5.新入部員の計子ちゃん

「優斗さんにお願いされたら、私、手伝ってもいいかな~」


 赤い眼鏡を掛けたおさげの女の子、一見地味だが隠れ美少女の山下やました計子けいこは座っていた優斗の腕にしがみ付きそして甘い声で言った。



「お、おい、ちょっと!?」


 いきなりの行動に焦り驚く優斗。だがそれ以上に生徒会長である優愛ゆあがすごい剣幕で怒鳴りつける。



「あなた、何してるの!! ふざけないで!!!」


 優斗の腕にしがみ付いたまま山下が答える。


「何って、私、優斗さんに興味があるんだけど。だから彼のお願いなら聞いてあげてもいいかなって」


「な、何よ、それ!? あなた優斗とどういう関係なのよ!!」


 優愛が額に青筋を立てて問い質す。優斗が答える。



「ちょっと待てって。俺は知らないぞ、初対面だって!!」


「うふふふっ……」


 それを聞いた山下が意味ありげな顔で笑う。優愛が言う。



「知ってるんでしょ!? 知ってなきゃおかしいじゃん!! 言いなさいよ、どこで知り合ったの!!」


 引っ越してきて間もない優斗。他のクラスに知り合いなどそれ程いるとは思えない。優斗が答える。



「いや、だから本当に知らないって!! おい、お前もいつまでもくっついてるんじゃないって!!」


 そう言って無理やり山下を離そうとする優斗に対し、彼女は耳元で小声でささやく。



「私は知ってますよ。、お疲れ様です……」



(えっ)


 それを聞いた優斗の体が止まる。



(こいつ、知ってんのか? 朝のこと……)


 腕にしがみ付いている山下をじっと見つめる優斗。優愛が言う。



「ほらほら!! やっぱり知り合いじゃん!! どういうことなの!!!」


 優斗が答える。



「いや、だから、本当に知らない。俺は……」


 心当たりがない優斗。だがしかし、まったく知らないとは言えないようだ。見かねたルリが皆に言う。



「もう、どっちでもいいじゃん~、山下が手伝ってくれればうちらは大助かりだし、優斗ぉ~、あなたからもお願いしてよ~」


「まあ、別にそれぐらいは……」


 それを聞いた優愛が机を叩いて言う。



「そんなの嫌よ!! どうしてこんな女の言いなりになる訳?? あなた!! 備品のくせに勘違いしてない??」


 優斗にしがみ付いていた山下が優愛を睨みつけて言う。


「神崎さん、優斗さんに向かって『備品』ってどういう意味?」


「どういう意味? その男は、び、備品なの!! 頭数で入れているだけ。だから備品と変わらないって意味で……」



「ふざけているのはどっちよ!!」



(え?)


 優斗は一見大人しそうな山下の大きな声に驚いた。



「人のことを『備品』呼ばわりして、それが生徒会長のすることなの? 大体神崎さんの男嫌いを公の場に持ち込むこと自体おかしいでしょ!!」


「いいでしょ!! 人選を決めるのは私、あなたにとやかく言われる筋合いはないわ!!」


 睨み合うふたりの女子。山下を連れてきたルリは頭を抱えてため息をつき、大人しい琴音に至っては口喧嘩に圧倒されて固まっている。優斗がふうと大きく息を吐いてから言う。



「山下、お前の下の名前は何て言うんだ?」


「私? 計子だけど……」


 優斗は計子の両肩を持って真面目な顔で言う。



「計子、俺達を手伝ってくれ。お前の力が必要なんだ」



(!!)


 優斗の真剣な目。

 その言葉と思いは一瞬で計子の心を溶かした。



「はい、私、分かりました……」


 計子は目をウルウルさせながら答える。優愛が怒って声をあげる。



「あ、あなた!! 何を勝手に……」



「優愛っ!!」



「は、はい」


 突然優斗に名前を呼ばれた優愛が反射的に返事をする。そして優斗が笑顔になって言った。



「一緒に頑張ろうぜ、なっ!」


 銀髪の優斗。

 窓から差した夕焼けを背にしてその髪が輝いているように見える。そう言われてどきっとした優愛が再び反射的に答える。



「う、うん。分かった……」


 優斗が笑顔で言う。


「ありがとな、ふたりとも」



「え、ええ……」

「はい」


 優愛と計子はさっきまで喧嘩していたとは思えない程急に大人しくなり、優斗の言葉に頷いた。



(す、凄い。いがみ合ってたあのふたりを一瞬で黙らせた。優斗さんって一体……)


