ツンデレ生徒会長に『備品』呼ばわりされた俺、これから君に無双します。
サイトウ純蒼
第一章「優愛と優斗」
1.男嫌いのツンデレ生徒会長
空港の喧騒がまるで心の泣く声のようだった。
その黒く長い髪の女の子は、小さなメモを手にぼろぼろと涙を流しながら空港内を走る。
(一緒に、一緒に叶えようって言ったじゃない……)
女の子は流れる涙を拭きもせず、滑走路に並ぶ飛行機が見えるガラスまでやって来て足を止める。ガラスの向こうにはゆっくりと動き出す飛行機。それはまるで少女の心を削るかのように飛び立とうとする。
「あなたが居ないこの街で、私はどう笑えばいいのよ……」
少女は涙を流しながら崩れるように膝をつき、ひとり声を殺して泣いた。
***
二月下旬の早朝。
昨晩から続く雨の中、その少女はまだ暗い朝の通学路をひとり歩いていた。
(本当に凄い雨ね。傘差していても濡れてしまうわ……)
彼女は大雨で水たまりができた道を歩きながら思う。
(やだ、靴の中にも水が入って来た……)
彼女の名前は
(あー、もう、なんでこんなに雨が降るのよ!! ……あれ?)
優愛が渡っていた交差点。傘の下から顔を出し信号機を見上げて驚いた。
「赤になってる!?」
あまりに強い雨で注意散漫になっていたのか、気付かぬうちに赤信号で渡ってしまっていた。傘に当たる雨の大きな音。不運にもその迫り来る車の音にすぐには気付けなかった。
(えっ、車……)
薄暗い雨の中、ライトも付けずに一台の車が突っ込んでくる。優愛は横断歩道の真ん中で恐怖で足が止まった。
(やだやだ、やだ……、私、もう、逃げられな……)
ドーーーーーーン!!!!
「きゃあ!!」
何が起きたのか分からなかった。
優愛は突然体に感じた強い衝撃の後、仰向けになって道路に倒れた。大きな雨の音。その雨が空から降って来るのを呆然と見つめていた。
「怪我はなかった?」
(え?)
優愛が我に返った時、自分と一緒に倒れているひとりの男に気付いた。
「あ、あの……」
上下にレインコートを着た男性。バタバタと雨が当たる音が響く。
暗くて良く顔は見えないがフードから出た銀色の髪が優愛の目に映る。
「立てそうだね。さ、危ないからもう行って」
「あっ」
男はそう言って優愛に手を貸し立ち上がらせるとすぐに歩道へと移動させる。
「じゃあ」
そして軽く手を上げてそのまま激しい雨の中、走り消え去って行った。
「男……、誰、なの……」
幸い怪我などはなかった優愛。しばらくその消え去った男の方を見つめていた。
「ふう。さて、行くか」
高校二年の優斗。
転勤が多い父親の影響で幼い頃から引っ越しばかりしていた彼は、高校生活最後となるこの新しい街に期待を膨らませていた。滞在期間は卒業までの一年ちょっとと長くはないが、それでも最後の高校生活を悔いのないよう全力で楽しもうと思っている。
「お、雨も止んだな。これは幸先いいぞ!」
早朝は台風かと思うほど激しく降っていた雨。
欠かさず続けている早朝ランニングでは引っ越し初日からびしょ濡れになってしまったが、登校時間にはすっかり雨も上がり青空が広がっている。
(ん? メッセージ?)
