3.優斗の決意

(さっきの優愛ゆあ、一体なんだったんだろう……)


 その日の夜、ベッドに入った優斗が暗い天井を見つめる。寒さで冷たい足や手をこすりながら思う。



(優愛は通話が切れていなかったのに気付かなかったのか? そんなことはないと思うんだが、だとしたらわざと? いや、そうにも思えなかった……)


 目を閉じ考える優斗。

 昼間、『備品』呼ばわりしたあの男嫌いの優愛が、男にデレるとはやはり考えづらい。


(でもあいつ、行動力あるし、なかなかすごいな……)


 そんなことを考えている内に優斗の意識が自然と消えて行った。



 翌朝、まだ暗いうちに目覚ましで起きた優斗が、日課である早朝トレーニングの支度をして出掛ける。

 最初は冷え切っていた体もしばらくすると温かくなってきて、マンションに帰ることにはじんわりと汗が滲むほどになっていた。すっかり日も昇り明るくなった部屋で朝食を食べ学校へと向かう。





「よお、おはよ。優愛」


 まだ不慣れな学校。少し遅れて教室にやって来た優斗が、隣の席に座る優愛に声を掛けた。

 一瞬、驚きの空気に包まれる教室。

 転校生とは言え、あの男嫌いで皆から恐れられている神崎優愛に、である優斗が挨拶をしたからだ。皆の注目が優愛に集まる中、彼女はその期待に応えるように言う。



「ふん!」


 そう言って優斗に顔を背ける優愛。艶のある美しい黒い長髪が揺れる。

 教室にあった緊張した空気は『やっぱり』と言う空気に変わり、皆それぞれの雑談に戻る。ただ一部の生徒からは優斗が彼女をで呼び捨てにした事に驚きを隠せない。優斗が尋ねる。



「今日の放課後も生徒会、あるのか?」


「あるわよ! ちゃんと来なさいよ!!」


 そう言って優斗の方を振り向いて言う優愛。ただ彼女自身、自分の頬が赤く染まっていることにまだ気付いていなかった。






「う~ん、疲れたな~」


 一日の授業を終え、優斗が両手を上げて背伸びをする。ガヤガヤと片づけをするクラスメート達。部活に行く者、雑談する者、帰宅する者。そんな中、副会長のルリがピンクの髪を揺らしながら優愛に言った。



「優愛~、ごめんね。今日ちょっと用事あるから少し遅れるの~」


 これから生徒会の集まりがあるのだが、どうやら彼女は遅れて来るとのこと。優愛が答える。


「分かったわ。先に行ってるから後から来てね」


「了解~!!」


 ルリは敬礼のポーズをとって手を振りながら教室を出て行く。優愛が優斗に言う。



「あなた、生徒会室の場所は覚えた?」


「いや、まだ」


「本当に男って馬鹿よね。いいわ、私に付いて来なさい」


 優愛はそう言って鞄を手にすると優斗を従えて歩き出す。優斗もそれに苦笑いしながら後に続く。クラスメート達は優愛にとって水と油であるはずの『男』が、彼女と一緒に歩く姿に驚きの眼差しを向けていた。




 ガラガラガラ……


 皆に注目を浴びながらやって来た生徒会室。ドアを開けるとまだ書記の琴音は来ていなかった。薄暗い部屋に電気をつけ鞄をごちゃごちゃした机の上に置く。食べかけのお菓子や女性雑誌が置かれたままだ。


