2.内緒のビデオ通話
「ラインのアドレス交換しよ……」
男嫌いの生徒会長、神崎
「優愛ちゃん……?」
ルリの呼びかけで我に返った優愛が首を左右に大きく振ってから言う。
「ち、違うのよ! これは生徒会の連絡用。みんなも使っているでしょ!!」
そう言いながらも頬を赤くする優愛。ルリが言う。
「そうよね~、備品君と連絡なんておっかしいと思った~」
再び体をくねらせながら笑って言うルリ。
「そ、そうよ。これは業務用。誰が備品なんかと……」
それを聞いた優斗がやや呆れた顔で尋ねる。
「んで、どうするんだ? 俺とアドレス交換するのか?」
「するわ!」
即答の優愛。
ルリと茶色のボブカットの女の子の琴音が優愛の方を見つめる。優愛が下を向いて言う。
「仕方ないから、業務用の……だから……」
最後は小さく消え入りそうな声でそう言い、そして優斗とアドレスを交換した。琴音が尋ねる。
「あ、あの、それで結局この人は……」
備品呼ばわりされて未だ自己紹介ができていない優斗をちらりと見ながら言う。優斗が答える。
「あ、ごめんな。俺、上杉優斗。今日ここに転校して来たんだ。よろしく!」
そう言って笑顔で優斗が琴音に手を差し出す。琴音がちらりとふたりを見てから、差し出そうとした手を引っ込め下を向いて答える。
「あ、あの、私は、琴音。五十嵐琴音です。書記をしています……」
恥ずかしいのか何かに怯えているのか琴音はややおどおどした態度でそう答える。そこへ腰に手を当てた優愛が割り込んで来て言う。
「仕方ないから私達も紹介してあげる。私は優愛。生徒会長の神崎優愛よ。そしてこの子がルリ、桃山ルリ。副会長よ」
ルリは長い桃色の髪に触れながら首を斜めにしてこちらを見ている。優斗はふたりに手を差し出しながら言う。
「ふたりともよろしくな!」
「……」
それに反応せず少し気まずい空気が流れる。琴音が言う。
「あ、あの、優愛ちゃん」
「なに?」
その空気を変えようとしたのか琴音が優愛に尋ねる。
「優斗君の役職は何にするの? 決まってるの?」
「役職?」
優愛が眉間に皺を寄せて考える。そして言う。
「男に役職なんて不要でしょ? 欲しいというなら、まあ『備品』かな」
「おい! 何だよ、役職が『備品』って!!」
さすがの優斗も怒り出す。ルリが言う。
「そんなに怒らないの~、備品君~」
「おい!」
何かを言おうとした優斗に優愛が言う。
「最初に言っておくけど、私は基本男が嫌いなの」
(基本??)
大の男嫌いだったはずの優愛にしては控えめな表現。ルリと琴音がやや驚いた顔で優愛を見つめる。優愛が続ける。
「だけど致し方ない理由で男が必要になりあなたを誘った。つまり、あなたは備品なの。来てじっとしていればいいの!」
少し噛みながらそう話す優愛。優斗がふうと小さく息を吐き優愛を見つめる。
「な、何よ……」
少し戸惑う彼女に優斗が言う。
「あのさ、俺、来年卒業したらアメリカへ行くんだ」
「え?」
いきなりの発言に皆が驚く。
「親父が転勤族で幼い頃から色んな場所で過ごして来たんだ。だからここに居られるのも卒業まで。短い期間しか居られないんだ」
「……」
無言になる三人。優斗が続ける。
「だからってそこでいい加減に過ごそうとは思わない。逆に限られた時間を精一杯頑張りたいと思ってる。部活や勉強、運動にこれまで一生懸命やって来た」
「優斗さん……」
琴音が小さくその名前を口にする。
「だから今日この生徒会に誘って貰ってさ、俺、決めたんだ。卒業までは全力でこの生徒会を盛り上げていく、最高の生徒会にするって。それが俺の目標。だから、マジでよろしくな!!」
そう言って優斗が再度手を差し出す。
「あ、はい。よろしくお願いします!!」
琴音だけがその手を軽く握り返し反応した。笑顔になる優斗。そして部屋にあった時計を見て皆に言った。
「あ、そうだ! 俺、今日職員室に呼ばれていたんだ!! もう行かなきゃ。ごめん!!」
そう言って鞄に手をかけ部屋を出ようとする優斗。
「あっ」
不意に優愛が声を出す。優斗が立ち止まって少し考えた顔をして言う。
「あれ、職員室ってどこだっけ?」
それを聞いた琴音が立ち上がり言う。
「あ、あの、良かったら私が案内しましょうか……」
やや自信の無い声。優斗が答える。
「助かるよ! まだ良く学校のこと分からなくて」
「な、なら、私が……!!!」
優愛が突然大きな声でふたりに言う。振り返る優斗と琴音。優愛が顔を赤くして言う。
