2章 三国一の地味男

第1話 第一回チェリット家一族会議 ランハート視点

 本日チェリット家では、一族会議が行われていた。



「では、本当に本当なんだな?」


 むむむ、と唸りながら確認を取るのはチェリット家前々当主の祖父。

 領地にいた祖父がソフィー・クレメント嬢と、ランハートの婚約を聞きつけ王都のチェリット家にやって来たのだ。


 他にもランハートの叔父や叔母もこの会議に参加している。



「私も驚いたんだけど、本当なんだね?」



 叔父のレオナルドは王立大学で考古学を教えている。物静かな人柄で俺は昔からこの叔父と亡くなった伯母に可愛がって貰っていた。



「ソフィー嬢との婚約話が本当なら、早くランハートを私の養子にした方が、クレメント家も安心するんじゃないかな?兄さん、すぐに手続きを進めた方がいいんじゃないかい?」


「うむ。お前にも迷惑をかけるが、クレメント嬢が信じがたい事に、ランハートに恋文を送ってきてな。まあ、それも初めはソフィーと言う名前を使った新手の嫌がらせの手紙かと思っていたのだが。本当にソフィー嬢であってな、こうやって婚約話まで進んだ。こちらとしても断る理由もないし、格上のクレメント家からならば断われん。それでも、こちらの希望で、と打診して下さっているのだ。はあ。それにしても相手がソフィー・クレメント嬢だ。断れば、ランハートには二度と縁談話は無いかもしれん」



 叔母も首を縦に振り、話に加わる。



「そうよ。だって、ソフィー嬢を振って、自分がランハートの横に収まるなんて、並の令嬢じゃ、怖くて出来ないわ。ま、どこかの王子や、麗しの令息であれば、戦いを挑みたい御令嬢もいるかもしれないけど、ランハートでしょう?そしてこのチェリット家よ?クレメント家を敵に回してまで嫁ぎたいと思うかしら。王族や公爵家でもなし、悪くはないけど、そこまでしてチェリット家に嫁ぎたいって令嬢や、家があると思う?ランハートは良い子よ、でも、皆見かけに騙されるでしょう?若いうちは王子様に憧れるのよね」



 父の妹でミレー伯爵に嫁いだ伯母は容赦がない。


 おじい様は目をつむり皆の話を聞いている。



「うむ、分かった。とにかく、クレメント家との縁談は、本当なのだな。あい分かった。ここは皆腹をくくり、ソフィー嬢をお迎えしよう」



 なんか、俺の婚約は祝福されてるんだよな?

 ソフィー嬢は我が家に来たらいじめられたり、無視されたりしないよな?

 まるで戦にでも出るような会議だ。



「おじい様は今回の婚約話は、反対なのですか?家族皆が反対なのでしょうか?この様な状態でソフィー嬢との婚約、大丈夫でしょうか?」



 俺がおじい様にそう言うと、おじい様は、目をカッと見開かれた。



「馬鹿もん!お前はソフィー嬢を守る、何をしても支えるくらい言えんのか!確かに、我が家には荷が重い婚約だ。しかし、国中がこの婚約を祝福しているとも聞く。我が領地まで噂は流れ、領民は皆喜んでおった。我が領主の息子が国一番の令嬢に選ばれたのだ。誉れ高いとな。我が家ではソフィー嬢を幸せに出来んとかではない。お前がするのだ。いいか、三国一の花嫁だ。お前も三国一の地味男になれ!!」



 母上は涙を流している。



「そうよ。ランハート、あなたは私達からすれば、とてもいい息子よ。でも、この間も顔合わせ前に話が流れたでしょう。私、悔しくって。それが、国一番の令嬢がランハートを望んでいるんですもの。これが 誇らしい事以外にある物ですか!!皆を見返してやるのよ!!!」



 父上も頷いている。



「うむ。ただな、皆が注目しているという事は、お前には負担が大きい事も確かだ。ソフィー嬢が好きになった、と言うだけで、お前に寄ってくる者もいるだろう。お前を見ているのではない、ソフィー嬢の婚約者が欲しいのだ。お前の向こうにある、ソフィー嬢やクレメント家を見ているのだよ。お前にとっても大変な婚約になるぞ。大丈夫か?」



 兄上も心配している。



「恋文だけでも、お前はあんなにやつれたのだ。まあ、あれは暗殺予告かと思ったがな。婚約者となれば、いらぬ噂話も、周りの視線にもさらされるだろう。もちろん、我が家はお前を守るし、ソフィー嬢にも負担を掛けたくない。ただな、クレメント家とは家格も財力も違う。ソフィー嬢が今後、ずっとお前を好きかどうかも分からない。この婚約はソフィー嬢が望んだから、結ばれた物だ」



