7.ライバル!?

「さて……」


 始業式を終えた生徒会執行部のメンバーが生徒会室に集まる。

 部屋の真ん中に置かれたテーブルに会長の優愛ゆあ、副会長のルリ、書記の琴音、そして会計の計子が座る。



「なあ……」


 優斗がひとり手をあげる。


「なにかしら?」


 それに優愛が答える。



「いい加減、俺もそっちに座りたいんだが」


 テーブルの後ろに置かれた段ボール箱。新年度になっても優斗の席はそこから変わらなかった。優愛が言う。



「び、備品はそこで十分よ!」


 会計の計子が立ち上がって言う。



「また備品って言った!! それに優斗さんだけあんな所に座らせるのはおかしいんじゃないですか!!」


 優愛が計子をぎっと睨みつけて言う。


「備品は備品でいいの! あなたには関係ないわ!」


「関係あります! さ、優斗さん。私と一緒に座りましょう」


 そう言って座っていた自分のイスを半分、優斗の為に空ける。

 ひとり用のイス。半分空けられたイスに座った計子の真っ白な太ももが制服のスカートからのぞく。優斗が少し戸惑いながら答える。



「あ、ああ、今日はいいよ。後で他の部屋からイス持ってくるから」


「か、勝手なことはしないで……」


 そう言いかけた優愛にルリが言う。



「優愛ぁ~、もういいじゃん。優斗君いなかったら、生徒会も大変だよ~」


「そ、それは、そんなことはないはずだけど……」


 ややトークダウンする優愛。すぐに大きく息を吐いてから机に置いてあったプリントを皆に配る。



「まあ、いいわ。みんな、これ読んで」


 手渡されたプリント。

 そこには卒業までの生徒会年間スケジュールが書かれてあった。実際、年末の次の選挙が終わるまでの日程なので年明け以降は活動することはないだろうが、皆はそのスケジュールの多さに黙ってプリントを見つめる。

 春の新入生歓迎会にボランティア清掃活動、水泳大会に文化祭、生徒会役員選挙など一年ぎっしりと詰まっている。優斗が言う。



「おお、色々忙しそうだな。わくわくするぞ!!」


「そ、そうですよね。やっぱり優斗さんみたいにいろんなイベントを楽しんだ方がいいですよね……」


 優斗に同意するように琴音が言う。



「あれ?」


 優斗があることに気付いて尋ねる。



「なあ、イベントの名前の幾つかがになっているけど、なんか意味あるのか?」


 ボランティア清掃活動や水泳大会、文化祭など多くのイベントが太字で強調されている。優愛が腕を組んで答える。



「それはとの対決イベントよ」



宮北みやきた? 対決??」


 まったく意味の分からない優斗が首を傾げて尋ねる。優愛の隣に座っていた副会長のルリが優斗に言う。



「あ、そっか~、優斗君は転校したばかりだから知らないんだよね~。宮北ってのは宮西うちの姉妹校でぇ~、年間を通していろんなイベントで対戦してるんだよ~!」


「対戦? どうして??」


 まだピンと来ない優斗が再度聞き返す。今度は琴音が説明する。



「あ、あのですね。元々姉妹校で色々仲良く行事をやっていたらしいんですけど、いつしかお互い競い合うようになってしまったみたいで、水泳大会や文化祭はもちろんですけど最近は清掃活動まで競争しちゃってるんです……」


「そうだったのか……」


 優斗が頷いて言う。多感な高校生なら考えられないことはない。静かになる生徒会室。そして優斗がそのをした。



「それで去年の対戦成績はどうだったんだ?」


「……」


 元気だった優愛をはじめとする皆が静かに口を閉じたまま動かない。優斗が再度尋ねる。


「おい、どうしたんだ? 去年は……」



「……全敗よ」



「え?」


 腕を組んだままの優愛が悔しそうな表情を浮かべて言う。



「全部負けたの。ひとつも勝てなかった」


「……マジか?」


「本当だよ~」


 余り悔しそうな顔をしていないルリが答える。立ち上がった優愛がテーブルを叩いて皆に言う。



「今年の目標は学校イベントを皆で楽しむこと。そして、宮北にして宮西の栄光を取り戻す!! 頑張るわよ!!!」


「「はいっ!!」」


 優斗以外の皆がそれに片手を上げて反応する。



(な、何だか良く分からないけど、宮西うちにとって宮北ってのは絶対負けられない相手なんだな……)