優斗はスマホにメッセージが届いていることに気付き確認する。
『今日から新しい学校だよな? そっちでも頑張れよ! まあ、お前ならきっと全部上手くやっちゃうんだろうけどな』
『そんな事ないよ。不安だらけだよ』
優斗は旧友からのメッセージにそう返事を返しスマホを片付ける。
「さ、行こうかな」
引っ越しと同時に父親はアメリカへ単身赴任に行ってしまいひとり暮らしの優斗。誰もいなくなったマンションに鍵をかけ駅へと向かった。
(この私が男に助けられた……)
神崎
生徒会会長の肩書を持つ彼女は、この学校の中で最も恐れられていた生徒であった。その理由は明白である。
「そこのあなた! 制服のボタンが外れています!! 身だしなみをきちんとなさい!!」
廊下を歩いていた男子学生が優愛に注意され慌ててボタンをつけ逃げるように去って行く。
「まったく男って言う生き物は……」
大の男嫌い。
優愛はとにかく男が嫌いで、見下し、そして目の敵にしていた。
「優愛~」
そんな彼女の後ろを歩いていた生徒会副会長の
「ねえ、優愛、どうするの~? 昨日のセンセーの話ぃ~」
「……」
年末の生徒会役員選挙で見事会長に選出された優愛。
他の役員は会長の独断で選ぶことができるので無論すべて女を選び、『女だけの生徒会』を発足させた。ただそれを知った市の教育委員会から指導が入り、男女平等のため『必ず男を入会させろ』との通知を受けた。優愛が答える。
「そうね……、困った話だわ。取りあえず適当な人に声をかけてみる」
そう話しながら朝の教室に入った優愛とユリ。偶然目の前にいた男子生徒に声をかける。
「ねえ、あなた……」
「ひっ!? 神崎さん!? ごめんなさいっ!!!
声をかけられた男子生徒が優愛に気付き、何故か謝りながらその場を去って行った。
「何あれ……」
腕組みをしながら消えた男子生徒の方を見つめる優愛。ルリが笑って言う。
「だって~、優愛ちゃんが怖いんでしょ~?? きゃははっ、マジ面白~!!」
ルリが腹を抱えて笑う。
「笑い事じゃないでしょ、ルリ。生徒会の運営にも関わることだわ。誰でもいいから無害な男を入れなきゃ」
そんな話をしていると予鈴が鳴ったので、ふたりは席に着いた。
「今日は皆さんに転校生を紹介します」
その後教室にやって来た女の担任が生徒に向かって言った。
(転校生? こんな時期に珍しい……)
二月下旬。
間もなく年度が終わるこの時期にやってくる転校生など珍しい。担任に言われて教室に入って来たその銀髪の男は、皆の前で頭を下げて大きな声で言った。
「上杉優斗です。よろしく!!」
背が高く、一見すると好青年。クラスの女子がじっと優斗を見定める。担任が言う。
「そこ、空いてるわよね。神崎さんの隣。上杉君、あそこに座ってね」
「はい!」
優斗は軽く頭を下げて教室後ろへと移動する。皆の視線を浴びながら指示された優愛の隣の席に座る。担任が言う。
「今日からみんな仲良くしてあげてね。えっとそれから神崎さん、上杉君に色々教えてあげてください。生徒会長ですしね」
「……はい」
優愛は内心ウザッと思いながら嫌々返事をする。優斗が優愛の方を見て笑顔で言う。
「ああ、なんかよろしくな!」
「ふん!」
優愛はそれにそっぽを向いて応える。ただ同時に思った。
(あ、そうだ。先入観のないこの男ならもしかして……)
優愛が優斗の方を向いて命令口調で言う。
「あなた……」
「ん、なに?」
配布されたばかりの真新しい教科書を片付けていた優斗が顔を上げて答える。優愛が言う。
「生徒会に入りなさい。いいわね?」
まったく脈絡のない会話にさすがの優斗も戸惑った。
忙しい初日の授業を終え、鞄に荷物を片付ける優斗に優愛が言う。
「それであなた、生徒会へは入るんでしょうね?」
腕を組みながら優愛が尋ねる。優斗が思う。
(生徒会、そうだな……、これまで色んな部活で頑張って来たけど、こう言うのも悪くないよな。彼女、生徒会長だって言うし、残りの高校生活を生徒会で頑張るってのもいいかもな!!)
