第4話 初めてのデート

 本日はランハート様との初顔合わせとなった。


 勿論私はランハート様の顔は良く知っている。どれだけ麗しいか、どんなに格好良いかは語りつくしても語り終わる事は無い。延々と湧く清水のようにランハート様の素晴らしさは湧き出てしまうのだから。


 とにかく、私がランハート様を良く知っていようと、両家での婚約に向けての初顔合わせが決まったのだ。


 どちらの家で取り行うのかは、簡単に話し合いが行われた。


 家格が上の我が家でするべきか、嫁ぐ家の方か、打診した我が家の方か、いやいや、と決まらず、若い二人でとりあえず会って来い。両家の話はそれから、と言う事になった。


 早い話がデートである。


 深く考えず、まず二人で会ってみましょ、と。両家が面倒になって先送りした結果である。


 まあ一つは、両親が顔合わせをした後に、上手くいかなくなると面倒と言う事もあるようだ。

 また、家格が上の我が家からの打診で断り辛い事をきっと両親達は考慮したのだと思う。

 そうよね、断れないわよね。


 はあ。


 ランハート様は迷惑だったかしら。でも、どうしても諦められなかったの。恋とはこんなにも人を自分勝手に醜くするものなのね。


 でも。


 とにかくデートである。



 デート。



 至高の輝きを誇るランハート様と半日一緒に過ごせるのだ。天使の声を持つランハート様の声を半径二メートル以内で聞けるのだ。


 ああ、どうしたらいいのかしら、もしお手洗いに行きたくなったらどうしたらいいの?


 ランハート様はお手洗いに行くのかしら?


 本日はまもなくランハート様が我が家に私を迎えに来られる。その後に一緒に植物園に向かい、併設されたカフェで昼食休憩となり、その後、疲れていないならば街を散策し我が家に送って貰う。


 完璧だわ。流石ランハート様だわ。こんな完璧なデートは誰も思いつかないわ。


 ランハート様の前で昼食を取れるかしら。もし失敗して、食べ物をこぼしたりしたら幻滅されるかしら。


 いや、海よりも空よりも広い心を持つランハート様はきっと幻滅なんてされないでしょう。

 ただ、私が情けないだけね。


 はあ、みじめだわ。


 私がそんな事を考えているとメイドがランハート様の到着を知らせた。




 ソフィーがほぅっと小さく息を吐くと傍にいたメイドが胸を押さえゆっくりと微笑んだ。



 ***************




 本当に夢じゃないかと何度も兄上と確認をし、嘘じゃない、詐欺じゃない、本物だ。じゃあ、何故なんだ。と言う事を兄上と二人、うんうん唸っていると父上達からも手紙が届いた。



「ソフィー・フェレメレン嬢から婚約の打診が我が家に届いた。話し合いを行う」



 父上からの手紙には急いで書いたのであろう、簡単な手紙が兄上宛に届いた。領地の父上達は急ぎ王都に来ることになり、これで手紙は間違いなく私と、ソフィー嬢との婚約の打診で間違いが無いと分かった。


 しかし。


 兄と父達を待つ間に何度話しても答えは見つからない。


 何で我が家に?

 家格も下。

 俺は次男。

 顔も平凡。

 成績は上だが特待生に選ばれる程ではない。

 家は伯爵家で裕福だが何度も言うが俺は次男。


 叔父の家に子がおらず、叔母も亡くなり、叔母を溺愛していた叔父は私を養子にし、爵位を譲ると言ってくれている。


 しかし、譲り受けても子爵だ。領地も無く、税収も無い。俺は将来は王宮文官を目指すつもりでいた。


 そして、顔も平凡。


 侯爵家でも高位の家、しかも国中が知っているソフィー嬢。何か裏があるんじゃないかと父上達が戻ってきてからも皆で話し合うが答えは出ない。


 また、裏があった所で、何故我が家に?と疑問がまた一周する。


 フェレメレン家は我が伯爵家と比べられない程の金がある。我が家の後ろ盾を欲する家でもない。


 ソフィー嬢は成績もいい。優等生で表彰もされている。


 顔もいい。傾国の美女。紫水晶の妖精。白百合の女神。彼女を称える言葉はいくらでも聞く。高位貴族からの婚約の打診も多くあったらしい。


 令嬢達からの憧れでもある。妬み等、美しすぎると無くなるのか。王女様と仲が良いと聞いた事もある。


 何で俺なんだ?いや、不細工とは言われないが地味といわれる顔だ。


 クラスも違う。友人などの繋がりもない。


 何度も言うが顔は平凡。これが絶世の美男子であればまだ分かる。高位の家から下位の家の令嬢に婚約の打診は、稀だがある。凄く美しい令嬢や、下位だが裕福な家で令嬢がとても賢いと評判などだ。逆は俺の知る限りは無い。


 ソフィー嬢と挨拶はかわした事はあると思うが、会話をした事は無いはずだ。


 我が家は騙されるのか?王家から何か頼まれたのだろうか?王命が出たのか?


