第2話 人間は今も昔も変わらない

 学園の令息、令嬢達の憧れの的であるソフィー・フェレメレン。


 彼女は侯爵家の長女で上に一人兄が、下に一人弟がいる。フェレメレン家は侯爵家の中で家格が高く、代々王宮で重要な役職に就くことが常であった。


 フェレメレン家には嫡男も、頼りになる次男もいてソフィーは自由に育てて貰った。そして、自由にさせてもらうだけの器量、気品、知性がソフィーにはあった。


 家族からの愛情。


 クラスメートや友人達からの憧れ。


 そして、教師からの信頼も厚い。



「フェレメレン君。昨日の小テスト、満点だったよ。よく復習しているね」


 古典文学のクラスで、ソフィーは小テストを返されながら教師に褒められた。



「先生が教えて下さった事を、復習しただけですわ。私自身としては、しっかり理解しているか解らない部分が多々あります。これからもご教授を宜しくお願い致します」と答え、教師は満足そうに頷くと、「うむ。一つ理解すると二つ解らない事が出てくる。理解が進むほど不確かな事が増えてくるのは勉学の常だ。疑問がある時はまた来なさい」と言った。


 ソフィーは静かに礼をすると自分の席に戻った。


 その様子をクラスメートが眺め、教師が授業を進めていく。いつもの日常の一コマであった。



(ああ。古典文学の世界でも、ランハート様を表す言葉は見つからないわ。勉強不足ね。先生もおっしゃっていたわ。理解が進むと解らない事が増えてくると。偉大な文学は奥が深いのね。あ。という事は、ランハート様を理解する事も不可能と言う事?そうだわ、私ごときがランハート様を理解しようだなんて烏滸がましいわ。ただ、理解出来ないのと理解しようとしないのは違うわね。知恵と力は重荷にならぬ、よ)



 ソフィーは教科書に載っている古典文学一覧に目を落とす。



(それにしても、古典文学も意外とドロドロした物や、略奪愛なんかがあるのね。人間は今も昔も変わらないと言う事を教えて下さっているのかしら?成程、不変の真理と言う事かしら?ランハート様の美しさは変わらないと言う事と同じ?ああ。あの穏やかな瞳で見つめられるなら私は百万ルナ積んでもいいわ。は!お金なんかでランハート様の微笑みを買おうなんて、私はなんて愚かなんでしょう・・・)



 悲しそうに瞳を伏せ、教科書を読んでいく。


 己の罪深さを知り、こういう所がランハート様に無理って言われる所かしら・・・。と儚げに微笑む。


 隣の生徒が教科書を落とすが、教師は何も注意はしない。

 いつもの授業の一コマだ。


 ソフィーの後ろの席の生徒は祈りを捧げているが、こちらも教師は注意をしない。

 気持ちが分かってしまっている。



 ソフィーは教師が書く内容に、首を傾げノートを書き進める。そして時折手を止め、考え込んではまた教師の話に耳を傾ける。


 近くの席の者は皆、血圧上昇中であるがソフィーは気にも留めない。



 一生懸命にノートを取る姿はまさに理想の生徒であった。




 *********



 フェレメレン君・・・。真面目に古典文学に取り組む姿はなんと気高く美しい事か。彼女は古典文学に興味があるのだろうか。


 今の時代、古典文学よりも現代文学が生徒達には人気が高い。成績優秀な彼女が私のクラスを希望した時の現代文学の教師達の悔しがる姿を思い出すと、今でも笑みがこぼれそうになる。


 真面目に文学を読み解こうとする姿は美しく、学友達にもいい刺激を与えている。彼女のおかげで、古典文学に興味を持つ生徒が増えた。


 このまま彼女が古典文学の道に進んでくれるのならばいかようにも尽力するが。


 しかし、彼女はフェレメレン家の御令嬢。今だに婚約者がいないのも、色々な憶測を呼んでいる。


 ふむ。一教師としては見守るしかないが、彼女に力を乞われることがあれば微力ながらもこの老体に鞭を打つ事としよう。



 *********



 教師の心情も知らず、ソフィーは今日もランハートの事を思う。


 ポーカーフェイスでありながらも、恋する乙女の切なさまでは隠しきれず、溢れ出る想いは周りに勘違いをさせている。



(ああ。ランハート様。本当にご婚約されるのかしら。早くこの想いを届けなければ)



(もし。もし。間に合わず、ランハート様がご婚約されてしまったら。ああ、空が裂け海が割れ私の心も張り裂けるのかしら)



(文面等気にしてる場合ではないのかしら?早く気持ちを伝えた方がいいのかしら?でも、ランハート様は私のこと、無しって言ってらしたわ・・・)



 こぼれ落ちそうになる涙はまるで一粒の宝石のように美しかった。潤んだ瞳は美しく、静かに吐く息さえもまるで絵画のようにソフィーを彩る。


 窓から差し込む光はその埃でさえもソフィーを彩るようにキラキラと光る。自分たちが息を止めていることも気づかず、クラスメート達はソフィーを見つめる。


 頬を赤らめる令息令嬢の気持ちをソフィーは知らない。


 穏やかに見守る教師の視線もソフィーは気付かない。


 ソフィーの周りは今日もソフィーの気持ちとは裏腹にソフィーの信者は増えていく。


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