 更に優愛が真剣な顔で皆に言う。



「それからみんなも薄々気づいていると思うけど、今日の午後にその宮北生徒会執行部と『初顔合わせ』があるわ」


「初顔合わせ? 何だそりゃ……」


 唯一分からないと言った顔をする優斗に計子が言う。



「初顔合わせってのは、ライバルの宮北を仕切っている生徒会執行部との交流会のことなんですよ」


「は? それってこれから宮北の生徒会に会いに行くってことなの?」


 少しずつ状況を理解し始めた優斗が尋ね返す。



「そうよ。言わばここから戦いの火ぶたが切って落とされるの。分かる?」


「あ、ああ……」


 正直あまり良く分からない部分もあったが、とりあえずその『宮北』ってのに色んなイベントで勝てばいいんだと言うことは分かった。優愛が言う。



「さあ、じゃあ出掛けるわよ。準備して」


「はーい!」


 優斗を始めとした皆がそれに応え、鞄を持って立ち上がった。






 電車に乗り込んだ宮前西高校の生徒会執行部。

 車窓から見える桜は既に散り始めており、時間が経つ早さを感じる。道路にはまだ真新しい制服を着た初々しい生徒が歩く姿も見える。


「はあ……」


 優斗の隣に座った優愛が珍しくため息をつく。それに気付いた優斗が声をかける。



「どうした? そんなに宮北に行くのが嫌なのか?」


 昨年対決で全敗した相手。気持ちが落ち込むと言うのも分かる。優愛が首を振って答える。



「そんなんじゃないの。『新入生歓迎会』の後にボランティア清掃があるんだけど、これが最初の対決イベントになってて……」


「ボランティア清掃で対決って、どういうこと?」


「ええ、要は毎年学校が指定した区域をそれぞれの学校が清掃するんだけど、回収したごみの量なんかでどっちの学校が頑張ったか発表されるの」


「……よく分からんな」


 ちょっと首をひねって優斗が言う。



「何が?」


「だって、ボランティア清掃だろ? 何でそんなんで争ったりするんだ? みんなで頑張ってやればいいじゃねえか」


 外から見れば尤もな意見なんだろう。本質的に間違っている。ただ長年競い合ってきた学校の当事者からすればそう簡単に割り切れるものではない。


「とにかく頑張らなきゃいけないの! いい? 分かった??」


 ちょっとだけむっとした優愛が語気を強めて言う。


「わ、分かったって。みんな集めて頑張ろうぜ!」


 優斗が小さく握りこぶしを作って優愛に言う。



「……はあ」


 ため息をつく優愛。



「なんだ、まだ問題があるのか?」


 優愛が優斗の方を見て言う。



「あるわ。全然が集まらないの」



「は? 人??」


 優斗が聞き返す。


「そう、人。放課後なんてみんな部活や勉強で忙しいから、全然協力してくれないのよ」


「なるほど」


 ボランティア、しかも清掃活動なんて好き好んでやる高校生は多くはない。放課後は遊びに行ったり部活に打ち込むことの方が自然だ。優斗が言う。



「俺もどこかの部活に協力してもらうよう頼んでこようか?」


 それを聞いた優愛の目が輝く。



「本当に? あなたがそうしてくれるなら助かるわ!」


 優斗が頷いて尋ねる。


「分かった。一番部員の多い部活ってどこなの?」


「そうね、……野球部かな」


 少し考えた優愛が答える。



「野球部か……」


 優斗もその言葉を繰り返す。


「そう、弱いくせに不思議と人数だけは多いのよね。野球部が手伝ってくれればきっと勝利も見えてくるわ!」


 実際元気だけはある野球部員が来てくれれば大きな戦力となる。宮西、宮北共に清掃活動については自然と女生徒の比率が多く、勝利には体力があり重いゴミ袋を運んでくれる男子の協力は不可欠。優斗が言う。



「よし、分かった。俺に任せろ、大丈夫!!」


「……何でそんなに自信があるわけ?」


 転校して来たばかりの生徒ひとりが野球部を説得できるはずがない。申し出は有り難かったが、あまりの自信に優愛が逆に不安になる。優斗が答える。



「だって、ダメだって思ってたらきっとダメになる。だから大丈夫って思うんだ」


「はあ……」


 優愛は何の根拠もない自信に改めてため息をついた。






「さあ、着いたわよ! 決戦の地!!」


 電車を降り、歩いてやって来た宮前北高校。優愛達の姉妹校であり、ライバル校でもある。

 始業式も同じ日だった為高校にはほとんど生徒の姿はなかったが、少し見かける宮北の生徒達の制服は宮西とは全く違うものであった。



「おお、おっきなリボンが可愛いな!」


 宮西と違い胸に大きなリボンがある宮北の制服。垢抜けていて可愛い。それを見た優斗が何気なく言った言葉に優愛達が反応する。



「裏切り者」

「優斗の、えっち~」

「て、敵前逃亡は良くないです……」

「私の方が可愛いはず」


 冷たい視線に立て続けの言葉。優斗が思わず後ずさりすると、その可愛い声が一面に響いた。



「やっほー、いらっしゃ~!! 宮西のみんなぁ!!」


(え?)


 その甲高い声に皆が振り返る。

 そこには真っ赤で腰まであるツインテールに大きなリボンをつけた美少女が手を振って駆けて来る。それを見た優愛が眉間に皺を寄せて言う。



「来たわね、十文字じゅうもんじっ!!」


 十文字と呼ばれた美少女は、優斗達の前まで来るとにこっと笑って言った。



「みんなぁ~、よろしくね! 宮北の生徒会長の十文字鈴香すずかでーーーすっ!!」



(え? こいつが宮北の生徒会長!?)


 予想と全然違った相手。ぼうっと彼女を見つめる優斗の視線に鈴香が気付く。



「あれ……?」


 鈴香が優斗に近付き顔をジロジロと見つめる。



「な、なんだよ……?」


 鈴香が両手を口につけ嬉しそうな顔で言う。



「あ、あのぉ、もしかして『一本足の疾風』さん??」



(うっ!)


 優斗が無言で固まる。鈴香が笑顔で優斗の両手を握って言う。



「わ、私、あなたの大ファンでした!! こんなところで会えるなんて、嬉しーーーーーーいっ!!!」


 優斗を除いた宮西の生徒会メンバーに静かに火がついた。

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