 叔父も眉毛を下げている。



「とにかく、早急に我がクラン家との養子縁組の手続きをしよう。クラン子爵に嫁ぐ事が不安になれば、ソフィー嬢は早めに婚約解消を申し出るかもしれない。しばらくは様子を見よう」



 婚約話のはずなのに、葬儀の手続きの様な暗さだ。


 俺はこれから大丈夫なのかな、と、不安になった。


 話し合いが終わり、俺が部屋に戻ろうとするとアイリーン義姉様から呼び止められた。



「ランハートさん、ちょっと宜しいかしら?」



 穏やかな義姉様は眼鏡が似合う知的な美人だ。


 王立図書館で働いている時に兄上と知り合ったと聞いた。


 兄上よりも二歳程年上なのもあり、俺には姉の様に、母の様に接してくれる。



 地味男仲間の兄上に「お前の義姉上になる人だよ」と、紹介された時は「綺麗な人が我が家に来るんだなあ」と、驚いたものだ。



「はい、なんでしょうか?」


「少しキッチンに行きましょう。今なら誰もいないわ。話があるの。サロンにはまだ誰かいるかもしれないしね」



 そう言われるとメイドに声を掛け、キッチンの隅でお茶をする事になった。


 俺の前にお茶が出され、一口飲むと、義姉様は話し出された。



「ランハートさんは今回の婚約が負担かしら?それとも不安?」



 俺は正直に答える事にした。



「自分でも突然の事でよく分からないのです。ソフィー嬢は国中の者が知っている方です。なぜ私を選ばれたのか不思議に思っているのも事実です。そして私が譲り受けるのは子爵です。正直不安もあります。彼女を守りたい気持ちがあるのも本当ですがあまりにも突然で。ただ、彼女との婚約は負担ではありません。彼女を幸せにしたいとも思います」



 義姉様はゆっくりと俺の話を聞かれ、お茶を飲まれた。



「そう。良かったわ。あなたが不安になるのはしょうがないと思うの。でもね、私もソフィー様の気持ちはすごく分かるの。私と、あなたのお兄様の結婚も私から望んだ事だから。お兄様は学生の時まで別の婚約者がいらしたでしょう?でも解消になってから婚約者がいなかった。そこに私からの婚約の打診をしたものだから、色々あったの。私も昔、婚約者がいたんだけど、相手方の不貞で学生の頃に解消していたの。もう、結婚するのを諦めてた頃に貴方のお兄様と出会ったのよ。家格は釣り合っていたけど、私も婚約が一度ダメになっていたし、年上でしょう?その後、婚約も結婚も問題なく出来たのだけど、私とお兄様でも色々言われたの。きっとソフィー様も不安に思われているわ。女性からの婚約の打診と言うだけで、色々言う人もいるものだから」



 ゆっくりと俺の目を見られ、義姉様は話される。



「ねえ、婚約って本当はとてもおめでたい事で皆お祝いしたいと思うのよ。でも、不安もあるのね、それは貴方を皆大切に思っているからだと思うの。私、ソフィー嬢とお話しをしてみたいわ。いいかしら?今後の事をしっかり話さないといけないと思うのよ。この状態だと、上手くいかないと思うの。それでね、あなたにはしっかりしていて欲しいの。揺るがず、しっかりとね。それがあなたを守る事にもなるわ」


「義姉様、宜しくお願いします。私もソフィー嬢と話をしたいと思います。しっかりとお互い話をして、今後の事を話した方が良いと思います。この事は兄様達には話さないのですか?」



 義姉様は、うーんと首を傾げられ、そうね、と言われた。



「まだ、私達だけの話がいいと思うの。皆一度に動くとパニックになるわ。ソフィー嬢の気持ちもしっかりと確認が取れた上で話せば皆理解しやすいし、動きやすいと思うのよ」


「はい。解りました。ソフィー嬢には私の方から手紙を出しますか?」


「貴方の手紙に私の手紙を入れて欲しいわ。その方が受け取りやすいでしょうし。我が家でお茶会をしましょう。その招待にして、私も同席させて欲しいのだけれど。出来れば家には私と貴方だけの時がいいわね。街に出れば噂も出るし、我が家がいいと思うわ」



 俺は義姉様の方に向きなおり、頭を下げた。



「義姉様、すみません、宜しくお願いします」


「ふふふ。いいのよ。皆が幸せになればいいわね。きっと、話し合いが大切よ」



 義姉様にそう言われ、二人でキッチンを出ると俺は部屋に戻り早速ソフィー嬢へ手紙を書いた。


 お茶会の誘いだ。


 日付その他諸々は義姉がセッティングしてくれると言う事だったので、俺は挨拶と、良かったら我が家に来ませんか?という簡単なものだった。

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