第二章「ボランティア清掃対決!!」

10.宮北に全勝する!

「優愛、可愛いよ」


「あ、当たり前でしょ。……でも、嬉しい」



 中学二年の夏休み。

 中学生だった優愛は仲の良かった男友達とふたりで夏祭りに出掛けた。長く黒い髪をアップにして、少し無理してお小遣いで買った浴衣を着て行ったお祭り。

 幸せだった。自分が幸せだと周りの人達も皆幸せなんだと思えた。



「ねえ、石井君」


「なに?」


 綿菓子を食べながら歩くふたり。出店が並び賑やかな祭り。少し見上げれば真っ黒な空。いつもと違う雰囲気が優愛を特別な気持ちにさせた。



「前言った約束覚えてる?」


「約束? ああ、優愛を幸せにするってやつ?」


「……うん」


 夢見頃な中学生。そんな安っぽいロマンチックな言葉にも簡単に酔えてしまう。男が言う。



「当たり前だろ。男に二言はない」


「うん、ありがと」


 優愛は幸せだった。

 相手の男は生徒会で一緒に仕事をしている男。ユーモアがあって面白く、それでいて真面目で頼りになる。自然と優愛は彼に惹かれていった。


 ただそれは、幼い子供の『恋愛ごっこ』だったと後で知ることなる。




「うそ、でしょ……」


 その頃、優愛の病気のことが明らかになった。

 告げられる病名。下手をすれば後数年しか生きられないという現実。まだ中学生だった優愛にはとても耐えられるものではなかった。父は悲痛な顔で涙を流したが、はあまり興味がなさそうに聞いていたのも更に彼女を苦しめた。



「石井君、実はね……」


 生徒会の会合を終えた帰り、ふたりきりになった時に優愛はそのことを男に告げた。



「マジで……?」


 心から驚いた顔をする男。

 優愛は初めての薬物治療を経験し、めまいや吐き気などの副作用があることを話した。男が引きつった顔で言う。



「だ、大丈夫だよ。多分治るよ……」


 ただこれ以降、男は優愛と距離を置くようになる。

 まだ子供である中学生に、他者のそのような重い病気を背負うだけの気概はなかった。やがてその男は別の女の子と仲良くなり、そして付き合うようになったと聞いた。



 ――男なんて、絶対に信じない!!!



 こうして優愛の男嫌いの土壌が形成された。

 中学三年になると病気を抱えながら生徒会長になり、徹底して男嫌いを前面に出す生徒会を結成。教諭に何度も注意されながらもその方針を貫いた。



 高校は治療で通う専門病院の近くある宮西に進学することにした。

 自宅からはかなり遠い場所にあったので、父親に無理を言ってひとり暮らしを始める。病気の進行もほとんどなく幸い症状も安定していたので、優愛は普通に高校生活を送ることができた。

 ただ深い闇の中にいた彼女、心に傷を負った彼女に手を差し伸べることができる人間は誰も居なかった。



『きっと大丈夫だから!』


 そんな優愛の前に、再び無責任なことを言う男が現れた。上杉優斗、銀髪の男であった。






「以上で生徒会からのお話を終わります! 楽しい学校生活にしましょう!!」


『新入生歓迎会』の最後、生徒会長の優愛は笑顔で緊張する新入生に向かって言った。

 宮西のこと、部活のこと勉強のこと。不安な日々が始まった彼らにとって、それはとても頼もしい上級生からの挨拶であった。



「ああやって見ると優愛はマジで頼りがいのある生徒会長だよな」


 同じ壇上で生徒会執行部として座っていた優斗がひとりぼそっとつぶやく。


「優斗さん、優愛ちゃんに失礼ですよ!!」


 それを隣に座って聞いた琴音が少し笑って優斗に言う。鷹揚で落ち着きある優愛の挨拶。それだけ見ると男嫌いなど微塵も感じさせない。



(終わった……)


