー、俺、一位じゃん。やった!」


 そんな優愛の後ろから、そのトップに輝いた本人の声が響く。



「ゆ、優斗!?」


 優斗は優愛の頭越しに成績表を見て満足げに頷いて言う。



「なあ、優愛。俺がテストで勝ったら段ボール箱は卒業だったよな?」



「あ、あの、それは……」


 優斗は笑顔で優愛の両肩に手を乗せ言う。



「今日から楽しみだな、生徒会室!!」


「ちょ、ちょっとそんな……」


 振り返った優愛。

 優斗の満面の笑みを見て、完全に降参だと心から思ってしまった。

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