「本当にだらしないわね……」


 自分もお昼にルリと一緒になって食べていたことなど忘れて、まるで他人事のように机を片付ける優愛。優斗も近くの椅子に鞄を置き片づけを手伝う。


「はい、これ」


 優愛がそんな優斗に一枚のプリントを手渡した。



「ん?」


 優斗がそのプリントを見る。そこには『卒業生を送る会』と書かれている。優愛が言う。



「来月、三年生が卒業するわ。その為の送り出しイベント。二年の私達が中心になってやるの。あなたも生徒会に入ったのだからきちんと読んで働きなさい」


「へえ……」


 優斗がそのプリントを見つめる。

 細かく書かれたプリントには当日の進行スケジュールや在校生の挨拶、イベント、祝いの品の贈呈などが記されている。



「これ、優愛が作ったの?」


「ま、まあね。そのくらい当然よ……」


 少し嬉しそうに優愛が答える。



「凄いよな、優愛って。こんなん考えちゃうし生徒会長でリーダーシップあるし、超有望じゃん」


「!!」


 その言葉に一瞬反応した優愛が黙り込む。そして小声で言った。



「……私に将来なんて、ないのよ」



「え?」


 優斗が聞き返す。優愛が優斗の方を向いて言う。



「将来なんてないの!! 私には……」


 突然の豹変に驚く優斗。


「ど、どうしたんだよ、優愛?」



「……」


 黙り込む優愛。



「優愛……?」


 心配した優斗が小さく名前を口にすると、優愛がそれに答えるように小声で話し始める。



「私、病気なの。悪性の腫瘍があって、だから私に将来なんてないのよ……」


 その目は赤くなり少し潤んでいる。


「悪性の腫瘍……」


 ふたりとも敢えて名前を口にしなかったがそれはとても恐ろしい病気。優斗が尋ねる。



「そうだったのか。ごめん、全然知らなくて。状況は良くないのか?」


 優愛が苦笑いして答える。


「転移はまだないけど、それがいつ起こるのか分からない。怖くて……、こうして立っているだけで時々足が震えるの……」



 こんなに一生懸命頑張っている優愛に悪性の腫瘍。

 知り合ってまだ日も浅いが、そんな彼女が病気と闘いながらこんなに頑張っていることを知り優斗は心から力になりたいと思った。



「大丈夫」



「え?」


 優斗は優愛を見つめて言う。



「きっと大丈夫だから!」


「……」


 無言になる優愛。



「大丈夫、そう思っていれば絶対に大丈夫に……」


「そんな訳ないでしょ!! 無責任なこと言わないでよ!!!」


 涙目で怒り気味に言う優愛。優斗が答える。



「無責任、確かにそうかもしれないけど、じゃあだからって『もうダメだ』ってあきらめていたら本当にそうなっちゃうよ。気持ちだけは絶対に負けないように」


「び、備品のくせに生意気なのよ!」


 優斗が苦笑いして言う。



「備品かもしれないけど、備品だって生徒会長には必要なものだろうし、備品だけど優愛の力になりたいと思ってる。何と言われようが俺は優愛と一緒に生徒会を盛り上げていきたい」


「な、なに勝手なこと……」


 優斗が笑顔で言う。



「俺、言っただろ? 最後の高校で、この生徒会で精一杯頑張るって。生徒会長の優愛を全力で支えていくって」


「か、勝手に決めないでよ!」


「勝手に決めちゃったんだ」


 優愛はプイと優斗に背を向けて言う。



「し、知らないわ。そんなこと。でもあなたがそう頑張りたいなら好きになさい! 私はもう帰るから!」


「えっ、あ、優愛!?」


 優愛は優斗に背を向けたまま鞄を手にして生徒会室を出て行く。



「怒っちゃったのかな、優愛。……それにしてもそんな病気だったなんて」


 優斗はしばらく生徒会室でひとり座っていたが、やって来た他のメンバーが優愛が帰ったことを知り全員帰宅。優斗も帰ることにした。






 夕食後、ひとり自室で勉強していた優斗。まだまだ暗く寒い自室にエアコンを入れるために立ち上がると、スマホの着信音が鳴った。


「あ、これって……」


 それはラインのビデオ通話の呼び出し音。優斗が確認するとやはりそれは生徒会長の優愛からであった。



『こんばんは』


『……こんばんは』


 私服の優愛。室内着だろうかゆったりとしたスエットを着て、髪も後ろでひとつに束ねられている。私服も普通に可愛い。優斗が言う。



『あ、あのさ、優愛。今日はごめ……』


 昼間の件を謝罪しようとした優斗に優愛が言う。


『謝らなくてもいいわ。備品は備品なりに心配してくれたんでしょ。もういいわ。それより生徒会の報告……』


『あ、優愛。そう言えばこのビデオ通話だけど……』


 優斗は昨日映像だけ切って通話が残っていたことを話そうとする。優愛がむっとして言う。



『なに? ビデオ通話が嫌だって言うの!? これは業務連絡なのよ!! あなたに否定権はないの。分かる? 備品は備品らしく黙って聞いていればいいの。もうこの話は二度としないで!!』


 凄い剣幕で一方的に捲し立てる優愛。優斗は思わず黙り込む。



『じゃあ、業務連絡するね。卒業生を送る会だけど……』


 優愛はそのまま生徒会の話をひとり始めた。そして一通り説明を終えた優愛が、目を赤くして言う。



『これで連絡終わり。じゃあ、また明日……』


『あ、優愛!!』


 優斗がお礼を言おうとするより先に、ビデオ通話のが消えた。




『……ごめんなさい』



(え?)


 再び映像が切れ真っ黒になったスマホの画面から優愛の声だけが聞こえる。



(涙声……?)


 すぐに通話も切りたかった優斗だが、予想外の優愛の悲しい声に手が止まる。




『ごめんね、優斗君。優愛のこと心配してくれているのにあんなに酷いこと言っちゃって……、本当は優愛は……』


 優斗が通話を切った。

 恐らく彼女は完全にビデオ通話の使い方を間違えているのだろう。それが分かった以上、こうやって盗み聞きをするような真似は良くない。

 優斗は机の上に置いてある参考書を隅に片付けると、スマホで検索を始める。




「あ、これがいい!! これならきっと……」


 とあるサイトを目にし、優斗が何度も頷く。

 そしてもう少し調べ物をしてから再び勉強へと戻った。

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