「わ、私が、私が行く訳ないでしょ……。琴音、頼むよ……」
「あ、はい!」
琴音はそう笑顔で答え、優斗と一緒に部屋を出る。それを黙って見つめていた優愛に、ルリが尋ねる。
「ねえ、優愛さあ~」
「なに?」
「今日の優愛、なんかちょっと変だよ~」
そう言われてどきっとする優愛。慌てて否定する。
「そ、そんなことないよ。ちょっと嫌いな男がやって来て苛ついていただけ」
「ふ~ん」
苛ついていたというよりは時折嬉しそうに見えたルリ。それ以上は聞かないことにした。優愛が言う。
「さあ、来月の『卒業生を送る会』の準備、進めるわよ」
「了解~」
ルリは敬礼のポーズを取ってそれに答えた。
「驚きましたか?」
廊下に出た優斗は冷たい空気に一瞬ぶるっと体を震わせながら琴音に答える。
「ちょっとね」
「でも優愛ちゃん、とっても真面目で一生懸命な人なんですよ」
「そうだね、それは伝わって来るよ。でも正直驚いた」
優斗が苦笑しながら言う。
「男嫌いなんです、優愛ちゃん」
「それっぽいね」
「でも頼りにしてます、優斗さん」
そう言って茶色の髪を揺らしながら琴音が笑顔になる。優斗が答える。
「ああ、俺の方もよろしくね。五十嵐さん」
「琴音です」
「ん?」
琴音が笑顔のまま続ける。
「うちの生徒会ってみんな下の名前で呼んでいるんですよ。だから私も優斗さんのことは優斗さんって呼びます。だから優斗さんも私のことは琴音って呼んでください」
「ああ、そうなんだ。分かった、よろしくね、琴音ちゃん」
「はい、よろしくです!!」
琴音は少し恥ずかしそうにそれに笑顔で答えた。
「うー、寒いな」
マンションに帰った優斗。食事を終えすぐに机に向かって勉強を始める。貰ったばかりの新しい教科書。すぐに学年は終わってしまうが、改めて復習を始める。
「今日は色々疲れたけど、日課は欠かすことはできないからな」
毎朝のランニングと夜の自主学習。いつから始めたのか記憶にないがもうずっと続けている。運動神経抜群の上、成績優秀な優斗はまさに文武両道の生徒であった。
「あ~、温かくて美味しい」
机の上に置かれたコーヒーを片手に勉強を続ける優斗。そんな彼の鞄に入れたままのスマホの着信音が鳴った。
「あれ、誰だろう?」
あまり聞かない音。優斗がスマホを取り出すと、それは生徒会長優愛からのビデオ通話であった。
『もしもし?』
『あ、遅くにごめん……』
スマホの画面には私服に着替えた優愛が映っている。気のせいかやや緊張気味の顔。優愛が言う。
『きょ、今日の生徒会の報告をするわ。あなたも一応生徒会執行部なのでちゃんと聞いておいて』
『え、今から?』
優斗が時計を見て少し驚く。優愛が言う。
『な、なに!? ダメだって言うの?? 生徒会会長命令よ。黙って聞きなさい!!』
『あ、ああ、分かったよ……』
渋々優愛の話を聞く優斗。数分、優愛が話すのを聞いた優斗が言う。
『……了解。大体分かったよ。ありがとう』
『べ、別にあなたが気になったとかそう言うんじゃなくて。先生、そう先生にもあなたの生活の面倒を見ろって言われていて……』
(生活の?)
そんな話あったかと思いつつも優愛に言う。
『そうか、それはありがとう。優愛』
初めて名前を呼ばれた優愛が驚いた顔をして、そして顔を赤くして答える。
『きょ、今日はここまで!! じゃあ、また明日!!!』
『ああ、ありがとな』
優斗もスマホの優愛に軽く手を上げて応える。そしてビデオ通話の映像が切られた。
(ふう)
優斗がスマホを片付けようとしたその時、切られたと思っていたスマホから優愛の声が響いた。
『また優斗君と喋っちゃったよぉ〜!!』
(え?)
優斗が机の上に置かれたスマホを見つめる。
『優斗くぅん、もー本当にカッコいいんだからっ!!』
(え、え!? あ、通話が切られていない!!!)
ようやく優斗はビデオ通話の映像だけが切られていることに気付いた。
『どうしよう、明日また優斗くぅんと……』
そこで通話が切れる。優斗が反射的に通話を切った。
「えっ、え……」
全く予想外の出来事に優斗の呼吸が荒くなる。
「い、今の、一体何だったんだ……!?」
昼間会った鷹揚で威厳ある生徒会長『優愛』とは全く別のもの。映像だけが切れたスマホの向こうで何故かデレる優愛を思い、優斗の体は激しく脈打っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます