第3話 弓・ガス・火 ランハート視点
ある日。ランハート・チェリットの元に一通の手紙が届いた。
「誰からだ?」
ランハートは執事から手紙を受け取るが見慣れない便箋で不審に思った。綺麗な便箋に美しい字で自分の名前が書いてある。裏を見るが差出人はない。
誰だろうか?と首を傾げるが見当もつかず、便箋の封を開けることにした。
中には美しい文字で、
「ランハート・チェリット様
麗しい貴方の顔を見ることは難しく、せめて後ろ姿だけでもと思いますが、貴方の影さえ踏む事も出来ず私の瞳は月の影に隠れてしまいそうです。
星に照らされた貴方の髪は輝き、闇夜に溶けていく事でしょう。
貴方が吐き出す息でシャラワイ火山のように私の気持ちは燃え盛り溢れ出てしまいました。
ソフィー 」
「・・・・・・・」
なんだ。これは。
新手の呪いの手紙か。
俺は手紙を裏返しにしたり、すかしてみたり、縦読みにしたり、斜めに読んでみたりしたが訳が分からない。不審な所しかなかった。
意味が解らない。
どういう事なんだ。俺は誰かに闇討ちされるのか?それとも放火の予告なのか?
背後に気を付けろ、目を潰すぞ、と言う事なのか。ひょっとして、と思い、暗号か何かかとも思ったがどうもそうではないようだ。
俺の顔は良く言えば安心できると言われるが、地味だ。
切れ長の二重で、小さくもなく、大きくもない普通の目をして、高くもなく低くもない鼻をして、また厚くもなく薄くもない唇である。
麗しいなど言われた事は無い。
顔を見る事は難しいと言う事はどういう事だ。遠くから狙うと言う事か?背後から弓で狙われるのか?
影とはなんだ?暗殺か?暗器を使われるのか?
背も、平均男性の身長で、体重も然り。髪も一般的な髪形で襟足にかからない程度にそろえている。髪も輝いた事など一度もない。輝くような色でもない。俺の髪は黒に近い紺色で目立たない色だ。夜だと確かに目立たない。
夜道を狙うと言う事だろうか?という事は、狙う時間の予告か?
そして、最後は我が家に放火すると言う事だろうか。
吐き出す息・・・。ガスか?毒ガスなのか?
それとも食べ物に毒を仕込むという事だろうか?
ソフィー。
ソフィーとは名前か?女性の名前だが俺に手紙が来るなどありえない。
どこかの団体か。秘密結社なのか。
ああ、なんなんだ。
解らない。何が正解なのだ。何故こんな手紙がくるのだ。
執事に尋ねるが、普通に郵便で届き不審な点はなかったとの事だ。
どういう事なのだ。解らない。
俺がうんうんと、頭を悩ませていると兄上が帰宅された様だった。執事に声を掛け、兄上に時間をとって貰うようにお願いした。
執事から、「いつでも良い。と仰せでした」と言われすぐに兄上の部屋へ向かった。
「兄上、失礼します。お疲れの所、帰宅早々すみません」
「いや、構わない。どうした?何かあったのか?」
俺とよく似た、よく言えば安心感を与える顔の兄上がソファーを指差し、俺に座ることを促す。俺は手紙を兄上に差し出し、ソファーに座った。
「兄上、私に手紙が届いたのですが見て貰っても宜しいでしょうか?私では理解できないのです」
「ふむ」
兄上は手紙を受け取り読みだした。
「・・・・・・。なんだこれは・・・・。お前は誰かに恨みを買ったりしているのか?」
俺はゆっくりと息を吐き出した。
「分からないのです。やはり恨みの手紙でしょうか?私は知らぬ間に誰かに恨まれているようです」
兄上はゆっくりと手紙を読み直した。
「ソフィーと言う名前に心当たりは?」
俺はゆっくりと首を振る。
「ありません。クラスメートにもいません。学年でソフィーと言う名前はソフィー・フェレメレン嬢だけです」
ふむ。と兄上が頷き。
「ソフィー・フェレメレン嬢の噂は私も聞いている。傾国の美女、紫水晶の妖精、百合の女神と言われている方だな?その方の名前を騙るとも思えん。フェレメレン家は王宮でも力を持っている。そちらの線はないだろう。何か別の団体か。暗号なのか」
二人で手紙を見つめる。
「とにかく、夜道は歩かないようにしろ。そして火の元の警戒をするようにメイド達にも注意をしておこう。学園ではなるべく一人になるな。食べ物にも注意しろ。しばらく様子を見る事になるだろう」
「はい。兄上、すみません。ご迷惑おかけします」
「いや、いい。父上、母上にも私から注意の手紙を出しておこう。領地まで何かあるとは思えんが、念の為だ」
「はい。宜しくお願いします」
「お前の婚約話も流れたばかりで、こんな事になるとはな。本当に心当たりはないのか?」
「婚約話と言っても顔合わせの前でしたし、先方の御令嬢が想い人と結ばれたとの事で丁寧な謝罪文も頂きました。そちらの方からの恨みでは無いと思います。この手紙を受け取った後に色々考えましたが、本当に思いつかないのです。私は知らない間に人を傷つけてしまったのか、恨みを買うようなことをしたのかと情けなく思います」
「まあ、いい。おかしな奴はどこにでもいるものだ。お前は気にするな。自分を責めるんじゃない。こちらで出来る事は対処する。身の回りだけ気を付けておけ。私もしばらくは早めに帰宅するようにする」
「兄上、有難うございます」
俺は礼をして兄上の部屋を出た。
はあ。まさか、こんな事になるとは。俺は部屋に戻り、明日から学園でどのように過ごそうかと思い悩んだ。
学園で、誰かに嫌な思いをさせてしまったのか。
ああ。なんという事だ。
俺はこれから背後を気にし、闇夜に怯え、食事は自宅でしか取れず、げっそりとやつれていく。
その後、フェレメレン家からのソフィー嬢との婚約の打診の手紙が我が家に届き、呪いの手紙がソフィー嬢が出した恋文で慌てて苗字を書き忘れていた物であったと、知るのは一月も先になる。
呪いの手紙とは別の意味で驚き、やはりその時も本物なのか、新手の詐欺ではないかと、兄上と二人、何度も手紙を見直す事になるのだが、今の俺はそんな事は知らない。
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