第36話 花言葉
オープンしてからあんなに忙しかった毎日も、一月中はゆったりと時間が流れた。
忙しかったせいで仕事に慣れてしまったのもあったのと、僅かだが常連になりつつある客が増えたおかげだった。
今まで慌てて対応していたのが嘘の様に、お喋りする余裕も出て、楽しく仕事ができる。とても有り難かった。
だが、二月に入るとイベントが待ち構えていた。
そう、バレンタインデーだ。
古風な日本人でも、チョコと一緒に花を添える人が増えた。特にここ何年かは男性がプレゼントする人が増えてきた。
男性のオメガがパートナーへ用意する事があるから、それは不思議な光景ではなかったけど、最近はベータも買いにくる。
アルファが買いに来た時は、びっくりしたと同時に羨ましくも思った。
アルファは知的にも肉体的にも優れているから、プライドが高い人が多い。
それなのに、パートナーの為に花束を選ぶ姿は、昔の貴志を思い出して少し寂しさを感じた。
2月14日、最後のお客さんに花束を渡すと、俺は紙袋にそっと小さなブーケを詰める。閉店の片付けを両親にお願いして、二階へ駆け上がると身支度を整えて、部屋にあった別の紙袋を掴み、急いで階段を降りる。
今日は貴志に誘われて、秀と三人で食事をする約束をしていた。
店に置いてあった紙袋を取り、玄関先に出ると、見慣れた黒い車が目に止まる。
その車の窓が空き、秀が笑顔で手を振る。
俺は駆け寄りながら、遅くなってごめんと声をかけた。
着いた場所は高級感あふれるイタリアレストランだった。
こんなレストランにも個室があるのかと驚きながら、案内されるがまま2階へ上がる。
フロアにはスモークガラスに囲まれた部屋があり、その中の一室へ通されると、個室の広さに驚く。洋風な作りになっている部屋の中央のガラステーブルには真ん中に空洞があり、その中には花が埋め尽くされていた。
綺麗だと呟きながら、その花を見つめている俺に貴志が呟く。
「このケースの花は客が選べるんだ。秀と天音への敬愛の意味を込めた」
そう言われて花を見返すと、色とりどりの花はどれも友情や敬愛の意味が込められている花ばかりだ。その間に、数本の愛を示す花があるのに気付き、貴志を見上げると少しはにかんだ笑顔を見せた。
食事が運ばれて来ると、俺と秀は小さく感嘆の声を漏らしながら、従業員がいなくなる度に写真を撮る。そんな俺達を嬉しそうに貴志が見つめる。
昔に戻ったような雰囲気が嬉しくて、あっという間に時間が過ぎていく。
食後の飲み物が運ばれた後、俺は紙袋から先にチョコを包んだ袋を取り出し2人に渡す。そして、小さなブーケも手渡した。
それから、秀が俺もとバックから小さな箱のチョコを俺と貴志に渡すと、貴志は戸惑った表情をする。
「天音はわかるが、秀は何故?」
「なんだよ。お前、友チョコ知らないのか?」
「・・・友チョコ?」
「そうだよ。今は、一番仲良くて大好きな友達とチョコを交換しあうんだよ。と言っても、俺は幼稚園の頃からずっと、天音から手作りの友チョコもらってるぞ」
「幼稚園・・・手作りだと!?」
貴志は驚いた顔で、手に持っていたチョコと秀を交互に見つめる。
「天音の母さん、お菓子作りが好きでさ。最初はおばさんが作ってくれたチョコを天音がくれてたんだけど、幼稚園上がった位からおばさんと一緒に作り始めて、それからだから正確には17年貰い続けてる。離れて住んでた時も天音が送ってくれてたからな」
秀の言葉に悔しそうな表情を浮かべる貴志に、俺は苦笑いする。
「ちなみにこのブーケは、天音が花屋にバイトで入った時からだから、もう6、7年になるか。毎年花言葉を選んで包んでくれるんだ。ほら、カードに書いてあるだろ?」
「・・・・花言葉。俺にはカードがない・・・」
その呟きに俺は慌てて声をかける。
「貴志くんは花言葉詳しいからいらないかと思ったんだ。それより、秀、今年もありがとう。貴志くんも食事ありがとう」
「おう。今年はこれだっと思って買ったんだ。開けてみろよ」
秀にそう言われ、包みを開けると箱の中にはブタの形を彩ったチョコが三個入っていた。
「え?ブタ?」
俺の呟きに貴志も包みを開けると、同じ物が入っていた。
秀はニヤニヤしながら、俺達みたいだろ?と言葉を返した。
「一番上で楽したがりが俺、堅実を試みるが抜けてるのが天音、しっかり者の一番下は貴志だ」
「三匹のこぶた・・・・」
「なんだ、それは?」
「お前、知らないのか!?有名な絵本だよ」
「すまない。絵本に触れた事がない」
「かぁ〜どこまでも英才教育だな。あとで調べてみろよ」
「わかった」
2人のやり取りを見ながらふふッと俺は笑う。
「楽したがりの秀・・・確かにピッタリだ。でも、本当はすごいしっかりしてて面倒見がいい長男ってのもピッタリだ」
「だろっ?」
「貴志くんも堅実で計画を立ててしっかり者にぴったり。でも、時々は一番下らしく俺達を頼ってもいいからね」
「あぁ・・・わかった」
「でも、俺はそのまんまかな。頭だけは堅実だけど、行動が伴ってない。もう大人らしくしっかりしなきゃいけないけど、俺、2人がそばにいてくれる事がとても嬉しい。いつもありがとう」
そう言って頭を下げる俺に、2人は優しく微笑んでくれた。
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