妄想は膨らんでしまいます

 ランハート様との美術館デートの後。


 私はふわふわしながら屋敷へと戻り、ランハート様に挨拶をして(きちんとしたハズ)、これまたふわふわとしながら部屋に戻るとベッドに倒れ込んでコロコロと転がってしまった。


 ふわああああ!!!なんて、最高な一日だったのでしょう!私、明日死ぬんじゃないわよね?


 はあ。帰り際に、ランハート様が一瞬、ぎゅっと手を強く握って下さったのが、もう、最高だったわ。


 何、あの、きゅって。あの瞬間ランハート様から伝わって来たわ。


『俺のこの気持ち分かるよね?』

『ええ、もちろん』

『ふっ。ソフィーはなんて美しいんだ』

『嫌だわ、ランハート様の方こそ』

『ああ、ソフィー、愛してるよ』


「いやああああ」


 想像しただけで、もう、胸が苦しくて鼻血が溢れ出そうになったわ。


 想像の中でもランハート様はキラキラしていて素敵だわ。


 実際は私はただ、ぽーっと見惚れる事しか出来なかったけれど、次のデートの約束も出来たのだから、もう本当に最高のデートだったわ。


 私はベッドサイドに置いてある、小説を一冊取ると、パラパラとめくった。


「手を繋いだわ。次は、やはり・・・」



 キス。



 手を繋ぐだけでも恥ずかしい。でも、繋ぎたい。そして出来ればキスをしたい。恥ずかしいけどしたい。


 ランハート様に抱きしめられて、出来れば私も抱きしめ返して、そして、ちゅっとキスをしたい。


 夕日が見える丘の上で、ランハート様に抱きしめられたりしたら。


「っ!!!」



 ああ、っここよ、ここ。小説では夕日の見える丘の上で二人が別れを惜しみながらキスをするシーンがあった。


 これが、もし、私とランハート様であれば。


「・・・。っは」


 いけない、少しの間、気を失っていたわ。


 これは危険な妄想ね。それに夕日の見える丘の上でのキスは私達には難しいかもしれない。屋外で、誰が見ているかも分からない場所でキスなんてとてもじゃないけれど出来ないわ。ランハート様のキスシーンなんて、誰にも見せたくないもの。


 ムードを大切にするのならば、劇場のボックス席ではどうかしら?


 観劇のボックス席なら周りの目を気にしないで、ちゅっと出来るのではないかしら。きっと恥ずかしくないはず。


 でも、ボックス席だとお父様にお願いしないといけないし、ロマンティックな劇は夜に多い。夜はランハート様とお出かけはした事が無いから、やはり難しいかしら。今、お昼の演目は冒険物で、ハラハラするって聞いたわね。楽しいでしょうけど、甘いデート向きではない。


 隣国のお姫様の愛の物語の劇が来年に公開されると聞いたけれど、来年までなんて遠すぎる。


 まあ、それに、誰かに見られるかもしれないからやっぱり恥ずかしくてボックス席でも無理でしょう。



「劇は難しいですわね・・・」



 朝になり、学園に登校し、授業を受けても私の頭の中はランハート様で占められていた。


 休み時間になり、教授に頼まれた資料を手に持ち図書室から職員室へと向かう間も、私の頭の中はランハート様とのキスを考えていた。


 職員室へと続く廊下を歩きながら、どうしたら、自然にキスが出来るのか、そもそも、皆さんどうやってキスをするのかしら?と考える。やっぱり結婚式まで待たないといけないかしら。


 そうね。結婚式でのキスがファーストキスと言うのも素敵かもしれない。


 ランハート様も素敵な方だから、そういう風に思っているのかも。


 それはそれで素敵ではないかと思い出した。一生に一度の事だもの。慌ててキスをする必要は無いかもしれない。結婚式がより素敵になるのではないかしら?


 そう思うと、キスの事よりも、ランハート様と自然に手を繋ぐ方が嬉しい事に気付き、今度のデートでは、手を繋ぐことをお願いしてみよう、と思いながら廊下を進んだ。


 教授に資料を渡し職員室を出ると、渡り廊下からランハート様が何か大きな荷物を運びながらご学友とこちらへやってこられるのが見えた。


「ランハート様」


 私が小さく呟くと、ランハート様と目が合った。「ソフィー嬢」と口が動いたのが見え、スカートがはしたなく見えない程度に急いでランハート様の元へ向かうと、ランハート様はご自分の手の荷物を見せながら、申し訳なさそうに軽く礼をした。


「ソフィー嬢。荷物が多くて綺麗に礼が出来ません。申し訳ない」


 私を見付け、嬉しそうにニコリと笑ったランハート様の微笑みに、私の心臓はズキュンっと撃ち抜かれた。


「いいえ、そのような事を。声を掛けて頂いて嬉しいですわ。ランハート様、御機嫌よう」


「ええ、ソフィー嬢、御機嫌よう。会えて良かった」


「あ、はい。私も・・・」


 恥ずかしくて俯きそうになるのを、こらえ、少し上目勝ちにランハート様を見つめた。


 ランハート様のご学友は少し距離を取って礼をして下さっていたけれど、大きな荷物を抱えているので、長く引き留める事は失礼だと、私は礼を急いで返した。その時学友の方からは「おっふ」と変な返事を頂いた。


「ランハート様、お荷物が多くて大変なのに、脚を止めさせてすみません。ご学友の方にも申し訳ないですわ」


「いや、大きいばかりで大した重さじゃありません。ソフィー嬢、今度の長期休みに、宜しければクラン家が販売しているワインの工房を見に行きませんか?亡くなった叔母様のご実家のパーク伯爵領にあるのですが。新しい銘柄や畑を増やす予定で工房や農場からも視察に来て欲しいと言われているのです。叔父が都合が悪く私が向かうのですが、宜しければソフィー嬢も一緒に。クレメント侯爵様にはソフィー様が良いのなら、という返事を頂いています。工房は王都から離れるので少し遠出になりますので朝早く迎えに行く事になりますが。それに二泊三日の視察なので、泊まりになってしまいますが。旅行気分でどうでしょう」


「是非、行きたいですわ」


「良かった。詳細は手紙を送ります。では」


「はい、お待ちしております」


 礼をし去っていくランハート様とご学友に礼を返して、背中が階段の方に消えていくまで私は見つめていた。


「遠出・・・」


 ランハート様と・・・。


「お泊り・・・」


 いえ、仕事で向かうのに、こんな事を考えてはいけないのかしら。


 でも、小説でも確か、騎士団に所属している事務官が遠征先で愛を深めると言う話があったわ。



「はぅ・・・」



 私はグッと手を握った。


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