6.新年度、生徒会本格始動!

 三月の学校帰り、すっかり暗くなった駅までの道を優斗と計子が一緒に歩く。真っ赤な眼鏡に黒のおさげ。計算が得意な彼女は両手で鞄を持ちながら優斗に話し掛ける。



「変な名前だと思いませんか、計子って?」


「どうして? そんなことないと思うけど」


 計子は少し下を向きながら話を続ける。



「お父さんがね、とっても数学の好きな人で、子供の頃のおもちゃってずっと計算機ばっかりだったの」


「計算機? それは変わってるな」


「でしょ? 毎年『新型の計算機だ!』とか言って新しいの買って来て、だからうちには計算機がいっぱいあるんです」


「それはある意味凄いかも」


 優斗が苦笑いする。



「はい。だから自然と私も計算が好きに、好きというか得意になっちゃって。計算することが当たり前になっちゃったんです」


「なるほどね。それにしてもあの会計処理能力は凄い。マジで凄い。計子が生徒会に入ってくれて本当に嬉しいよ」


「そ、そんなこと。……私も優斗さんと一緒に居られて嬉しいです」


 薄暗くて分からないが、計子は自分の顔が赤くなっていることを感じる。



「俺、来年の卒業後はアメリカに行かなきゃならないんだ」


「えっ」


 計子が驚き優斗を見つめる。



「親父が転勤族でね。小さい頃からずっと」


「そう、なんですか……」


 そう答えつつも計子は自分の心が大きく鼓動していることに気付いた。



「だからさ、俺、その転校先で精一杯頑張って悔いのないように過ごしたいんだ。今回は縁あって生徒会に入ったんだけど、卒業まで全力で頑張りたい」


「はい……」


 乾いた声。意外な事実を知った計子に動揺が広がる。優斗が言う。



「だから計子みたいな頼りになるやつが来てくれて、俺、本当に嬉しいんだ」


(優斗さん……)


 眼鏡におさげ、趣味が計算と言う変わった自分を目の前の人は本気で必要としてくれている。

 クラスでも地味で目立たなかった存在。これまでの人生でも特に大きな不満があった訳ではないが、自分を必要としていると言われて嬉しい気持ちがじわじわと体を包む。



「私なんかで、お力になれれば……」


 を感じた。

 計算以外何の取り柄もなかった自分を生徒会会計に推してくれた。初日だが、人の役に立つ喜びを感じることができた。優斗と一緒に頑張りたい。だからやはり聞かずにはいられなかった。



「……あの、優斗さん。ひとつお聞きしてもいいですか?」


 改まった言い方に優斗が少し計子の顔を見て言う。


「なに?」


 計子は前を向いたまま静かに尋ねた。



「あの朝の、……目的は何なんですか?」



 一瞬優斗が無言になる。少し間を置いて尋ねる。



「なんで知ってるの?」


「家が近いんです、あそこの」


「なるほど」


 優斗が頷いて答える。



「理由は、ごめんね。言えない」


「……」


 それは分かっていた。

 分かっていたけどやはり聞かずにはいられなかった。計子が笑顔で言う。



「そうですよね。ごめんなさい」


「ううん、いいんだ。気にしないで」


 優斗も笑顔でそれに応えて言った。






 マンションに帰った優斗。時計を見るといつもよりずっと遅い時間になっている。


「生徒会の仕事も結構大変だな。今日はレトルトで済ますか」


 そう言いながらキッチンの戸棚の中を探していると、鞄に入れてあったスマホが鳴った。



「あれ、まさか優愛?」


 ラインのビデオ通話の着信音。すぐにスマホを取り出し答える。



『優愛? どうしたんだ??』


 いつもよりもずっと早い連絡。まさか何かあったのかと優斗が心配する。スマホの画面にはまだ学生服を着たままの優愛が映っている。



『どうしたんだって、業務連絡でしょ?』


(え? 業務連絡って、さっきまで一緒に居ただろ……)



 先程まで一緒に居て会計作業をしていた優斗と優愛。帰宅早々業務連絡って一体なんだろうと優斗が考える。


『なに、その不満そうな顔は? 私じゃなくて、計子の方が良かったわけ?』


(はあ? 何でそうなる??)