 家族会議は夜を徹して行われたが、答えは出なかった。




 数日経ち、仲の良い友人に思い切ってフェレメレン家との婚約の事を相談したが、本気にされなかった。

「多分、夢を見てるんじゃないか?」と心配された。


 いや、分かるよ。そうだよな。でも本当だから悩んでいるんだ。




 そして顔合わせ当日はあっと言う間にやって来た。


 今、俺はソフィー嬢の前にいる。


 ふわっと花が咲くように笑い、「チェリット様ごきげんよう」と挨拶をされた時は倒れるかと思った。


 目の前に女神がいる。

 花の精霊か?

 天使が降臨したのか?


 俺が立ったまま気を失いそうになっていると、「チェリット様?」と不安そうな声で聞かれた。


 はっと意識が戻り、


「ごきげんよう、フェレメレン嬢、あまりの美しさに言葉が出ず、申し訳ありません。本日は宜しくお願いします。どうぞランハートとお呼び下さい」と礼をすると、「そんな・・・。私の事はソフィーと呼んで頂けると嬉しいですわ」と言われぽっと頬を染められた。


 ソフィー嬢の周りのメイド、執事も頷いていた。俺の対応は間違ってなかったようだ。良かった。


「ソフィー嬢」と腕を出すと、恥ずかしそうに俺の腕に手を置いてくれた。


 ああ、天使が俺に手を置いている。


 俺、このまま飛べるんじゃないかな。


 もう、騙されてもいいな。




 *****************




 私は鼻息が荒くならないように気を付けながら息をした。今なら鼻息で3メートル先のローソクの火も消せるんじゃないかしら?


 きっと右の鼻の穴だけでいけるわ。左右の鼻の穴を合わせるのなら二本のローソクを消せるわね。



 ああ、ランハート様の腕が!腕が!腕が!私に差し出されて、私はそこに恐れ多くも手を乗せている。


 ニコリと微笑まれたランハート様のご尊顔は眩しすぎて目が潰れるかと思ったわ。なんという破壊力なんでしょう。どんな魔術師もランハート様の微笑み一つで吹っ飛ばされる事でしょう。


 つい先日、王都のお祭りで夜空を彩った花火よりも大輪の花を咲かせ、先月の流星群よりも素敵な微笑みだった。


 は。そうよ、手紙にその事を書けばよかったのに。


 私の恋文はランハート様に伝わってなかったらしいもの。私の想いはどうしたら伝わるのかしら。どんなに古典文学を読んでもダメね。


 はあ。誰か私に教えて頂戴。この方を称える言葉を紡ぎ出して欲しい。ふっと目を伏せ馬車へ向かう。


 ランハート様はゆっくりと私の歩幅に合わせて歩いて下さり、心の中まで美しさが溢れていた。




 *******************




 馬車に乗り込むと、ソフィー嬢と向かい合うように座った。


 帽子を手元に置き、ニコリと優雅に微笑む姿は一枚の絵画の様で、馬車の窓から差し込む光がソフィー嬢のブロンドの髪に天使の輪を作り上げていた。


 ああ、天使って本当にいたんだなあ。天使の輪を俺は初めて見た。


 俺はそんな事を思いながら両太ももの上で握りこぶしを作り姿勢を正しくしていた。何か喋った方がいいのだろうが、会話が思いつかない。


 クラスでも、クラス役員としてしか令嬢と喋る機会はなく、気の利いた事も言えない。



「あの」目の前の天使から声が聞こえた。



「ランハート様、本日は天気も良く、よかったですわ」



 穏やかに話されるソフィー嬢はとても美しかった。



「ああ。ソフィー嬢は植物園にはよく行かれるのですか?私は恥ずかしながら、今回行くのが初めてで。天気に恵まれ良かったです」



 私が答えると、女神は優しく微笑まれ、そっと窓に視線を向けた。



「本当にお天気で良かったですわ。私も植物園は初めてですの。とても楽しみにしていました」



 ゆっくり話され視線をこちらに向けられたソフィー嬢はアメジストの瞳を潤ませて頬をうっすら染められていた。


 ああ。こんなに美しい人がいるのか。ああ。もう詐欺でもなんでもいいんじゃないかな。



「私もです」



 そう答えた後は馬車は植物園に着くまで静かだったがとても穏やかな時間が過ぎていった。







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