 琴音は初めて見るふたりの大人しくなる姿を見て、優斗の存在がこれからどんどん大きくなっていく予感がした。






 翌日より計子が本格参戦した。


「凄い……」


 生徒会室に響くPCと電卓を叩く音。

 計子は片手に伝票や領収書、もう片手はPCや電卓を高速で叩き次々と会計処理をしていく。目は伝票や領収書を見つめたまままるで機械のように正確に動いて行く。



「計子、マジですげえな……」


 数学も得意で計算も苦手じゃなかった優斗。成績優秀な彼は生徒会でも十分会計の戦力になれていたが、こと計算に関してはとても彼女に敵うレベルではなかった。



「ふう、疲れたわ……」


 会計処理をし始めて約二時間。

 外はすっかり暗くなり間もなく校舎の施錠時間となる。一緒に計算をしていた優斗も手を止め計子に言う。



「お疲れ、マジで助かったわ」


「いいんです、このくらい」


 優斗の言葉に笑顔で答える計子。それを見た優愛が不満そうに言う。



「ふん! まあまあね」


「優愛ちゃ~ん、そんな言い方しないの~」


 隣に座っていた副会長のルリがなだめるように言う。琴音も笑顔で言う。



「本当に計子さんのお陰で助かりました。凄く仕事が捗って」


 実際彼女ひとりの処理で、軽く他の三人の一日分以上の仕事をこなしている。優斗が言う。


「本当だよな。あ、そうだ。計子もさ、生徒会入りなよ」


「え?」


 少し驚く計子。


「だって会計の席空いてるし、そもそもこんなに収支を放って置くのがいけないんだ。使った都度ちゃんと計上して行けばこんな大変な事には……」



「ちょっと!! なに勝手なこと言ってるのよ!!」


 優愛が机を叩いて怒りを表す。



「なにって、優秀な会計をスカウトしてんだぜ。計子、どうだ?」


 おさげの計子、赤い眼鏡を触りながら恥ずかしそうに答える。



「優斗さんがそう言ってくれるなら、入ってもいいかな……」



「ダメダメダメ!!! ダーーーーーーメ!!!!」


 机を叩いていた優愛が今度は両手で大きなバツを作って言う。それを見た計子が冷たい表情で優愛に言う。



「ああ、そうですか。じゃあ、神崎さん。この会計のお手伝いは今日で終わらせて貰いますね」



「え!?」


 それを聞いて今度は優斗、ルリ、そして琴音の顔色が変わる。優斗が言う。


「ちょっと、それは困る。なあ、優愛いいだろ??」


 続いてルリ。


「優愛ぁ~、計子いなかったら収支報告できないよ~、会長、クビだよ~」


 最後に琴音。


「ゆ、優愛ちゃん。みんなで仲良くやればきっと……」



「うー、うう~っ……」


 みんなの説得にひとり頭を抱えて唸っていた優愛が顔を上げて言う。



「あー、もう、分かったわよ!! 仕方ないから入れてあげる。だけど、いい?」


「計子ちゃん、でしょ?」


 生徒会に入ったら原則名前で呼ぶ。ルリの言葉に嫌々頷いた優愛が言い直す。



「け、計子、いい? この部屋で男と接触するのは禁止! 仲良くするのも禁止!! いい? だからその『備品』と今すぐ離れなさい!!」



「……何言ってるの?」


 疲れた表情で計子が優愛に言う。



「優斗さんは備品じゃないでしょ。彼はとっても魅力的な男性よ。あなたには分からないの? 男嫌いって言うのは男を見る目もないのね」


「な、なぬうううっ!!!!」


 計子に挑発された優愛が顔を真っ赤にする。見かねた優斗が間に入って言う。



「計子、俺は別に備品でも何でもここで一緒にみんなと生徒会やれればそれでいいよ。そんなこと気にしてないからさ」


「優斗さん、なんて懐が深いの……」


 優斗に言われうっとりとした目で優斗を見つめる計子。



「それから優愛。そんなに大きな声で言ったらまとまる物もまとまらないだろ? お前には素晴らしいリーダーシップがある。つまらんことで感情を荒げたりするな」


「リ、リーダーシップ? 私が?? ……ま、まあ、備品にしては良く私を見ているわね。褒めてあげるわ」


「ちょ、ちょっと、また『備品』って言った!!」


 計子が再び不満そうな顔で言う。優斗が壁の時計を見て皆に言う。



「おい、そんな事より早く校舎出ないと閉じ込められるぞ!」


 既に施錠時間を過ぎている。皆がすぐ鞄を持って慌てて部屋を出た。




「優斗さーん! 一緒に歩いてもいいですか?」


 皆より少し先を歩いて優斗に、計子がおさげの髪を揺らしながら駆け寄って来た。



「お、計子。今日は本当にありがとな」


「いえいえ。優斗さんが喜んでくれて私も嬉しいです」


「これからもよろしくな」


 そう言う優斗に計子がにこっと笑って答える。



「ずっとよろしくって意味ですか?」


「ん? ああ、まあ……」


 卒業までという意味でとった優斗。無論計子は違う意味で受け取っている。それを後ろから見ていた優愛が言う。



「ちょっと、なんであの女、優斗にべったりな訳!!??」


 暗くなった空。吹き付ける冷たい風にピンクの髪を揺らしながらルリが答える。


「まあ、いいじゃない、今日は~。会計さん、逃げられちゃったら困るでしょ~??」


「そ、それはそうだけど……」


 不満そうな顔をする優愛の首根っこをルリが掴んで優斗達と少し距離を置く。




「ねえ、優斗さん」


 計子が黒いおさげに触れながら優斗に言う。


「なに?」


 隣を歩く優斗が答える。



「朝の、目的は一体なんなんですか?」


 優斗はまっすぐ前を向いたまましばらく無言となった。

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