第33話 そばにいたい
「天音・・・すまなかった。辛い思いも寂しい思いもさせてしまった。たくさんの我慢も・・・本当にすまない」
弱々しい声で、貴志は俺に声をかける。その声を聞いて、俺はようやく貴志の顔を見上げる。
久しぶりにちゃんと見たその顔は、辛そうな表情を浮かべながらも、その目は俺へと真っ直ぐに向けられていた。
「俺の気持ちは変わっていない。今でも天音が好きだ。心から愛おしいと思っている。だが、この6年間、俺は天音を傷付けてきた。その涙は、天音も秀が言ってた言葉と同じ事を思っていたのだろう?俺の勝手な思いで、俺に対して許せない気持ちもわかる。でも、もう一つわがままを言えるのなら、また一から、友達からやり直してくれないか?俺は天音を失いたくない」
「・・・・・」
「それも無理だろうか?」
「・・・・わからない。何も繋がりがないまま離れてた時間が長すぎて、貴志くんを想ってる気持ちはあるけど、急過ぎて自分の気持ちがわからないんだ。秀が怒ってくれて、俺も怒りたかったんだってわかった。でも、今は不安の方が大きい。信じてないわけじゃない。でも、不安なんだ」
「・・・・・」
「それに、やっと店をオープンさせたばかりだ。今はそれに集中したい」
「そうだな。天音の夢が叶ったばかりだったな。俺も立ち会いたくて帰国してすぐに来たんだ。天音、俺の事は後回しで構わない。天音が待った時間分、それ以上に今度は俺が待つ番だ。それと、秀。ずっと天音の側にいてくれてありがとう。それからすまなかった。俺はこれから天音と秀の信頼を取り戻す為に努力する。俺にとって天音は心から愛する人で、秀はたった1人の友だ。
これからも2人のそばにいたい。また隣に立てるように努力し続ける」
貴志の言葉に秀も鼻を啜る。
「一生努力しろ。俺と天音の絆と並ぶくらい、努力しろ。そしたら許してやる。いいか?例え俺が許しても、天音の気持ちは天音が決める。だから、俺は口出ししない。俺はお前と親友の前に、天音とは親友を超えた兄弟だ。最優先は天音だ。それだけは忘れるな」
「わかってる。秀、まだ俺を親友だと言ってくれて感謝してる。これから先、その気持ちに応えられるよう頑張る」
「おう。せっかくの開店祝いが湿っぽくなったな。料理も冷めてるぞ。ほら、天音、取りあえず食え。食って元気になって、それから考えろ」
俺の肩を叩きながら促す秀に、俺は小さくうんと答えて笑った。
家まで秀と三人で帰ると、両親が早々と帰宅していた。
俺が心配で食事どころじゃなかったようだ。
秀は両親の姿を確認した後、貴志の肩を叩く。
「今度は天音の両親に謝罪する番だ。しっかりやれよ」
そう声をかけた後、明日は仕事だからと体を返す。その後を貴志が追いかける。
そして2人で玄関を出ていった。
「秀、本当にありがとう。秀がいなかったら、天音と話すらできなかったかもしれない。本当に感謝している」
貴志の言葉に、秀は大袈裟にため息を吐く。
「あ〜あ、もう少し遅かったら、俺がお前の代わりに天音をもらってやろうと思ってたのにな」
「それは・・・・」
「言っただろう?天音を泣かせてばかりだと、俺は許さないって・・・。お前と連絡が途絶えて天音を慰めてる間に、少しだけ天音とそうなってもいいかなって思ったんだ。だって、そこに確かな愛がなくても俺達には長年紡いだ絆がある。
実際、おばさん達みたいにベータでもオメガとうまくやっていける事はわかってるしな」
「秀・・・・すまない。俺はそれでも天音を諦める事はできない」
俯きながらそう返す貴志に、秀はわかってると笑顔で答える。
「天音があまりにも痛々しくて、ほんの少しそう思っただけだ。天音の気持ちはまだお前にある。その状態でどうこうしたいとか思ってないよ。大丈夫だ。昔も今もこの先も、俺にとって天音は最高の親友だ」
「秀・・・・」
「ほら、早く戻って話してこい。俺は明日の仕事の為に帰って寝るよ」
秀はそう言って、貴志に背を向けながら大きく手を振った。
その後ろ姿を見ながら貴志はまた、小さくすまないと呟いた。
貴志が戻ってくるのに少し時間がかかって、俺はまた秀と揉めているのかと心配になり、玄関から顔を出して確かめようとすると、固い物にぶつかる。
「すまない。痛くなかったか?」
その声に見上げると、心配そうに見つめる貴志の顔が近くにあり、俺はどきりとする。慌てて大丈夫と言うと、わかったと短く返事をして家の中に入っていく。
それから、俺達に話した事を両親に告げ、何度も深々と頭を下げた。
後日、また改めて挨拶に来ると告げた後、オープンで疲れているだろうからと貴志は帰って行った。
俺はその姿が見えなくなるまで、胸の鼓動が止まらずにいた。
そして改めて、貴志が好きなんだと実感した。
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