 一瞬で分かる不機嫌そうな優愛の顔。優斗は半ば無理やり計子を生徒会に入れたのを怒っているのかと勘繰る。



『ごめんなさいね、私で! ふん!!』


『なんにも言ってないだろ? それよりいつもより早くねえか?』


 その言葉を聞いた優愛の表情が一変する。



『なによ! 私と話したくないの!?』


『だから誰もそんなこと言ってないだろ』


 優愛はむっとしたままの顔で言う。



『不愉快だわ。とっとと業務連絡を始めるわよ』


『あ、ああ……』


 優斗はいつも通り先程まで聞いていた内容のおさらいを優愛の口から再度聞く。一通り同じことを伝えた後で優愛が言う。



『あ、あなたさ、あの計子って女と何かあったの?』


 意外な質問に驚く優斗。


『いや、俺は何も知らない』


『うそ! 楽しそうに話してたじゃん!!』


『楽しい楽しくないは別として、生徒会を手伝ってくれることに感謝していただけだよ』


『本当にそれだけなの?』


『それだけだって。俺、初対面だし!』


 少しだけ優愛の顔の表情が和らぐ。



『ま、まあいいわ。それじゃあ明日もちゃんと学校と生徒会に来るように! じゃあね』


『あ、ああ……』


 スマホの画面の中で軽く手をあげる優愛に、優斗も同じように手を上げて答える。



(全く怒ってんだか怒ってないんだか……)


 そんなことを考えていると、いつも通りに映像だけ消されて暗くなったスマホの画面から優愛の声だけが聞こえて来た。



『優斗くぅんの浮気者……』



(はぁ!?)


 すぐに通話を切る優斗。

 もっと聞きたい気持ちはあったがやはり良心が許さない。



「って言うか、なんだよ『浮気者』って!? 一体どういう頭してんだ!!??」


 優斗ははあと大きな息を吐いてから、戸棚にあるレトルトカレーを再び探し始めた。






 翌日からも優愛率いる生徒会執行部は、年度末に向け収支報告書の作成に没頭した。


「できたーーーーっ!!!」


 計子という強力な助っ人を加えた生徒会は無事に余裕をもってこれを作り終え、同時に進めていた『卒業生を送る会』も無難にこなした。



「男の人が入ってくれてほんと大助かりです!」


 琴音が笑顔で感謝する。

 机や意外と重いパイプ椅子の設置など力仕事も多い生徒会。唯一の男子メンバーである優斗は、それこそ優愛やルリに顎で使われ続けた。




 そして四月。新年度を迎えた。



「「あっ!!!」」


 学校の校庭にはちょうど満開を迎えた桜が咲き誇り、最近ぐっと暖かくなってきた春の心地良い風が舞う中、その新しい教室に入ったふたりは顔を見合わせて声を出した。



「ゆ、優愛!?」

「優斗!?」


 新しい教室。新しい席。

 偶然にもふたりは同じクラスで、再び隣同士になっていた。優斗が驚いて言う。



「マジかよ!? また優愛の隣か?」


 三年になり新たな気持ちになっていた優斗だが、ほぼ先月までの環境と変わらない。それを聞いた優愛が頬をぷっと膨らませて言う。



「な、何よ、その言い方!! 本当は嬉しいんでしょ? 私の隣になって」


「いや、まあ、慣れた奴が隣にいるのは、まあそれはそれで悪くはないけど……」


『悪くはない』という言葉に引っかかった優愛が強い口調で言う。



「悪くない、ってどういう意味よ! 嬉しいなら嬉しいって言いなさい!! 備品のくせに!!!」



(備品か……)


 再び呼ばれたその別称に優斗が苦笑いしていると、優愛の背後から低い声が掛けられた。



「神崎さん、また備品って言った……」


(え?)


 その声に驚く優愛。振り返るとそこには赤い眼鏡におさげの女の子が立っている。



「あ、計子!? あなたもまさか同じクラス??」


 頷く計子。

 更に左右から声がかかる。



「私も一緒です!」

「私もだよ~」


 茶色いボブカットの書記の琴音、そしてピンクの髪が美しい副会長ルリ。驚くことに生徒会執行部がすべて同じクラスになっていた。



「うそ? みんな同じクラスになったんか??」


 驚いた優斗が皆を見て言う。優愛が腕を組みながらため息交じりに言う。



「はあ、なんかそうみたいね……」


「なに~、優愛~、一緒じゃヤダの~??」


 ルリが優愛の顔に近付いて尋ねる。



「そんなことはないわよ。さ、今日からまた生徒会執行部、本格始動よ!!」



「了解~!!」


 ルリが敬礼するのを皆が真似て言う。優愛が優斗の方を向いて言う。



「特にあなた。ちゃんと私と一緒に生徒会室へ行くこと。いいわね?」


 優斗も敬礼してそれに答える。



「了解です。生徒会長様!!」



「きゃはははっ!!」


 皆が笑いに包まれる。

 新年度、新たな気持ちを胸に生徒会が本格始動する。

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