転校が多かった優斗。
彼の信念は『その時々を悔いの無いよう頑張る』である。限られた時間だからこそ勉強に、運動に、そして部活動など転校した先々の場所で全力を尽くすのが彼の目標。もちろんこの新しい高校でもそれは同じであり、そしてその目標は今決まった。
「生徒会、入るよ!!」
優斗がそう笑顔で言いながら手を差し出す。
「ふん! 勘違いしないでよね、あなたに期待などしていないから」
「え?」
誘われていながら思わぬ態度に驚く優斗。男嫌いの彼女なら当然の塩対応だが、まだそんなこと優斗は知らない。
「優愛~、困ってたんだからそんな風に言わないの~」
「困ってた?」
苦笑しながら言うルリの言葉に優斗が聞き返す。
「べ、別に困ってなんかいないわ! 変な詮索はしないこと!!」
優愛が少しむきになって言い返す。
「さ、ルリ、行くわよ」
「は〜い、了解~!!」
優愛の言葉に生徒会副会長のルリが敬礼のポーズと取って歩き出す。優斗も先に歩くふたりの後について歩き出した。
(なんかみんな避けているような……)
生徒会長の優愛と副会長のルリが廊下を歩き出すと、何となくそれを避けるように生徒達が左右に道を空けていく。優斗がふたりの後を付いてしばらく歩くと、『生徒会室』とプレートが付けられた部屋へと辿り着いた。
ガラガラガラ……
優愛が生徒会室のドアを開けると同時に、中で座っていたボブカットの可愛らしい女の子が反応した。
「あ、優愛ちゃん。お疲れです~!!」
茶色のボブカットを揺らし笑顔で挨拶をする女の子。優愛とルリ、そして優斗が部屋の中へと入り返事をする。
「お疲れ、
優愛はそう言うと持っていた鞄を机の上に置いた。
部屋は古いホワイトボードに幾つかの机。何が入っているのか分からない段ボールが山のように積まれおり、他にもよく分からない物で溢れている。琴音と呼ばれた女の子が優愛に尋ねる。
「あれ、その人は?」
琴音が優斗の存在に気付いて尋ねた。自己紹介しようと思った優斗を遮るように優愛が言う。
「ああ、これね。
「あ、頭数……!?」
意味が分からない優斗。さすがに優愛にむっとして言う。
「おい、何だよ、その頭数って? それは幾らなんでも……」
部屋にいたルリと琴音が『あ~あ』といった表情を浮かべる。優愛が優斗の方を向き腕を組んで言う。
「あなた、何を勘違いしてるの? あなたみたいな男に存在価値なんてないの。分かる? 頭数が必要だから居るだけ。いい? 言ってみれば備品。そこらにある備品と変わりないのよ!!」
「び、備品……」
いきなり備品呼ばわりされた優斗が固まる。優愛が腕を組み、背を向け歩きながら言う。
「備品に人権はない。発言権も思考もない。いい? ここに来たら備品らしく隅でじっとして……」
そう言いながら話す優愛が、床に無造作に置いてあった備品の段ボールに足を引っかけ体勢を崩す。
「きゃっ!!」
倒れそうになる優愛。それを見た優斗が素早く彼女の体を支える。驚いた優愛が大きな声で言う。
「ちょ、ちょっと!! なに気安く触れて……」
「怪我はなかったか?」
(え?)
優斗に抱きかかえられた優愛。
そして目の前で言われたそのセリフ。優愛の頭に、今朝土砂降りの中自分を助けてくれた人物が思い出される。
(この銀色の髪、この逞しい腕。そしてこの声……、うそ、まさか……)
男嫌いだったはずの優愛が、優斗に触れられている場所が心地良く熱くなる。慌ててルリが声をかける。
「優愛、大丈夫ぅ~??」
優愛が起き上がって答える。
「え、ええ。大丈夫……」
そう答えながらもその視線はずっと優斗に向けられている。そして無意識に口が開いた。
「あ、あの……」
優斗が答える。
「ん、なに?」
優愛が真剣な顔で言う。
「ラインの、そうラインのアドレス交換しよ。せ、生徒会の連絡で必要だから……」
「ああ、いいよ」
優斗がそう笑顔で言ってスマホを鞄から取り出した。
(えー、うそでしょ!? あの男嫌いの優愛が……)
それを見ていた副会長のルリが初めて男にアドレスを尋ねる優愛の姿を見て驚く。
転校初日。優愛と優斗の最高の高校生活がここに始まる。
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