第34話 少しずつ

いろんな緊張が取れないまま、店は忙しくなった。

商店街の方達の口コミや、どうやら秀が会社で宣伝してくれてる様で、それが人伝いで広がり、母もお花教室の生徒さんが増え、以前から関わっていた仕事で慣れていたとは言え、初めて自分が仕切る仕事、母との二人三脚での拙い経営が輪をかけて忙くさせていた。

そうこうしている内に、にぎやかなクリスマスが来て、あっと言う間に大晦日になった。

俺は年末の休業と同時に、緊張の糸が切れ、疲れも相まってかヒートが来た。

初めての頃に比べて、貴志が早くから手配してくれていた病院のおかげで、今ではすっかり周期も安定していて、体に合う抑制剤も処方してもらっていたから、少し辛いだけで事足りていた。

俺のヒート周期は、不思議と母のヒートと時期が重なる事が多い。

ベットの側で食事の介助をしてくれる母に視線をやると、やはり母も来てるようだった。きっと疲れもあるのかもしれない。

母もアルファと番ったわけでは無いので、未だに発情期は来るのだが、年を取ると症状は軽くなり、抑制剤があれば普通の人と変わらない生活ができる。

それでも、多少は辛い時がある様で、その時は互いに店は無理せず休む事に決めている。そして、母のヒートにはもちろん父が介助するが、今は体を交えるとかではなく、風邪に似た症状の看病だ。

母はよく言う。

番っていなくても父の愛情が気持ちを和らげてくれる。

疑う事ない父の愛が、真っ直ぐに注がれている事が心を満たしてくれる。

穏やかな笑顔でそう話す母は、本当に幸せそうだった。

いつか、俺もそうでありたい・・・心から幸せだと微笑みたい。

その相手は・・・・。


ベットの上で除夜の鐘の音を聞きながら、年が明けた事を実感する。

いつもなら3日ほどで落ち着くはずのヒートが熱を帯び続けて、もうヒートなのか、風邪なのかわからない状態になっていた。

ヒート中は、両親も食事介助の時以外は入ってこない。

ヒートのオメガの状態をよく知っている2人の配慮だ。

だが、この長引く熱のせいで、部屋に缶詰されている状況が虚しく感じる。

小さなため息を吐きながら、額に乗った保冷剤を取り替える。

その時、携帯が光っているのが見えた。

画面を見るとメールが二件届いていた。

一つは秀、もう一つは貴志からだ。

秀からは新年の挨拶と、明日、恒例の初詣に行けないのが残念だと書いてあった。

それから、代わりに貴志と行って俺の好きな人形焼をお土産に顔を出すと、付け加えられていた。

俺はそれを見て小さく笑いながら、おめでとうと待ってるの二言を返す。

そして、貴志からのメールを開く。

堅苦しい挨拶をつらつらと並べたメールが一件、そして、二件目は砕けた言葉使いで文字が並べられていた。


深夜にすまない。

朝に送ろうと思ったのだが秀からメールが来て、日付けが変わった瞬間に送り合うのがいいんだと勧められて送ってしまった。

体調はどうだ?

熱が続いていると聞いたが、食事は取れているのか?

本当は電話したいのだが、辛い声を聞いたらすぐにでも会いに行きたくなるから、我慢してる。

明日、秀と初詣を終えた後、一緒に行くつもりだ。

無理して俺と会う事はしなくていい。

窓から姿を見せてくれると嬉しいが、体を起こすのもきついだろうから無理はしないで欲しい。

長い間会えずにいた期間もあったのに、今は天音とすぐ会える距離にいると思うと、たった一週間会えずにいる事がとても辛い。

天音、会いたい。


砕けても長文なのかと吹き出してしまったが、貴志のまっすぐな気持ちが伝わってきて、胸があったかくなる。

携帯を握り締めながら、貴志の姿を思い浮かべる。

久しぶりに会ったあの日から、貴志は自分も忙しいはずなのに時間を作っては、毎日会いに来る。

それどころか、自分の休みの日は店を手伝うようになった。

もちろん、接客業もした事なければ、花を包んだ事もない貴志がやれる事は限られていたが、ぎこちない手付きで接客したり、重い荷物を運ぶ姿は逞しくもあった。

いつも見下ろしていた視線は、まだまだ成長期の貴志を今度は俺が見上げる。

まだ16なのに、幼さはすっかり抜けて男らしさを帯びていた。

大人びたあの言葉使いや態度も、今はすっかり馴染んでいる。

まだ俺達の間にはぎこちなさは残っているが、それでも少しずつ歩み寄っている。

それを手伝ってくれる家族や秀の存在もありがたかった。

歩み寄る度に実感してしまう。

まだ俺の心が貴志にあるのだと・・・心も体も求めているのだと・・・。

暗い天井を見つめていた目をそっと閉じる。

今年は俺から歩み寄ろう。

貴志との関係もやっとスタートラインに立てたんだ。

信じて頑張ってきた俺の気持ちも、貴志の努力も無駄にはしない。

もう下を見なくていいんだ。

貴志を見上げるのと一緒に、前だけを向いて歩こう・・・。

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