 生徒会長としての挨拶を終え、壇上で深く頭を下げる優愛。

 貫禄すら感じる彼女の立ち振る舞いだが、実は内心不安で一杯であった。大勢の前で話をする。そんなことが得意な人間など稀有である。

 以前は緊張で眠れなかったこのような状況。でもいつしか彼女の心の中にある言葉が繰り返されるようになっていた。



『きっと大丈夫だから』


 その言葉は不思議と魔法のように彼女をリラックスさせた。大嫌いだった無責任なその言葉。いつから自分を安心させる言葉になったのかを彼女は知らない。






「もう暑いぐらいだな」


 早朝の日課を終え、自転車から降りた優斗がひとり言う。着ていた服は汗で濡れ心地よい疲れが体を覆う。すぐにマンションへ帰りシャワーを浴びて学校の支度をした。



「よお、おはよ。優愛」


 朝の学校。まだ少し空気が冷たい教室に入った優斗が先に来ていた優愛に声を掛ける。



「ふん!」


 優愛がわざとそれに対して首を背ける。


「お前さ、生徒会長なのに挨拶ぐらいしろよ」


「び、備品にする挨拶などないわ!」


「備品って、お前だって備品に囲まれて暮らしているだろ? 備品無しじゃ生きられないだろ?」


 優愛が顔を赤くして優斗に向かって言う。



「う、うるさいわね! あなたは黙って私の傍に居ればいいの! 分かった!?」


「はいはい」


 優斗はそれを流すようにして笑って応える。


(もぉ!!)


 そんな当たり前の日常。優愛にとっては不思議と新鮮だったし、ある意味それがことが恐怖でもあった。






「それでは『ボランティア清掃』の打ち合わせを始めます」


 その日の放課後、生徒会室に集まった皆を前に優愛が言った。

 季節は五月になり、校庭にある木々は爽やかな新緑となっている。朝夕は寒さから涼しさに変わり、一年でもとても過ごしやすい季節を迎えている。副会長のルリが尋ねる。



「優愛~、今年はどこやるの? 掃除ぃ」


 ピンク色の髪をいじりながらふわふわと揺れながらルリが尋ねる。


「中央公園付近よ」


 宮西と宮北のほぼ真ん中にある大きな公園。休日になると家族連れでにぎわう自然豊かな公園だが、人が多い分ごみも多い。



「中央公園か、広いですね……」


 茶色のボブカットの琴音もため息交じりに言う。


「そんなに広いのですか?」


 少し離れた場所に暮らす計子が尋ねる。学校付近の地理に詳しくない。ルリが答える。



「広いわよ~! 人がた~くさん入れるぐらい広いよ!!」


 主観的過ぎる説明だが、彼女の表情でとても広いということはよく伝わった。立ち上がった優愛が机に両手を乗せて言う。



「とにかく広い中央公園の清掃だから人手がいるわ。今のところの協力状況は?」


 琴音が手にしたノートを開いて答える。



「手芸部、吹奏楽部から数名、放送部、映画を楽しむ会にも声は掛けてあります……」


「全然足りないわね……」


 元々男嫌いの優愛であり、その方針が貫かれている生徒会。動きも良く元気な男子部員が多い部活には誰も声を掛けられていない。優斗に尋ねる。



「ねえ、そう言えば野球部はどうなったの?」


 男子部員の数が最も多い野球部。協力を得られれば大変大きな戦力になるが、野球部も夏の地方予選を控え今は忙しい時期だ。優斗が答える。



「野球部? ああ、忘れてた。大丈夫、きっと何とかする」


 優愛が腰に手を当てて言う。


「あなたね、何そのなにも根拠のない答えは? 大丈夫なの?」


「だからこれから交渉に行くから大丈夫だって」


「ふん! 備品のくせに!!」


 優愛は腕を組んでプイと顔を背ける。副会長のルリが皆に言う。



「とりあえずぅ、みんなで声かけられるとこには声かけようか~」


「そうですね」


 優斗同様に新加入の計子もそれに頷いて答える。



(野球部か……、はあ……)


 そんな中でもただひとり、琴音だけがその言葉を聞いて小さくため息をつく。優愛が言う。



「じゃあボランティア清掃に向けて、ひとりでもたくさんの人に声を掛けて協力を仰げるようにお願いします。それでは今日の会議は終了します!」


「はい!」


 そう答えて立ち上がる一同。琴音だけがひとり浮かない顔をしてゆっくりと立ち上がる。



(宮北に全勝する!)


 決意を心に刻んだ優斗。決して顔には出さないが、優愛の願いを叶える為の力強い一歩を踏み出した。

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